第九話 青年、旅に出る
アカツキからの手紙を手に取りながらナックは、その手をプルプルと震わせていた。スキル“通紙”では日本語しか使用できない為に、内容はカホから聞かされてからの反応であった。
「あ、あいつは~! 俺は一応、領主だぞ、領、主。そんなにホイホイ出掛けられる立場じゃないんだぞ!」
「フウカと一緒だけど……」
「すぐ準備してくる」
ナックは部屋を出ていき部下に仕事を割り振りにかかる。弥生は部屋に残ったリュミエールに深々と頭を下げた。
「すいません、勝手な事をしてしまって……」
「いいのですのよ、弥生様。あの人、フウカちゃんとことになると他に目がいかなくなりますから。どのみち、ついていくでしょう」
「本当にすいません……」
リュミエールはフウカを弥生から受け取り抱えると優しく微笑む。
リュミエールとナックの間には、まだ子供を授かっていない。
まだまだ若い二人ではあったが、貴族である以上跡継ぎの問題にもなってくる。
二人はフウカを羨ましくも、自分の子供のように可愛がっていた。
「それで、まずはアイシャ様のご実家に向かうのですね。どこにあるのです?」
「アイシャさんが言うには、ハクテイ領って所らしいです」
「ハクテイ領……元第一王妃の実家があるところですね。私は王族から離れた身なので今はどうなっているか知りませんが、一度城に寄ってダラスにでも聞いてみたら如何ですか? あと、セリーちゃんがどうしているのかも様子見て貰えれば。紹介した身としては気になりますから」
「わかりました。それじゃ城から連絡送ります」
リュミエールと弥生の会話の最中にナックが勢いよく自室の扉を開いて入ってくると、その音に驚いたフウカが愚図りだし、連れてクリスも泣き出す。
「もう、あなた!」
「うわぁ、ごめんよぉ、フウカちゃん、クリスちゃん。ナックお爺ちゃんですよぉ」
普段より一オクターブ高い声で二人をあやす、ナック。そこにギラついた目付きをした傭兵の頃の面影は残っていなかった。
「それでどうしたの、あなた」
「あ。ああ、二人とも馬車の準備出来たぜ。いつでも行ける」
「ええ!? もう? ちょっと待ってよ、ナック。フウカの
「問題ない。しっかり積み込んである」
なぜ、この屋敷に
◇◇◇
一方、ドラクマにいるルスカは、高熱を出してベッドで横になっていた。
時折激しく胸の辺りが熱くなり、肺を強く握られる痛みに激しく咳き込む。
それでも巨大パペットへの指示は忘れずにヨミーに出して、魔族の手助けもあり着々と調整は進んでいた。
「ゴホッ……ゴホッゴホッ!! はぁー……はぁー、ダメじゃ。このままでは……」
身体を起こしてベッドから立ち上がると、足に力が入らずにヨロヨロと床に倒れ込む。激しい咳きで眠れない日々が続きルスカの目の下にはハッキリとクマが出来ており、頬も少し痩せていた。
原因は本人が一番良く分かっていた。食らうものの障気の影響。食らうものを封印している六本の鎖のうち、既に三本を失っている。
半分封印は解かれた所に、自身の障気により活性化し始めていた。
しかし、心配するモルクやアデル、ヨミーには只の風邪だと嘘をつく。
初めこそ、皆はルスカの言葉を信じてはいたが、日に日に弱っていくルスカに、嘘だと徐々に気付き始めた。
とうとう、自らの足で歩けなくなったルスカは、ヨミーに支えられてパペット調整の現場に赴くようになる。
立ってはいるものの、ヨミーの足に凭れかかっており、そうしないとすぐに座ってしまうほど衰弱していた。
そして、ルスカは遂に意識を失う。ヨミーとモルクは、アデルに復興を任せて、ルスカをドラクマから出してアカツキの元へと戻すことに決めた。
しかし、その頃にはアカツキはグランツ王国を離れていることを、知らなかった。
◇◇◇
グルメールの事は弥生とカホに任せたアカツキと流星は、イミル女王に謁見をする。グランツ王国の建国者である、昔の勇者パーティーの話を聞くために。
魔石に関しても、知っている事があれば聞くつもりであったが、イミル女王は建国者の話の時点で話すべきか深く考え込んでいた。
「どうかしましたか?」
「いえ……その、身内の恥を話すようなものなので……」
「血縁関係が無いというのは、ルスカから伺っていますが、恥……ですか」
元々、自分の父親を処刑し、今の地位に就いているイミル女王。今さらかと、少しずつイミル女王は、建国者に関して話を進めてくれた。
建国者の名は、グランツ。王国にその名前が付いたのは、勇者本人であったから。ルスカと共にアドメラルクと戦い英雄として戻ってきた勇者グランツは、民衆に祭り上げられてグランツ王国を建国。
しかし、その栄華も二代で終わりを迎える。
グランツが亡くなり王を引き継いだ息子は、凡庸であった。
英雄の息子、勇者の息子。偉大な父の名を汚さぬよう、凡人である事を自覚し才覚あるものを多く採用してこの王国の繁栄を続けようとしていた。
しかし、才能ある者の中には凡庸な王に仕えるのを良しとしない者も現れる。
そして、その中にはイミル女王の先祖もいた。つまり、国を乗っ取ったのだ。
皮肉なものである。仕方なかった事とはいえ、イミル女王自身も先祖と同じ事をやったのだ。
「それでは、グランツの子孫は残っていないということですか?」
「はい。ですが、この城の地下に当時グランツが使ったとされる武器が隠されている、そういう噂は残っています。もしかしたら、アカツキ様の探し物もそこにあるのかも。あれ? でも、あれは確か……」
「うーん、眉唾……というか、誰かが探していてもおかしくは……まてよ、勇者の使っていた剣? 何処かで聞いたような……」
「グランツで勇者って言ったら、あいつじゃねぇのか、ほら、偽勇者の」
「ああ! そうです、ロックさんですよ! イミル女王、ロックさんが勇者に指名されたときにグランツ王国が与えた剣は!?」
「それなら、特に返す必要は無いと恐らく今も」
元勇者ロック。グランツ王国が勇者と指名したものの、実は偽物の只の貴族の三男坊。今はドゥワフ国というドワーフ中心の国で、結婚して暮らしている。
国から殆んど出ないのは、ルスカが勝手に彼の銅像をアチコチに建てまくって英雄に仕立てあげたからである。
アカツキ達は、馬車をイミル女王に出してもらいグランツ王国をあとにするのであった。
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