第十二話 青年、パン屋を開く

 早朝、アカツキは台所に立ち鍋に砂糖と水、そして新たに“材料調達”のスキルで取り出した水飴を加えて煮詰ませていた。

ボウルには、山盛りのイチゴが。


 初めは何をしているのかわからなかった子供達も、甘い匂いに誘われるようにアカツキの周りに集まりだす。

イチゴに煮詰まった飴を絡ませて、用意したトレーに並べていく。


「おじちゃん、これ何?」

「おじ……!? 心配しなくても君にはあげませんよ」

「お兄さん、なにこれ?」

「飴玉ですよ。イチゴの飴玉」


 テーブルに座り様子を見ていた流星は「大人げねぇな、アカツキ」と笑いながら、コップに入ったお茶をすする。


「私のことより、窯の方はどうなんですか、流星」

「やっぱり色々高いな。人件費は削れないし、材料費も。タツロウが悩んでいるよ」


 アカツキと同じように早朝からタツロウと流星の二人はレベッカの元へ行き窯の作成をお願いしていた。

作ってくれる者は、見つかったものの、足元を見てなのかかなり吹っ掛けらる。

帰宅してくるなり、商人の意地なのかタツロウは頭を抱えていた。


「あかんわぁ。どうしても材料費と人件費に削れそうな所あらへんわ。どうするるんや、アカツキ」

「どれどれ……」


 タツロウの持ってきた資料に目を通すアカツキ。資料には、成型などの作業費に比べて、材料費と材料を調達する人件費にかなりの負担が強いられていた。


「何か妙案はないか、私も考えましょう。ちょっと、出掛けて来ますからそのイチゴ飴、子供達が食べないように見張っておいてください」

「アカツキ、行きましょう」


 二階からヴァレッタが黒めの服装に着替えて降りてくる。


「なんや、どこ行くんや?」

「ちょっと、お墓参りに……」


 アカツキとヴァレッタは連れだって家を出ると、街外れの一角へと向かう。

ここには、アスモデスに襲われ亡くなった者達が埋葬されており、集団で埋葬している少し外れた場所に三つのお墓が並んでいた。

一つは、この街の代表であるレベッカの父である皇帝の墓。

残り二つは、ヴァレッタの父でありアカツキの恩人でもあるルーカスと、ヴァレッタの姉のような存在であったメイラの墓である。


「墓参り、遅くなって申し訳ありません、旦那様、メイラさん」


 アカツキは、両手を合わせて冥福を祈る。そんな文化はこの世界には無いが、そうする事が自分に出来ることなのだと、アカツキは考えていた。

どの世界においても、亡くなった者を惜しんで冥福を祈るのは変わらない。

形にこだわる必要はないと。


「旦那様。お嬢様は、凄い人です。本当に。私が出来る事は、なるべくしてあげたいと考えております。だから……どうか、安らかに」


 ヴァレッタもアカツキの隣に立ち、目を瞑って祈る。


 墓参りを終えたアカツキは、墓所の隣に山積みになった瓦礫の山に目がいく。


「お嬢様、あれは?」

「ああ、あれはここレインハルトの時に壊れた家などの瓦礫よ。街も城も私が戻って来た時は、まさに壊滅だったからね。復興の邪魔になるしと、どかした物よ」


 アカツキは、ピンと妙案を思い立つ。


「これを使いましょう!」


 アカツキは、足早に戻ると早速タツロウと流星を連れて山積みの瓦礫を見せに行く。


「なるほどな、これを材料にして材料費を抑えるのか」

「それだけじゃ、ありません。私の持つエイルの蔦を使えば施設に運ぶのも苦じゃありません。必要なのは加工費と窯の作成費くらいです。ですが、それは……」

「それは正規の値段っちゅうことやな。なんや、こっちが得したみたいやな。よし、ワイと流星に後は任せとき。アカツキは、なるべく多めにここの瓦礫を施設へ運ぶんや」


 流星とタツロウは、再びレベッカの元へと走っていく。それじゃ早速運ぼうかとした時、背後から声がして振り返る。

施設の子供達とヴァレッタが手伝いに来たのである。


「それでは、怪我をしないように慎重に運びましょう」


 アカツキは背中からエイルの蔦を出すと子供達は、面白がって周りに集まり始める。しかし、そこはヴァレッタが子供達を上手く誘導して手伝わせにかかった。

重い瓦礫を三本の蔦で掴み、残った二本を編み込み大きなザルのようにして、その上に載せていく。

子供達とヴァレッタも、次々と瓦礫を載せていった。


 たった一往復で、庭に高らかに積まれた瓦礫。これで十分だろうと、後は流星とタツロウを待つ。

その間、アカツキは子供達にイチゴの飴玉をあげて回る。


「あまーい!」

「わぁ、美味しいね。お兄さん、ありがとう」


 喜び駆け回る子供達を見てヴァレッタも嬉しそうに目を細める。

残った飴玉は、ヴァレッタに預けると、丁度タツロウ達が職人を連れて戻って来た。


「よっしゃ、じゃあ取り掛かってや」

「ほらほら。恨むなら親方恨めよ」


 渋々と動き出す職人達に、アカツキは首を傾げる。


「一体、何があったのですか?」

「いやぁ、職人の親方がな。どうもふっかけて来た黒幕だったんだが、俺達がふっかけてきた材料費と人件費を削った途端に渋り出してな。

ところがレベッカってお嬢さんが、凄い剣幕で怒ってな『一度引き受けといて断るとは何事か!』ってな、調子よ。

親方は引き受けてはくれたが職人を紹介してどっかにトンズラしてよぉ。結局、職人達は仕事を失うことになっちまったんだよ」


 どうりで職人達に覇気がない。職を失った原因、しかしここで投げ出せばここでの賃金も貰えなくなる。なんとも複雑な気持ちで職人達は、窯の作成に取りかかっていた。



◇◇◇



 渋々ながらでも流石に職人ということで、一つの窯を一晩で造りあげた。

窯に火を入れて、出来を確かめる。

密閉性や窯の温度などを一つ一つ確認していく。


「いい出来ですね。これなら大丈夫そうです」


 アカツキは、早速ヴァレッタと子供の中でも年長組を集めてパン作りを享受する。材料の正確な量、生地の練り方、バターの入れるタイミング、寝かし時間、気温の調整など、事細かに説明していく。


 寝かし膨らんだ生地を、今度は他の子供達に好きに切り分けさせる。

売り方のベストは、量り売りが良いだろうと、形にこだわりは無い。


 もちろん、焼く時には大きさを合わせなければ焼く時間がまちまちになってしまう。その辺りはやっていくうちに子供達にも、わかってくるだろうとヴァレッタに伝えておいた。


 窯の温度調整は、ヴァレッタの仕事だ。流石に子供達にやらせる訳にはいかない。いずれは、年長組が生地を作り、ヴァレッタが焼き、年少組に販売をさせるのが理想。


 ヴァレッタに温度調整を教えながら、先ほど切り分けたパンを焼きに入る。

しばらくすると、焼き立てのパンの香りが施設を中心に広がる。


「ふわふわだぁ!」

「柔らかーい」


 初めは子供達に振る舞い、その柔らかさに感動していた。やがて匂いに誘われて興味深く庭の外から眺めていた住民達にも少しずつ振る舞う。

そのついでに、ここにパン屋を始めることを宣伝するのを忘れない。


 二つ目の窯が完成する頃には、庭の周りを興味津々に覗く住民で埋まりだす。


 子供達で、看板を手作りして立て掛ける。看板に書かれた店名は“青空パン工房”。

開店を明日に控えたタイミングであった。


 開店当日、早朝からアカツキとヴァレッタ中心で生地を作り始める。

年長組の子供達も頑張って早起きして、生地を練り上げ終えると、その場で眠ってしまう。


「さぁ、焼きますよ」


 わらわらと起きてきた年少組の子供達に生地を切り分けてもらい、二つの窯をフル稼働で焼いていく。既に店頭には、噂を聞き付けてやって来た住民が列を成す。

販売には、流星とタツロウも手伝うが、あくまでも裏方として。

これからは子供達とヴァレッタのみでやっていかなくてはならない。


 おさげ髪の女の子がエプロンをして台の上に立つと、高らかに宣言する。


「“青空パン工房”! 開店でぇーす!!」

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