第十話 青年、懐かしの帝国へ

 グランツ王国を出発したアカツキと流星の二人。

今ではシャウザードの森を横断する形で街道が整備されており、綺麗に舗装された道を馬車に乗って進んでいく。


「おや、あんな所に村なんてありましたっけ?」

「いや、俺こっちの方に初めて来るから知らねぇよ」


 グランツリーから伸びる街道を進んでいくとシャウザードの森に入る手前に新たに村が出来ており、村を見学しながら通り抜けて行く。


「……あれ見たら、絶対ルスカ怒りますよね?」

「ルスカ様饅頭? なんだそりゃ」


 二人は店の前に馬車を止めて一つ購入すると再び馬車を走らせる。

袋の中から出てきたものを見て思わず笑いが溢れる二人。

なぜなら、ルスカの顔を型どったと思われる饅頭は、見事に丸々としてソックリであった。


「こ、これ、あの店主。絶対殺されるな」

「どうしましょうか。注意しても、取り合ってくれないでしょうし」

「仕方ないんじゃないか? 見つからないように祈るしかないだろ」


 二人は中身が何も入っていないルスカの顔の饅頭を口に頬張りながらシャウザードの森に入っていくのであった。



◇◇◇



 シャウザードの森を横断する街道は賑わっておりレイン自治領とグランツ王国を互いに発展させるのに大いに貢献しているようであった。


 アカツキ達はシャウザードの森を突っ切り旧帝国領内へと入る。


 街道はレイン自治領にある旧帝都レインハルトへ向かって伸びており、道沿いに進んでいくとレインハルトとは比べ物にならないほど小さな街が見えてくる。

城塞のような壁はなく、街の門扉は開かれており見張りらしき者も二人しかいない。


「こんにちは。少しお聞きしたいのですがヴァレッタという女性が何処に住んでいるか知りませんか?」

「ヴァレッタ? ああ、それなら、ほら彼処に見える緑色の屋根をした建物。彼処に住んでいるよ」

「そうですか、ありがとうございます」


 アカツキは見張りの男に礼を言い馬車を目的の場所へと進ませる。


 馬渕との一件以来、中々訪れることの無かったのもあり、アカツキは懐かしき恩人の顔を見に行く。

言われたように緑色の屋根の建物の前に着くと建物に隣接するように広場があり、そこには沢山の子供と笑顔を見せるヴァレッタの姿があった。


 特に自ら声をかける訳でもなく、アカツキは馬車の上からその光景を眺めていた。

すると、一人の男の子が建物前に止まった馬車を見てヴァレッタの元へと駆け寄る。


「ヴァレッタせんせぇ。変な馬車があるよ」

「馬車?」


 ヴァレッタは馬車の御者台に乗るアカツキの顔を見ると、長いスカートの裾をつまみ上げて走り出す。


「アカツキ! アカツキじゃない!」

「ご無沙汰してます、お嬢様」

「もう、それは止めてよ。今は只のヴァレッタなんだから」


 笑顔のヴァレッタの周りには物珍しげなものを見るような目をした子供達が集まってくる。


「せんせぇ、誰これ?」

「ちぇんちぇー、おしっこー」

「え、エッタちゃんちょっと待って」

「むりー、もれるー」

「あー、もう。アカツキ、悪いけどこの子トイレに連れていくから先に建物に入っておいて。まさかこのまま直ぐに出発するわけじゃないでしょ! あー、エッタちゃん。もうちょっとの辛抱よ」

「むりー」


 ヴァレッタはエッタという幼い少女を抱えて広場に直結している扉から建物へと入っていく。

アカツキと流星は馬車を建物に横付けすると、縄で馬をくくりつけて建物の扉を開いた。


「誰だー、おまえー」

「せんせぇの恋人かぁ」


 建物に入ったアカツキと流星の周りには、直ぐに子供の群れが出来上がる。


「ほらほら、みんな。ちょっと部屋に戻りなさい。先生はその人達と話をするから」

「せんせぇの恋人なんでしょー」

「こ、恋人? ち、違うわよ」

「あー、せんせぇ。お顔真っ赤だぁ」

「真っ赤だ、真っ赤だぁ」


 ヴァレッタはゆでダコのように顔を赤くしてからかってくる子供を追いかける。二人が部屋に通されるのは、それから一時間ほど立ってからであった。



◇◇◇



「ごめんなさい、アカツキ。玄関でこんなに待たせて。えーっと、そちらは流星さんでしたっけ。改めてヴァレッタと申します」

「いやいや、元気な子供達は好きだから平気だったよな、アカツキ」

「ええ。お気になさらないでください」


 アカツキが通された部屋はとても質素で、木製のテーブルに置かれた木製のコップにお茶が注がれる。

それでも、ヴァレッタは平然と優雅にお茶を飲む。


「それにしてもお嬢様が先生……ですか」

「あら、おかしいかしら? 私も一人は寂しいもの。でも今は多くの子供達に囲まれて幸せよ」


 ヴァレッタは、戦争後旧レイン帝国を自治領に復興させるレベッカと共に貢献してきた。アスモデスに攻められ避難は出来たものの、やはり親を亡くした子供達はおり、ヴァレッタはその子達を引き取って暮らしていた。


「そうですか。しかし、大丈夫なのですか? 生活費とかは」

「正直厳しいわね。一応レベッカ様がここにもお金を回してはくれているけど、復興出来てきた今、暮らす人の中には、ここにお金を回すなって言うような人も出てきたわ。レベッカ様には、申し訳ないと思っているわ」


 最近では資金繰りが上手くいかないと嘆くヴァレッタ。戦争の爪痕が消えていくことは良いことであるが、爪痕が消えると同時に人々の心に自分に対する余裕が生まれる為に、平然と戦災孤児を切り捨てる者も現れるのだと。


 何とかしてやりたいものの、お金に関してはあまり執着しないアカツキに出来ることはなく、申し訳ない気持ちで一杯になる。


「アカツキよ、俺達で何か出来ることないか?」

「私に聞かないでください。お金儲けなんか、私に一番縁遠い話ですよ」

「はぁ、俺もだよ。でも、何かしてやりてぇな」

「お二人とも、その心だけで大丈夫ですわ」


 そう言うヴァレッタの表情は晴れず、アカツキは頭を悩ませる。


「まいどー!」


 その時、建物の外からどこかで聞いた声が。

ヴァレッタと共に表に出たアカツキは、へらへらと笑顔を見せるタツロウの姿に驚く。


「おお、なんや。なんでアカツキがおんねん」

「それは私の台詞ですよ」

「おいおい。俺も居るんだけどな」

「ああ、流星もおったんかいな。そうや、子供生まれたらしいやん。おめでとさん」


 タツロウは、挨拶もそこそこに、大きな箱を持って建物の中に入ってくる。その箱を開くと中には大量の服が。


「どうしたのですか? それは」

「ああ。グランツリーの各家庭回ってな、かき集めたんや。全部中古やけど問題ないやろ」

「リサイクルですか!」


 聞けばタツロウは、あれからヴァレッタに出会い同情して服やらなにやら集めては、ここに持って来てくるようになったと言う。

リサイクル、そう聞いたアカツキももしかしたら自分にも何か出来るのではと思うのであった。

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