第八話 幼女と青年、言い知れぬ不安に襲われる
ルスカが捕らえた泥棒達。大したことは無かったが、それが却って重要なことを見過ごすことになった。
馬渕との決戦後、人手不足もあり働き口は何処にでもある。
今はむしろ、昔に比べて貧困に喘ぐ人が減ったほどだ。
一度疑問に思うと、ルスカには他にも不思議な点が思い浮かぶ。
泥棒といっても、彼らは新興住宅の空き家に入り込んでいただけである。
それを偶々ルスカに見られたものだから、無謀にもルスカに襲いかかり、返り討ちにあったのだ。
二人はナック邸に到着すると、門番をしている警備兵に挨拶もそこそこにして門をくぐり屋敷の中へ。
まずはナックの許可が必要だと二階の執務室へと向かった。
「ナック、入りますよ」
ルスカとアカツキはノックはしたものの返事を待たずに執務室の中へと入ると、丁度来客中だったようで、ナックは大きく項垂れる。
「せめて、返事くらい待てよな。アカツキまで──」
ここでナックはハッとする。ルスカならいざ知らずアカツキがこんな事をするはずはないと。
つまりそれは緊急を要する出来事を示していたことに、ナックは気づいた。
「何かあったのか?」
来客中であった商人らしい中年の男性を差し置いて、ナックはアカツキに問う。アカツキは、商人に対して謝罪の意を込めて頭を一度下げると、アカツキとルスカは泥棒に対する疑問点を話し出した。
ナックにはアカツキ達の言うことに合点がいくことがあった。自分も元は裏家業の傭兵をしていた過去がある。
それは、やはり働き口が少なく貧困が原因であった。
「わかった。俺も一緒に行こう。すいませんゼッペルさん」
ゼッペルと呼ばれた商人らしき中年の男性は「構いませんよ」とニッコリと笑う。
「よし、じゃあ行こう。牢は地下にある」
アカツキとルスカ、そしてナックはゼッペルを執務室に残して、部屋を出て二階から一階へ降りる途中、突然ルスカが足を止めた。
「ルスカ、どうしました?」
「魔力の振動を感じたのじゃ……場所は……地下じゃ!」
アカツキ達は再び動きだし、一階の廊下の端まで走る。見張りに一声かけてアカツキ達は地下の牢屋を見て回り異変に気づく。
「ナック、誰も居ませんよ!」
「バカな! 消えた!?」
捕らえていた牢屋はもぬけの殻となり、そこには鎖の足かせだけが残されていた。
何事かとついてきた見張りも、まさか居なくなっているとは思わず驚いており、見張りを問い詰めようとしたナックをルスカは咄嗟に止めた。
「アカツキ、入るな!」
何か痕跡はないかと調べようとしたアカツキも引き止めたルスカは、ナックにここには誰も立ち入らないように頼み、アカツキ達と共に地下を離れた。
「よいな、ここには誰も入れては駄目じゃ。安心せい、居なくなったのはお主のせいじゃない」
ルスカは見張りを庇うと共に、入らないように念をを押すとナックとアカツキを連れて執務室へと戻ることに。
ゼッペルは既に帰宅したのか、執務室はガランとしており、改めてナックと向き合うようにソファーに腰を降ろす。
「ルスカ、一体なにが……」
口火を切ったのはアカツキであった。ただ、ルスカの表情は暗く沈んでいた。
喋るべきか悩むルスカは、このままだとナックのことだ、自分で地下牢を調べるかもしれないと思い、重い口を開く。
「あの牢の中には歪みが生じておるのじゃ。先ほどの魔力振動は恐らくその時のものだと思う。今は徐々に歪みが小さくなってはおるが、彼処に入れば歪みに吸い込まれるのじゃ。そうなると、塵すら残らんぞ」
「では泥棒達はその歪みに吸い込まれたと?」
「歪みが出来たのが故意か偶然かはわからぬ。しかし、偶然にしてはタイミング良すぎるのじゃ」
「まさか、この屋敷まで被害が及ぶってのは……」
「それは無いのじゃ。一度歪むとあとは収縮するだけじゃ。いずれは消える」
それを聞いてホッと胸を撫で下ろすナックだが、解決したわけではない。
三人は何かしら手掛かりを得ようと考える。
「ルスカ。もしかして泥棒達は家に侵入したのが問題ではなくて、家にいるのを見られたことが問題だったのではないですかね?」
「それじゃ! アカツキ、ナック、あ奴らのいた家に向かうのじゃ!」
「わかった、急ごう。もし偶然じゃないなら証拠を消されちまう!」
ナックは壁に立て掛けていた剣を掴むとルスカとアカツキを引き連れて屋敷を出る。そして、三人はルスカの案内で、泥棒達と出会った新築の家へと向かった。
すっかり辺りは日が暮れており新興住宅街というのもあってか、人の声どころか物音一つしない。ただ、夜風が木々の葉を揺らす音のみが聞こえてくる。
アカツキはアイテムボックスからランプを取り出して明かりを灯すと、泥棒達のいた家の中に入っていく。
家具付きの新築の一軒家。テーブルの上にランプを乗せるとアカツキ達は、捜索を開始する。
所々、新築なのに使用された痕跡がある。
棚の中には食糧も見つかったことから、長期的にこの家に滞在していたかする予定かだと考えられた。
「何かありますか? 二階に行ってみますか」
「そうじゃの……ん?」
ルスカは何かを足で蹴飛ばすとカラカラと物音がする。何かと思いルスカは、蹴飛ばした物を拾い上げた。
「ルスカ?」
アカツキは呼ぶもルスカは反応しないで、拾った物を確かめているようであった。
ランプの明かりが必要かとアカツキはルスカが手に持った物を照らし出す。
「こ、これって、もしかして! ルスカ!!」
「どうした、二人とも?」
「ああ、間違いないのじゃ……これは“ルメール教”の紋様じゃ!!」
ルスカの手には以前に見たことのあるメダルとそこに描かれた紋様。
ルメール教と聞いてナックも流石に絶句する。
ルメール教。魔王崇拝を謳う集団であったが、実際はそんなことはなく、人身売買や麻薬を取り仕切る犯罪集団。
まだ、グルメール王国が出来る以前に猛威を振るっていた。
しかし、その時はルスカがヨミーの原型となるパペットの集団を率いて壊滅させられた。
ところが近年ルメール教と思われる者達が現れる。
それは、馬渕がルメール教を騙ったに過ぎないが、このグルメール王国崩壊の大元であった元第一王妃アマンダも、これと同じ物を持っていたのをアカツキやルスカは目撃していた。
「馬渕が居なくなって無くなったんじゃ……」
「確かにの。馬渕と思われる男やあの魔族リリスがルメール教を装っていたのじゃが、しかし、他にも仲間はいたのじゃ。そいつらは、まだ見つかっておらぬ」
「では、ルスカは消えた泥棒がその時の仲間だと?」
「考えられるがの。だが、恐らくそいつらは馬渕に利用されていただけのはずじゃ。もし、あの歪みが故意ならば……ちょっと厄介なことになりそうじゃ」
◇◇◇
その後、二階を確認した三人は今日は夜遅くなったと解散する。
メダルはルスカが一時預かることになった。
「そう……そんなことが……」
家に戻ったアカツキとルスカは、「遅い!」と怒る弥生に対して事情を説明する。
弥生は馬渕のことが出る度に、背筋が凍りつき悪寒を感じる。弥生は馬渕が軽いトラウマになっていた。
「で、でも、もう馬渕は居なくなったんだよね? 今回のこと馬渕は関係ないよね? ルスカちゃん!」
弥生は肯定してくれと切に願いながらルスカに問う。ところが、ルスカは難しい顔をして眉間に皺を寄せていた。
「ルスカ、もしかして……?」
「いや、あり得ぬ。あり得ぬのじゃ。馬渕は死んだはずじゃ」
まるで自分に言い聞かすように、ルスカは必死に首を横に振るのであった。
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