第九話 幼女、暴露される

 食らうものは、ギロリと顔のど真ん中にある一つの目をアカツキへ向ける。流石にアカツキも迫力に一瞬怯みはするが、視線は外さない。


『お、おい。アカツキ。ヤバいぞ、こっちへ突っ込んで来る!』

「わかってますよ。触れないように気をつけたください、ガロン!」

『オウ!』


 食らうものは、ルメールには目を向けず、真っ直ぐアカツキへと向かって来る。動きは直線的な為、スピードはあるものの全く避けられない訳ではない。ガロンに跨がりながら、右へ左へ最果ての地を駆け巡る。


「くく、どうした、人間。もしかして、まだ、あの人形に期待しているのか?」

「あたりまえですよ。あなたはルスカを舐めすぎです、よっと」


 ルメールの目の前にジャンプしたアカツキは、体を捻ると、その後ろからアカツキを追ってきた食らうものが現れる。


「む……」

「残念。躱しましたか」


 ただ逃げ回るだけではなかったアカツキは、残念がる。あわよくば、ルメールと食らうものの衝突を狙ったようであったが、大きな体躯に似合わず、ルメールの躱す速さは変わらずにいた。


「ルスカ……」


 食らうものは悠然と空を舞い、ぐるりと一周すると、何故か再びアカツキに目を付け、その巨大な一つ目を向けた。


『ヤバい、来るぞ!!』


 フッと、空からその姿を消した食らうもの。先ほどルメールを襲ったように突如として背後から襲いかかってきた。


 ガロンも聖霊王も覚悟を決める──これは、躱すこどが出来ないと。


 しかし、アカツキだけは予測していたかのように、後ろを振り返ることなく躱してみせた。


「なにっ!?」


 これにはルメールでさえも驚く。最早、終わりだと確信していたのだから、当然と言えば当然なのだが。ルメールには、今のを何故躱す事が出来たのか理解出来ずにいた。


 神のような優れた者は、得てして理解出来ない事などがあると、自分の知識をフル活用して自分で納得させてしまう節がある。それは、ルメールも同じであった。


 結論としては──偶然。


 それがルメールの出した答えであった。ところがアカツキは未だに食らうものを避け続けている。しかも不敵に笑みすらアカツキは浮かべていた。最早、偶然という言葉では片付けられなくなる。


「何故だ!? 何故躱す事が出来る!?」


 初めて見せるルメールの動揺。それを見抜いたアカツキは小馬鹿にするように「ふふ……」と笑ってしまう。


「言ったはずです。あなたはルスカを舐めすぎだと。あなたの知っているルスカと同じにしてもらっては困ります。ルスカも長年かけて成長しているのですよ」

「せ、成長だと!? それではまさか食らうものを……」

「ふふ……ルスカの成長……。それは、ここ最近、オネショをしなくなったことです!!!!」


 高らかに突然のオネショ改善を宣言するアカツキ。


 場は凍りつく。ルメールは開いた口が閉じず、食らうものは動きを止め空で停滞していた。


 ガロンも聖霊王も何も言えない。というより、この空気を打破する言葉が思い付かない。


 どうだと言わんばかりに胸を張りふんぞり返るアカツキ。おかしな空気に耐えきれず、ルメールが口を動かし始めた。


「お、オネショ……。あの人形は未だに……、いやいや、そうではなく、それが一体なんだというのだ!!」


 アカツキは、その答えを答えない。その代わり、スッと指で空を差す。その先には、打ち震える食らうものの姿が。


「ぎゃあああああああっ!!!! な、な、な、何で言うんじゃあああああっ! アカツキいいいいぃ!!」


 涙目になり潤んだ瞳の食らうものが──叫んだ。



◇◇◇



 少し前、食らうものが現れる直前に自分達を守ってくれた流星の言葉に耳を傾けた一部の最果ての地の住人を連れ、巨大なパペットは脱出の為に浮上していた。


 ゴンドラのようなものを瓦礫で作り、パペットの背中にくくり付ける急拵え。


 この地に残ると言い張る者を無理矢理乗せる訳にもいかず、山脈を越える高さまで浮上した時、同じ高度に食らうものが出現した時は、ナックやアイシャを初め皆が絶句した。


「ルスカ様……」


 ルスカの事情を知っている三人は、駄目だったのかと無念の涙を溢す。


 操縦に集中しているアイシャを除き、皆が行く末を見守る。食らうものに追われ続けるアカツキに、アカツキとルスカの絆を知っているナックや流星は心を痛めていた。


 あの二人が争うことになるとは、と。


 しかし、食らうものが空で停滞したと思っていたら、急に言葉を発して叫び出す。その声は、最果ての地とローレライの境目の山脈に入ろうとしたナック達にも聞こえてきた。


 聞き慣れた声にナックとアイシャと流星は、心の中で一斉にガッツポーズを取った。



◇◇◇



 オネショを暴露され、涙目の食らうもの。忽然と姿を消すと、次に現れたのはアカツキの隣であった。


 二枚の翼で涙を拭う姿を見て、ガロンや聖霊王も食らうものの中にルスカがいる事を確信する。


「おかえりなさい、ルスカ」

「うう、酷いのじゃ~、アカツキ~」


 ルメールは、わが目を疑った。わざわざ神々を世界を混沌へと落とすため、呼び寄せた“食らうもの”。それが、今、神々が作った入れ物に過ぎない意志に乗っ取られたことを。


「残念そうですね、予定通りにいかなくて」

「わからん。何故、それほど信じられる!?」


 アカツキはルメールに対して勝ち誇った笑みを見せる。


「ルスカはた大切な家族です。信じない方がおかしいでしょ。それにルスカの体は以前からボロボロでした。そのうち、食らうものに飲み込まれる。ルスカが何も手を打たないはずはないでしょう?」

「まあの。肉体が抑えきれぬのなら、精神で抑え込むしかなかったからの。一か八かだったのじゃが」

「ルスカは出来る子と言い聞かせてきましたからね。オネショの度に」

「もうオネショはいいのじゃ!」


 ルメールの顔が忌々しいものを見るかのように、険しく歪む。他の神々に対して侮っていたルメールにとって、ルスカという存在、そしてアカツキというイレギュラーな存在を本気で邪魔なものだと思い始めていた。

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