第六話 セリー、落ち込む
ナック邸へとやって来たルスカとフウカ。噴水やテラスのある緑の絨毯のような芝生、そこに邸宅へと続く石畳の道を通る。
邸宅前には、これまた二人の警備の兵士が。
「ご苦労なのじゃ」
ルスカは、乳母車を止めて兵士に声を掛ける。警備の兵士でありながら、観音開きの扉を全開に開いてやると、ルスカは乳母車ごと家の中へと入っていった。
勝手知ったるナックの家。お手伝いの人達に挨拶しながら、一階から二階へと上がる階段の前に着くと、ルスカは困ってしまった。
乳母車を二階へ運べないのだ。
「うわ、また勝手に入ってる!」
「お、ミラ。良いところに。ちょっと手伝うのじゃ」
ミラージュ。通称ミラ。グルメール王国のエルヴィス国王ことパクが王位に着く前、命を狙われたところを救ったリュミエールの従者だった女性である。
現在はこのナック邸の使用人達を取り仕切っている。
「もう! ワタシの立場も考えてくださいよ。それでなくても使用人に舐められてる気がするのですから」
「それより、乳母車を二階に運んで欲しいのじゃ」
勝手に侵入されれば、取り仕切る者として立場はないが、別に勝手に侵入している訳でなく、ルスカだから通さざるを得ないのだ。
この邸宅の主であるナックからは許可が出ていた。
「話、聞いてないし……はぁ、これを運べば──もしかしてフウカちゃんですか! これ」
「これとはなんなのじゃ!」
乳母車を覗き込んだミラは、小さな手足を自分の方に向けて笑顔のフウカを見ると一瞬で虜になる。
「はぁ……かわいい。抱いてみていいですか?」
「大丈夫なのか? 落としちゃ駄目なのじゃ」
「大丈夫ですよ。ワタシ、エルヴィス国王のお世話もしてたのですよ」
そう言い、フウカへ腕を伸ばした、その時──
「何をしているのだ、ミラ!」
ミラを止めに入ったのは二階の階段前に現れたナックであった。
ナックは階段を駆け降りると、フウカを抱こうとしたミラの腕を払いナックがフウカを奪い取る。
「はーい、ナックお爺ちゃんでちゅよー」
傭兵時代の面影は既になく、そこには目尻に皺を作りフウカをあやす、ちょっと強面の男性。
そんなナックを見て呆れた顔をしながら、リュミエールも二階から降りてくると、ルスカへ黙って頭を下げる。
「ごめんなさいね、ルスカ様。
「気にするな、なのじゃ。ただ、女の子の匂いで嗅ぎ分けられるナックがキモいだけじゃ」
リュミエールは大きなため息と苦笑いしか出せず肩を落とすのであった。
◇◇◇
「えっ、それじゃまだ、セリー様に伝えてないのですか?」
緑の芝生の絨毯の上に置かれた丸く白いテーブル。リュミエールとルスカは、テーブルの上に並べられたお菓子をつまみながら、ティータイムを楽しんでいた。
ナックは仕事へ戻り、フウカはルスカ達の隣でミラが面倒を見ている。
話題に揚がったのは、パクことエルヴィス国王の婚約と、セリーについてであった。
セリーがパクを好きなのはリュミエールも気づいていた。まだ未発表であるパクの婚約。
セリーの友達として、ルスカから話すつもりでいたが、いまだに話せずにいた。
「やはり、他人に聞かされるよりルスカ様から言われた方がいいと……」
「わかっておる。わかっておるのじゃが、セリーの落ち込む姿を考えるとどうしてもな……」
なんとかならんか、そうリュミエールに目で訴えるルスカ。
「セリー様は、いい子ですから姉としては
「ぬう……そうかぁ……」
頭を抱えるルスカに対して、リュミエールは更に付け加える。
「それに問題はエルがセリー様をどう思っているかです。側室はあくまでもエルがセリー様を手籠めにした体裁にしなくてはなりません。でないと他の貴族達が自分の縁者達を側室に、側室にって殺到しますわ。そうなると私達のように権力争いに巻き込まれますから……」
リュミエールとエルヴィスの二人は第二王妃の子供である。嫡男が亡くなったことで、第一王妃から命を狙われた経緯があった。
当事者の一人であったルスカには、リュミエールの気持ちがよく分かる。
何せ、企みだったとはいえ、実の父親である前国王の手によって、弟エルヴィスは奴隷として売られたのだ。
「むう……それならばセリーはパクの傍に居なくてはの」
「一応、私の方でセリー様が城仕え出来る手筈は取ってます。ですが、問題はセリー様が、店を離れたがるか……」
現在、セリーの店は父ゴッツォとセリー、そして従業員のマンで回している。
城仕えになると、中々帰宅は出来ない。
誰か他に雇わなければならない上に、セリーが安心して店から離れられる人物ではないといけない。
何かいい手は無いものかと、腕を組みルスカは首を捻ると、フウカをあやすミラと目が合う。
「ミラ。お主、そう言えばセリーの店を何度となく手伝っていたの」
「へ? ちょ、ちょっと待って下さい。ワタシは、ここの屋敷を管理するという重大な仕事が!」
「別にいらんじゃろ?」
「ひどっ! ちょっとリュミエール様! どうして明後日の方に向いているのですか!」
以前追っ手から身を隠すためにセリーの店の手伝いをしたり、一段落着いてからもセリーを首都グルメールの学校へと行かせる為に手伝ったりしていたミラ。
ルスカはリュミエールが何も言わない事をいいことに、夕方セリーの店へ向かうように無理矢理了承させると、フウカの乳母車を押してナック邸を去っていった。
「はーい、フウカちゃーん。お待たせぇー」
仕事を終えたナックが庭へとやってくるが既にルスカもフウカの姿もない。
「ナック。ルスカ様から伝言『新興住宅に胡散臭い奴らを捕らえているから回収よろしくなのじゃ。あと、その喋り方気持ち悪い』だそうです」
「仕事増えた……」
肩をガックリと落とし、ナックはトボトボと家の中へと戻っていくのであった。
◇◇◇
一度、ルスカは帰宅した後、日が落ちる前に弥生と共にセリーの店へと向かう。今日はアカツキは帰って来ない為に夕食を食べるためだったが、ルスカにはその前にセリーへエルヴィス国王の婚約の事を伝えるという重大な任務に足取りが重くなっていた。
「大丈夫だよ。セリーちゃんも、他の人から伝え聞くよりルスカちゃんから聞きたいはずだから」
弥生は、隣でトボトボと歩くルスカを慰めながら乳母車を押していく。
赤く染まる夕陽に照されたルスカには哀愁が漂って見えた。
セリーの店に到着すると、私服に着替えてふくれっ面のミラが既に来ており、弥生が一時対応にあたる。
「いらっしゃい、ルスカちゃん」
普段と変わらぬ笑顔でルスカを出迎えるセリー。宿の受付の方に入っていき「少しいいかの」とセリーを二階へと連れ出した。
初めは言い淀んでいたルスカだが、セリーにエルヴィス国王の婚約の話を意を決して伝える。
驚くも「そう……」と悲しそうな表情を浮かべて一階へと戻っていくセリーを見て、ルスカも心を痛めた。
落ち込み、受付台に顔を伏せるセリーに、ルスカはリュミエールの提案を伝えるが、やはり「お店があるしぃ……」と乗り気でない。
「だ、大丈夫じゃ。リュミエールの許可は取っておるから代わりにミラを働かせれば良いのじゃ!」
チラリと弥生と談話しているミラを見る。すると、大きく一つため息をつく。
それに気づいたミラが、胸を張って「ワタシに任せて下さい!」と大見得を切る。
そしてセリーは一言「一晩考えさせて」とだけ、伝えるのであった。
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