第十話 青年と幼女、船旅をする

 アカツキ達は、ヴァレッタとレベッカ、子供達に見送られグランツリーをあとにする。まずは、北にある海沿いの村までイミル女王の用意した馬車に乗り進んで行く。


「しかし、アカツキよぉ」

「どうかしましたか?」

「いや、別に俺は構わないのだけどな。何か大変そうだな……って思ってな」


 首を傾げるアカツキ。アカツキは流星にの対面に座るのだが、頭の上にはガロン、フウカを抱えつつ膝の上にはルスカが座り、弥生は隣でピッタリと寄り添う。流星は、アカツキにご苦労様の念を込めて、生温かい目で微笑むのであった。


 しばらくすると、小さな漁村が見えてくる。今では、ドラクマへの玄関口と言っても良い。アカツキ達は、イミル女王の命令書を取り出し、ドラクマへの作業員を運ぶ船を一艘借りることにした。


「というわけでして、地図にも載っていない島へ同行してくれる方を探しているのですが、どなたか居ませんか?」


 元は小さな漁村である。近海の海でしか、ほぼ船を出さない。遠方、それもあるかどうかもわからない島への旅路に好き好んで参加するものなどいない。


 と、思われたのだが意外に人は集まった。ドラクマへの道筋を作ったことで漁村は、生活が潤沢になっていた。そして、その活路を作ってくれたアカツキとルスカ。喜んで協力を買って出てくれたのだ。


 内心では、島が見つかれば新たな商売になると邪な考えもあったのだが、想像以上に人が集まったのはアカツキ達にとって幸甚であった。


「それでは、出港してください」


 アカツキの掛け声合図に、船を繋いでいた縄が外され帆が張られる。進行方向に吹く風に帆が斜めに受け止めて、船は進んで大海原へと出たのであった。



◇◇◇



 船はまず北へと進み、ドラクマへの入口の島を横目に東へと進路を変更する。心地よい海風と、見渡す限りの大海原に弥生とルスカははしゃいでいた。


「大丈夫でさか、流星」

「お、おう。これくらいへっちゃ──オロロロロロロッ」


 波は穏やかであるが、それでも揺れる船に酔い流星は、甲板の上で柵を握り海側へと顔を出す。


「もう嫌だ、お家帰る」

「さっきへっちゃらって言ったばかりでしょう」


 出すものを出しきった流星は、アカツキに支えられて甲板を降りようとしていた。


「おお、アカツキ! 見てみるのじゃ、今魚が飛んだのじゃ!!」

「お、お子様ほど張り切るのが海」


 皮肉気味た言葉を残し、流星は客室へと向かう。それを聞いていたルスカは、ぷーっと頬を膨らましてご機嫌斜めのご様子。アカツキは流星の看病を止めてルスカと一緒に大海原を眺めるのであった。



◇◇◇



「アカツキさん、ちょっと来てくだせぇ」


 船乗りの一人にアカツキは船首へと呼び出される。


「あれを見てくだせぇ」


 船乗りが指差す空にはどんよりとした真っ黒な雲が。アカツキもそれが何か分からない訳はない。


 船旅で最大の難敵──嵐だ。


 船乗り達は、元々所詮は漁村での小舟程度が主で、嵐が来るとわかったら出港などしない。嵐にあった時の対処方法は、知っているものの経験が皆無に近いのだ。


「どうするのですか?」

「へぇ、まずは船の帆を全部畳やす。それから錨を降ろして停舶しやす。あとはやり過ごすしか」

「それでは、波に船が流されませんか? こんな目印も無い場所、方向や位置まで見失うんじゃ……」


 無言の船乗りが、アカツキの予想が当たっている事を示していた。アカツキは直ぐにルスカと相談することに。


「嵐じゃと!?」

「はい。このままじゃ、無事に通り抜けても果たして目的の場所を目指せるか……」


 ルスカは腕を組み目を瞑る。殆んどを山に囲まれているローレライに住む人々。海に関しての知識は、雀の涙程度しかない。


「理想は嵐に耐えつつ、船首をなるべく今の方向へ保ち波に流されないじゃな。しかし、そんな方法……いや、いけるかもしれんのじゃ。アカツキ、手伝うのじゃ」


 ルスカとアカツキは甲板に上がると己の体を縄でマストと呼ばれる帆船の帆を掲げる船から高く設置された棒へとくくりつける。


“大地の聖霊よ 我が命により 我が前の者を拘束せよ、グラスバインド!”


 ルスカの魔法により木造が主の船からは、枝葉が伸びていき、海底の岩場にくくりつける。アカツキも背中からエイルの蔦が伸びて、更に補強する。


 船乗り達もただボーッとしているだけでなく、二人が落ちないようにくくり付けた縄を引っ張り全力で支えていた。


「嵐が来るぞ! 全員踏ん張れぇーっ!!」

「「「おおーーっ!!」」」


 船乗りの掛け声と共に雨風が強くなっていく。最初、雨風を弥生の障壁で防ぐ提案がなされたが、そもそも船全体を円球である障壁で覆うとバランスが崩れ、船自体が転覆してしまう可能性があるからと取り止めになっていた。自分に出来ることはないかとハラハラしながら見守る弥生。


 しかし、時は既に雨風が最大になり、船乗り達にも疲労の色が濃くなっていく。


「あっ!」

「ルスカっ!!」


 雨で手が滑りルスカは大きく態勢を崩す。縄でくくりつけてはいるが、体が小さく力も小さいルスカが、太いマストにしがみつくのは至難であった。


 咄嗟にアカツキがルスカの手を繋ぎ支える。


 甲板も雨水で濡れており滑りやすくなっていた。縄を支える最後尾の一人の若い船乗りが、濡れた甲板で足を滑らせる。


「うわぁーーっ!!」


 辛うじて掴んでいた縄で海に投げ出されずにすんだが、揺れる船上に滑る甲板。一度崩れた態勢は、激しい風雨もあり立て直せずにいた。


「俺が行く!!」


 誰よりも早く流星が飛び出す。その姿は懐かしきゴブリンの姿。咄嗟に滑りやすい甲板に対応するべく思い付いたのがゴブリンであった。


 湿気が多く滑りやすい洞窟においても平然と住むゴブリンの特性を活かしてだった。


「ご、ゴブリン!?」


 驚き戸惑う若い船乗りの腕を流星が掴み引き起こすと、流星もそのまま加わって縄を引く。


 やがて最大の風雨は弱まりを見せ始め、徐々に黒い雲に覆われた空の向こうに青空が見えてきた。


「あと少しだーっ! 踏ん張れぇーっ!」


 船乗りの誰かの声がして、皆は一層最後の力を振り絞る。そして遂に嵐をアカツキ達は乗り切ることに成功した。


 皆が安堵して腰を落ち着けるも、問題はこれからである。波に流されていないか、船に損傷はないか、方角はキープ出来ているか、山のように課題は残っていた。


 弥生は、一段落が見えてくると温かい飲み物を船内にて用意していた。自分に出来ることはないかと模索した結果である。それは、疲れきった体にとってありがたく、皆は気力を吹き返していく。


「さぁ、もう一仕事だ」


 あとは自分達の仕事だと、アカツキ達を置いて持ち場に着いていく。


「おいっ! あれ、島じゃないか!?」


 船首に立った船乗りが叫ぶと、へばったルスカをアカツキが運んでいく。何せ島に行ったことがあるのは、ルスカだけなのだ。


「間違いないのじゃ、あの島じゃ。あの島の真ん中に立つ巨大な木。あれが目印なのじゃ」


 目的地さえ見えれば、あとは迷うことはない。ただ目的地を目指して船を進めるだけであった。

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