第十一話 青年、商売を薦める

 人は、衣食住さえ、あればいい。と言うわけではないが、やはり生きていく上では欠かせない。

ヴァレッタの孤児院では、家はあり、衣服はタツロウのおかげで事足りている。

残りは食。

レベッカが援助に回してくれているお金も減っていき、生活が困難になってきていると聞いたアカツキは、一つ提案が浮かぶ。


「お嬢様。商売を一つ子供達と始めてみませんか?」

「商売? そんなの私たちに出来るかしら?」

「アカツキ、商売は難しいで。舐めたらあかん」


 テーブルを囲むアカツキ達。ヴァレッタ、流星、タツロウは、アカツキの言葉を聞いて難色の表情を浮かべていた。


「そもそも、何を売るねん?」

「それは──パンです」

「パン? パンは、パン屋があるわよ」

「はい。ですが、確実に売れればリピーター──常連ですね、常連が付くパンです。タツロウさんや、流星は、この世界のパンに違和感を感じませんか?」

「まぁ、美味しいとは思わないな」


 流星が言っているのは味の話であり、アカツキの言う違和感とは少し違っていた。タツロウは、流星の言葉を聞いたアカツキの表情から何か違うと感じ、商売的観点から考えた。

この世界のパンと自分達がいた世界のパンとの違い、商売として既存のパン屋を出し抜ける方法を。


「出来立てと、柔らかさか」

「そうです。この世界のパンは、固くてモソモソしています。ですから、柔らかいパンは、珍しさから売れますし、人によっては嵌まる人も必ずいます。そして、出来立て。ちょうどこの家には広場がありますから窯が造れますし、青空パン屋とかどうでしょうか? 外なら焼き立てのパンの匂いでお客を誘えます」

「なるほどな、そりゃ名案や。よっしゃ、材料の調達は、ワイがなるべく格安で揃えたる」

「というわけでどうですか、お嬢様? もちろん、お嬢様の負担は大きいです。パン作りを覚えていただかなければなりませんし、売る時間帯は早朝です。お客は朝に出来立てのパンが食べたいはずですので。もちろん、成形や焼き方など子供達にも覚えてもらいます」

「私はかまわないけど、子供達に出来るかしら?」

「まず、全員に覚えてもらうのは成形だけで構いません。形なんてものは、いびつであっても、この世界の人は気にしませんから。お嬢様と年長の子供には生地作りを覚えてもらわなければなりませんけど」

「わかったわ」


 アカツキ達は、早速二手に別れて行動を開始する。ヴァレッタはまず子供達を集めてパン屋を始める事を伝え、子供達に手伝って欲しいとお願いする。

もちろん、子供達は全員嫌な顔一つせず賛同するが、やはり中には面白そうというだけで、これらが自分達の生活に直結している自覚は無い幼い子供もいたが、ヴァレッタ先生の力になりたいと目を輝かせる子供も多々いた。


 流星とタツロウの二人は、まず窯を造る必要があるため、この自治領代表でもあるレベッカの元に向かい、窯の造れる者や費用の捻出をお願いしに行く。


 アカツキは、その間家の中をぐるぐると回って部屋を確認する。

それは生地を作る部屋が何処が適しているかと。

なるべく室温の上下しにくい場所がいいと探していると、地下室を見つける。

ここなら材料を保管するのにも適していると、アカツキと一部の子供達でガラクタなどを外の広場へと出していく。

掃除やパン作りの部屋を整えるので結局、この日は終わる。


 夕方になると、タツロウと流星が戻ってくる。


「どうでしたか、そちらは?」

「一応、窯を造れる人を紹介してくれたが、費用を擦り合わせ中だ。結構するんだな、窯を造るのって」

「そうですか。それでは引き続きそちらは、お任せします」

「ワイがある程度出しても構へんけど……あかんのか?」

「そうですね。なるべく借金等は無い方がいいですから。それは、最終手段ということで」


 この日アカツキ達は、ヴァレッタだけでなく、子供達に引き留められて孤児院に泊まることに。

お礼と称してアカツキは、ヴァレッタに手伝ってもらい、子供達にカレーを振る舞った。


 もちろん作るのは甘いカレー。しかし、大人達と違い子供達は大いに喜び、おかわりが止まらない。野菜が苦手の子にも、細かくしてあるので大人気であった。



◇◇◇



 アカツキと流星、タツロウの三人は余ってある部屋に各々戻っていく。

アカツキが明日子供達にイチゴの飴玉をあげる為に“材料調達”からイチゴを取り出すと、ヘタを取っていると部屋の扉がノックされ返事を返す。

入って来たのは薄紫色の生地の薄いネグリジェを着たヴァレッタであった。


「お嬢様? どうしたのですか、夜更けに」

「一緒に飲もうって思って」


 ヴァレッタは後ろ手に隠してあったグラスと酒瓶をアカツキに見せてニンマリと笑う。


「私、お酒飲めませんよ。知っているでしょう、お嬢様」

「知っているわ。だからグラス一つしか持って来ていないわよ。飲むのは、私」


 そう言うと小さな丸いテーブルを挟んでアカツキの対面の椅子に座って足を組む。酒瓶の蓋を開けるとグラスに赤紫色した液体を注いでいく。

アカツキは、酒瓶から漂うアルコール臭に顔を歪めるも、ヴァレッタは気にすることなく、早くもグラスの中のお酒を飲み干す。


 アカツキは少し呆れた顔をして、視線をヴァレッタからイチゴに戻して黙々とヘタを取る。

部屋の中は、グラスにお酒を注ぐ音とヴァレッタの喉をお酒が通る音だけが聞こえていた。


「お嬢様、お酒をお飲みになられたんですね」

「お父様とメイラが亡くなってからね。寂しいもの……やっぱり」


 ヴァレッタは再びグラスに入ったお酒をグイッと飲み干すと、空になったグラスを見つめる。


「子供、生まれたんだってね……おめでとう」

「流星に聞いたのですか?」

「うん……」

「明日、旦那様とメイラのお墓参りに行こうと思っています」

「うん……」


 ヴァレッタはグラスから視線を外さないまま、気の無い返事を続ける。


「旦那様もメイラも、きっと、お嬢様のことを誇りに思っていますよ。孤児を引き取るなんて、そうそう出来ることではありませんから」

「私は、ズルいのよ……同じように寂しい想いをしている子供達と寄り添っていたいだけだもの」

「……そんなことありませんよ。お嬢様は、立派です」

「……ありがとう」


 グラスにお酒を注ぐヴァレッタ。その横顔は、とても物憂げで……。アカツキは、何もしてやれない自分が不甲斐なく感じるのであった。


「あーあ……私、このまま一人なのかしら」

「きっと、お嬢様を支えてくださる方が現れますよ」

「アカツキ……無責任なことを言わないで。特に貴方は。……なんてね、冗談よ。今の生活はとても満足しているわ。子供達、みんないい子なのよ」


 そう言うとヴァレッタは、先ほどまでの物憂げな表情から満面の笑みへと変わる。アカツキは、敢えて何も言わずヘタを取ったイチゴを取り分けヴァレッタの前へと差し出すのであった。

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