第十二話 弥生、山エルフと取引をする

 山間の窪んだ盆地、外からは死角になるような場所に木々で建てられた家が並ぶ。その一角の家へと案内された弥生達は、長老だと名乗った白髪の老齢の男性が改めて襲った事を謝罪する。


 ところが弥生は、謝罪を受け入れはしたものの、すぐに回復薬を渡そうとはしない。

手のひらを返されるのを警戒しているのだろう。


「その、我々に会いに来た目的を教えてくれんか?」

「ここに、赤い魔石はありませんか? これと同じようなものなのですけど」


 弥生は、アイシャの実家で手に入れた魔石を長老に見せる。


「手に取って見てもよいか?」


 弥生が頷くと、長老は魔石を手に取り明かりにかざしてみたり、目を近づけて見たりと観察をし続ける。

その間、山エルフから出された飲み物等には一切手を付けず、弥生達は長老の答えを待っていた。


「ふむ、確かに、これと似た石は、この村にありますな」

「やった! 見つかったよ、やよちゃん!!」


 手放しで喜びカホを制すべく、長老はわざとらしく一つ大きく咳をしてみせる。


「しかし、あれは我々の仲間が偉大なお方から頂いたもの。そうそう差し上げることは出来ませんな」

「えーっ!? 人を襲っておいてそんな事言うのぉ!?」

「い、いや。そうではなくてな。その我々にも見合うものを頂けたらと……」


 そう言うと長老の雰囲気が一変不穏な空気に変わる。


「実はですな。我々は森エルフと仲が大層悪くてな。出来れば、森エルフを──滅ぼして頂きたい!」


 手で口元を隠して長老は、如何にもマフィアのボスのような雰囲気を作りあげるのだが、弥生達はきょとんとしていた。

何故なら、それは恐らく無理なのだと知っているから。


「滅ぼしたら、くれるのね?」


 長老に付き合って弥生は、かくも暗殺でも行うような雰囲気を漂わせる。


「それは、もちろん! くく」


 乗ってきたと言わんばかりに長老は益々調子を上げてくる。しかし、弥生のおふざけもここまでで、少しネタばらしをしてやることに。


「私たちがルスカ・シャウザードの身内だったとしても?」

「それは、もち──えっ! い、今なんて!?」


 長老が言う偉大なお方──それは、その魔石をもらったエルフと同じ勇者パーティーであったルスカ以外何者でもない、その似た石が魔石ならば……。

そして、弥生の予想はどうやら正解であった。


「く、くく……ご、ご冗談を。あのルスカ様に身内がいるなど……」

「まぁ、正確に言うと一緒に住んでいる私の娘みたいなものでもあり、妹みたいなものでもあり、仲間であり、元恋敵なんだけど」


 長老は呆れてなのか、驚いてなのか口は開きっぱなしである。


「というより、今やこのグルメール王国に住んでいて、ルスカ様の事を知らないって、どれだけ時勢に疎いのですか?」


 元身内が同じルスカの仲間であった者として、アイシャはあまりにも自分達の殻に閉じ籠り外界を見ない山エルフを情けなく感じていた。


 アイシャは自分の身元を明かし、ナックも同じく身分を明かす。

それぞれギルドの統括官とリンドウの街の領主、ナックに至っては妻が現グルメール王の姉である。そして、その二人が弥生の言っていることが真実であると証言するのだ。


「ほ、本当に身内なのですか?」

「そうよ」


 長老は椅子から立ち上がり周りにいた長老の補佐のような若い山エルフ達も、一斉に床に額をこすりつける。


「も、申し訳ございませぇん!! ど、どうか、ルスカ様には、貴方方を襲った事をど、どうかご内密に!!」


 何度となく見たルスカに対するこの手の態度。山エルフにとって、ルスカは恐怖の対象として伝えられてきたのだろう。


「それと……あなたが言った森エルフの件だけど、私の旦那と隣にいるカホの旦那の話だと住み処が襲われて失くなったみたいよ」

「なっ! それはまことか!」


 長老は笑みを浮かべるが弥生達に睨まれると再び恐縮してしまう。


「実は、ここに来る途中、アルステル領が滅ぼされたのだけど、どうやら森エルフを襲ったのと同じような人達らしいのよね。もしかしたら、この山エルフの住み処も襲われるかも……。他人事では、無いでしょうね!」

「そうだぞ。何せアルステル領、それに森エルフにも魔石があるとされたところが襲われているのだから。偶然かもしれないがな」

「も、森エルフに魔石がですか……確かに奴らは、そう主張しているだけで、本物はこの山エルフが……」

「だったら、尚更襲われる可能性あるんじゃねぇか。奴らの狙いが魔石ならな」


 ナックの話に根拠はない。ただ、まるで監視をしているかのように、アカツキ達が森エルフに向かった途端、森ごと焼かれており、弥生達がアルステル領で魔石を手に入れた途端にアルステル領が滅ぼすというタイミングだけであった。


 長老は、隣にいた若い山エルフに、すぐに警戒するように伝える。いきなり現れる奴らに対して果たしてそれが有効なのか、弥生達には甚だ疑問であった。


「あ、貴方達はついて来てください。魔石をお譲りします。そして、すぐにでも山を降りてください」


 要は厄介払いだと言いたいらしいと、流石に弥生も呆れて何も言えなかった。

家を出て集落の奥へ奥へと進んでいく。物珍しげに、子供たちが遠巻きながら自分達を見てくるのに気づいたナックとアイシャは、子供ながらもその美形な顔に軽く苦々しく思いつつも、長老についていく。


 集落の一番最奥に、篝火が祭壇のように二つ焚かれて一体の石像が祀られていた。エルフ特有の尖った耳に、長い髪をした女性の石像。

その額には、篝火の明かりで赤く輝く石が、はめ込まれていた。

長老は、隣にいた若い男性に合図を送ると、その男性は、遠慮もなく石像に手足をかけて登っていく。

そして、額の石を取り抜くと石像から降りて、弥生に差し出した。


 その途端に山エルフ達からは、早く帰れと言わんばかりに視線が集まり、弥生達は、そそくさと集落を出ていくのであった。


「あんまり、気分のいい相手ではなかったですね」


 アイシャは、どこか寂しそうであった。


「まぁ、目的の物は手に入ったんだし、いいじゃねぇか」

「私ね、これ、偽物だと思うわ」


 弥生の言葉に皆が注視する。弥生は、無駄足だったかと残念がる。


「何故、そう思うの? やよちゃん」

「だって、普通神様みたいに祀っていた石像をあんなに無造作に登るかしら? それに、額についていた事もおかしくない?」

「じゃあ、あの長老の野郎、嘘吐いたのか!?」

「多分、長年の嘘を信じすぎて真実と思い込んだ……そんなところじゃないかしら?」


 空振りに終わったのかと、帰りの足取りも重くなりながらも、フウカやクリスの待つファーマーへと戻っていくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る