第七話 セリー、決断する
翌日の早朝、まだ空が薄暗い時間帯に、セリーはルスカの元を訪れていた。
大きな欠伸を一つして、まだ瞼が重く眠そうなルスカは、目を擦りながら何とか起き続ける。
恐らくセリーが来たのは、昨日の答えを出したのだろうと想像できた。
しかし、セリーは家に来てから一言も発しない。
まだ、悩んでいるのだろうか。ルスカは、セリーが少し心配になってきていた。
「セリー。その、昨日のことなんじゃが……」
とうとう堪えきれずルスカから話題を切り出す。
すると、セリーは俯き黙ったままだった顔を上げて、ルスカの言葉を遮るように答えた。
「私、お城に行く」と。
「お父さんとも話したのぉ。そしたら『セリーの好きなようにしなさい』ってぇ。だけど私、お父さんもお店もこの街の人達も大好き、もちろんルスカちゃんも……。パクくんの婚約はショックだったけど、ルスカちゃんから聞かされて良かったって思う。一人でも応援してくれる人がいるってだけで、頑張れるから……、だから私、お城に行く。ルスカちゃん、ずっと応援しててくれるぅ?」
「もちろん! もちろんじゃ、何だったらワシが力ずくでもパクに……」
「それは、やめてね、ルスカちゃん!」
ルスカとセリーは互いに顔を見合わせて、プッと笑いを吹き出す。そして、二人はその足で、リュミエールの元へと向かうのであった。
「はぁ……まさか、リュミエールさんに私の気持ちがバレてたなんて……」
リュミエールに自分の意思を伝えたセリーは、恥ずかしくなり顔を赤らめていた。セリーのことは、ルスカから聞いていたリュミエールであったが、空気を読んで黙っておくことに。
「セリー様。初めに言っておきますが、これは政治的駆け引きも含まれています。エル次第ですが、最悪政治的な争いに巻き込まれる危険もあります。それでも、変わりませんか?」
「はい、大丈夫です!」
「わかりましたわ。まずは、セリー様は、ダラス卿に仕えることになります。これは、王室を出た私から関わりを消すためです。その後、ダラス卿からエルに同年代の友人兼側仕えとして推薦してもらいます。あとは、セリー様次第ですわ」
リュミエールは、既にダラスに打診しており下準備は万端であった。
早速と、セリーをそれなり身綺麗にするべくリュミエールはセリーを連れて邸宅の中へ。
ルスカは二人を見送ったあと、ゴッツォの元へと向かった。
「まだ……まだ、早すぎるぅぅぅ。うううう……」
朝の仕込みもせず、マンに慰められながらカウンター席で酔い潰れていたゴッツォ。
「いつかは出ていくのじゃ。それが早まっただけの話じゃろうが」
「うう……なんだ、ルスカちゃんか。分かっている、分かっているんだが……」
大きな体で泣き崩れたゴッツォは、普段の豪快さは鳴りを潜めており、ただの父親であった。
「心配するななのじゃ。セリーならきっと上手くいくのじゃ。万一があればワシやアカツキが何とかしてやるのじゃ」
セリーには手を出さないでと言われそうだが、ルスカは親友として力を惜しむつもりはなかった。
その日の夕方、セリーは早くも首都グルメールに向かうべくナック達が用意してくれた馬車に乗り込む。
ゴッツォやルスカはもちろんのこと、弥生やフウカ、そして話を聞き付けたハリーやユーリ、ユーキと言ったセリーやルスカの友人達も見送りに。
マンは、店を空っぽにするわけにはいかず留守番、アカツキは残念ながら間に合わなかったが、他にも多くの街の住人がナック邸の前に押し寄せていた。
「セリーちゃん、元気でね!」
「セリー、戻ってきたらお城の話、聞かせろよ」
「ハリー。縁起でもないこと言わないの! セリーちゃん、頑張れー」
声援を受けたセリーは、皆が見えなくなるまで馬車から顔を出して手を振り続けた。涙を流す父親や、大好きな
リンドウの街の門をくぐり、馬車は街道へと入っていく。
セリーは、馬車の中で涙を拭いて前を見据える。その時である──ドンッ! と、馬車を揺らす位の衝撃が走る。
何ごとかと、セリーが馬車の窓から外を見ると屋根から顔が出てきて驚き反対側へと後退る。
「あ、アカツキさん!?」
「やっぱり、セリーさんでしたか。どうしたのです? この馬車はナックの所のやつですよね?」
偶然帰宅途中で、馬車から覗くセリーの大きなリボンで気づいたアカツキは、屋根に飛び乗り窓から顔を出したのである。
セリーは、自分の決意と事情をアカツキに話す。
「そうですか。ルスカが寂しがりますね……。セリーさん、私も応援しています。頑張ってください」
アカツキは、逆さまになったままの顔で優しく笑う。セリーは一言「はい!」と目を細めて笑顔を返すのであった。
◇◇◇
「なんじゃ、アカツキ。途中でセリーに会ったのか」
夕方出ていったセリーに代わり帰宅したアカツキは、家の中で体で拭きながらルスカと留守の間の話をしていた。
アカツキは、返り血で服を染めていたが全く傷つくことなく、目的のフォレストタイガーを三頭仕留める。
「今から、ギルドとゴッツォさんの店に行きますが、ルスカも一緒に──」
「準備万端なのじゃ」
ルスカはアカツキが言い終わる前に、既に着替えていた寝間着を脱ぎ捨てながら二階へと上がっていき、あっという間に短パンにTシャツという姿に変わり、戻ってくる。
「全く……こんなに脱ぎ散らかして……。それじゃ、弥生さん。留守番お願いします」
「はーい、いってらっしゃーい」
アカツキが家を出るとルスカは隣に並び手を繋ぎ、仲良くまずは、ギルドへと向かう。その途中、アカツキの留守の間の話をせっせと、あんなことがあった、こんなことがあったと報告するルスカ。
「泥棒?」
「そうなのじゃ! よりにもよってフウカを人質に取ろうとしたのじゃ! 思いっきり懲らしめてやったのじゃ!」
「ふむ……泥棒、ですか」
アカツキは自分の顎に手をあてて何か考えていた。
「ルスカ、予定変更です。まずは、ナックの所に行きましょう」
「それは良いが……どうかしたのか、アカツキ?」
「おかしいと思いませんか? 泥棒とか強盗や盗賊なんてのは、働き口がない、食べ物がないなど貧困の上にするものです」
「ふむふむ、そうじゃの……」
ルスカもそれには同意する。治安の悪化などは、貧困から起こることなのは間違いなかった。
「このグルメールは、ファーマーかここリンドウに来れば、働き口など山ほどあります。これは、このグルメール王国で知らない人はいないでしょう。かといって、他から流れて来たとも思いません。ザンバラ砂漠です。あの砂漠を越えてまで泥棒? 考えにくいですよ」
「そ、そうか。ワシとしたことが迂闊じゃった。何故気づかぬのじゃ。鈍っておるのかのぉ」
悔やんでも仕方がない。ルスカとアカツキは嫌な予感がして、ナック邸へ足早に向かうのであった。
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