第九話 青年一家、ピクニックに行く
ルメール教の紋様の入ったメダルを見つけた、その夜。誰もが寝静まり外には少し強い風の吹く音と風に揺らされた木々の葉の音が聞こえる。
寝室で弥生とフウカと共に寝ていたアカツキは、ふと目を覚ますと、隣ではフウカ、そして弥生が気持ち良さそうに寝息を立てていた。
昨夜のルスカの様子が気になったアカツキは寝室を出ると、一階へと降りていく。
「ルスカ」
明かりのないリビングで椅子に座るルスカ。眠れないのか、アカツキがルスカに近づき見たその表情はとても不安げで、アカツキを見上げていた。
「どうかしましたか?」
「アカツキ……」
ルスカの隣に座ったアカツキは、聞いてみたものの、自分の名前を呼ぶだけですぐにルスカは黙ってしまう。
アカツキは不意にルスカの体を持ち上げると自分の膝の上に座らせ、そして優しく後ろから抱きしめた。
しばらく沈黙が続き、抱きしめられたルスカはアカツキの腕に暖かな体温を感じると、それだけでは物足りなくなってしまい、膝の上で体の向きを替えてアカツキの首にしがみついた。
「ルス──」
「アカツキ。ワシはとんだ見落としをしてしまったのじゃ」
対面に座ったルスカは不安な原因を吐露し始めると、アカツキは少しでも落ち着くかとルスカの背中に腕を回して強く抱きしめてやった。
「覚えておるか? 馬渕との最後の時、ワシの魔法で閉じ込められた馬渕の上空に開いた暗い穴から伸びた腕を」
「もちろん、覚えていますよ」
「あの腕は…………あの腕は、ワシの魔法では無いのじゃ!」
その腕は馬渕を暗い穴に引きずり込むように持ち去って行った。あれがルスカの魔法では無いとすると、あの時何かが介入したことになる。
それは一体、何の目的なのか。
「では、馬渕は生きていると?」
「それは……恐らく無いのじゃ。さっき話したじゃろ? 歪みに関して。あの暗い穴は、まさしくそれじゃ。例え馬渕があの時点で生きていても塵になるだけじゃ」
「では、ルスカの言う見落としってのはなんですか? その事ではないのですか?」
ルスカは言い淀む。ルスカがこれ程躊躇うのは珍しい。
考えられるのはイタズラがバレた時か──自分自身に関しての時。
ルスカが口を開こうとした瞬間、アカツキはルスカの唇に自分の人差し指をあてて黙らせた。
「良いのですよ、ルスカ。たとえ馬渕が生きていたとしても私が何とかします。あなたが動く必要は無いのです。魔力……殆んど戻らないのでしょう?」
ルスカはアカツキの顔を見上げていたが、顔を伏せアカツキの胸に押し付ける。
今、ルスカの体は、魔力が一定のみまでしか回復しなくなっていた。
小さな魔法で一日に一、二発程度使えば、枯渇するくらいに僅かに。
──ルスカが隠居と称した、本当の原因。
知っているのは、アカツキだけだった。
「……アカツキ。一緒に寝ていいか?」
「ええ、いいですよ。そうだ。明日は今日やり残したことがあるから、明後日、言っていたピクニックに行きましょうか? 気晴らしになるでしょう?」
暗く落ち込むルスカの肩がピクニックと聞きピクリと動くと、そのまま黙って頷く。
アカツキは、首から離れないルスカをそのまま持ち抱えると二階の寝室へと向かった。
◇◇◇
翌朝、アカツキ達は目が覚めると朝食をそこそこに、アカツキはギルドへと向かう。ルスカと弥生は、アカツキからピクニックのお弁当に何を入れて欲しいかメモしておくように頼まれていた。
二人が真っ先に出した答えは、アンコとイチゴの飴玉の二つであった。
「他に何かある? ルスカちゃん」
リビングのテーブルを挟んで二人は頭を悩ませる。他には唐揚げ、卵焼き、エビフライと三つは候補に上がったがアカツキからは四つと頼まれており、残り一つに苦悩していた。
もちろんアンコや飴玉などは別にあるオヤツの欄にしっかりと記載されてあった。
そして、二人が思い浮かぶはオヤツばかりでホットケーキやクレープ、おはぎなど、オヤツばかり。
「駄目じゃ。最後の一つが出ぬのじゃ。あ、ヤヨイー、前にアカツキが作ってくれたアイスってのを書いといて欲しいのじゃ」
「あ! ルスカちゃん、流石よ。忘れるところだった。やっぱりアンコと合うバニラとストロベリーの二種類よね」
「当然なのじゃ!」
増えていくのはオヤツの欄ばかり。「あー、うー」とフウカは、二人の顔を見比べ呆れるように首を振るのであった……。
◇◇◇
「何なのですか、これは?」
ギルドに討伐の報告を終えて、ゴッツォの店にフォレストタイガーの肉を卸してきて帰宅したアカツキは一枚の紙を見せびらかすように、ヒラヒラと手に取る。
弥生とルスカは、ばつの悪そうな表情で二人仲良く並んで正座していた。
紙にはピクニックで作ってもらいたいオヤツの名前がビッシリと書き込まれ、オカズには唐揚げ、卵焼き、エビフライの三つだけ。
「全く…………一応、イチゴの飴玉とアイスはアイテムボックスに在庫がありますから、アンコを炊かないと。これ全部は無理ですからね、おはぎにしますから、それで我慢してください」
アカツキはアンコを作るべく“材料調達”で取り出した小豆を鍋に入れ始める。
フウカの面倒はルスカに見てもらい弥生も隣で手伝い始めた。
「そう言えば、何処に行くか決めてませんでしたね。フウカも連れて行くのですから、近場で見晴らしの良いところがよいかもしれません」
「近場で見晴らしのいい場所……あっ」
ルスカには心当たりがあった。近場でかつ、見晴らしの良いリンドウの街を一望できる場所に。
弥生もアカツキもルスカに遅れて、その場所が思い浮かぶ。
あまりいい思い出のない場所。以前は緑一面であったが、今は所々荒れ果てている。
馬渕との最後の決戦の場所であった丘。
三人とも躊躇ったが、歩ける圏内でだとやはりそこが最適であり、あれ以来三人とも訪れていなかった。
無意識に避けていたのかもしれない。
行き先を決めると、お弁当の用意とお菓子の用意を同時にアカツキは始めたのであった。
◇◇◇
「ふわぁ~……」
「随分と眠そうじゃのぉ、アカツキ」
翌朝。この日、まだ日が昇る気配すら無い時間帯からアカツキは、一人台所に立ち、お弁当のおにぎり用と、おはぎ用の餅米を炊いていた。
今は寝不足で大きな欠伸をして背筋を伸ばす。
ルスカも普段より早く起きて、既に薄いピンク色の半袖のシャツと水色の半ズボンに着替えて準備万端であった。
最後にフウカを抱えた弥生が準備を終えて家を出るとルスカの持つ乳母車にフウカを乗せる。弥生は白のワンピースに麦わら帽子を被り清潔感で統一していた。
「ヤヨイー、ヤヨイー! ワシが、ワシが押すのじゃ」
「それじゃフウカをお願いね、ルスカちゃん」
「じゃあ、行きますか」
アカツキの合図で一家は目的の丘を目指して出発する。フウカの乗せた乳母車を押すルスカを先頭に、アカツキと弥生が並んで進む。
「フウカ、フウカ、フウカ~」と歌うように乳母車を押すルスカ。そして、そのリズムに合わせてなのか「あーあ、うーぅ」とフウカも楽しげに笑う。
「あら、ルスカちゃん。家族でお出かけ?」
乳母車の中のフウカの顔を覗きながら、近所の年配の女性がルスカに声をかける。最近ここリンドウの街へ移住してきたばかりの女性にとってルスカを家族と思うのは無理がなかった。
そんなことは気にしないとルスカは満面の笑みで「ピクニックに行くのじゃ」と答えてみせる。
ピクニックが分からない女性は首を傾げるが直ぐにアカツキが少し遠めの散歩だと説明して納得してもらった。
「そう、ピクニックなの。良かったわね、ルスカちゃん」
女性は、綺麗に纏めて後ろに括った藍白な髪を乱さないように、ルスカの頭を撫でてやると、アカツキ達に一礼して去っていった。
まさしく散歩のようなもので、リンドウの街の門をくぐるまで、ルスカに、アカツキに弥生にフウカに人々が呼び止めてきた。
そのせいで、門を通り抜けるまで、遅々として進まなかったが、一度門を出ると目的の丘は、街道から離れる為に呼び止められなくなったが、暖かな日差しや風を受ける度に感嘆しては、足を止めてしまっていた。
「ぐぬぬぬぬっ……」
丘を登る坂道をルスカは一人で乳母車を押す。弥生が「手伝おうか?」と聞くも「一人でやる」と聞かない。
アカツキは、さりげなく万一に備えてルスカの真後ろへと移動して、見守っていた。
「おおっ!」
「すごっ……」
丘の頂上へ到着したアカツキ達は、広がる情景に驚く。ルスカの魔法もありハゲ山と化したはずの丘は、僅か一年足らずで緑に覆われていた。
植物の生命力の高さに感心する二人。
ルスカも呼吸を整えて丘を見渡すと広がる一面の緑に目を丸くしていた。
風が吹くと香る青草の薫りに、アカツキ達はしばらく酔いしれて立ち尽くすのであった。
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