第五話 青年、仕事をする

 ルスカがフウカを連れてナック邸を訪れる少し前、アカツキはギルド本部であるリンドウのギルドへと立ち寄る。


「あ、アカツキさんじゃないですか」

「おはようございます、ナーちゃんさん」


 自分のいたギルドがギルド本部となり多くの人が訪れ忙しそうに動くエルフの女性。

受付のナーちゃんである。

受付のカウンター内を忙しなく動くナーちゃんとは対照的に、もう一人エルフの女性が受付には居た。

人手不足から、ナーちゃんが故郷から呼び寄せたルルという。

ナーちゃん同様透き通った白い肌に尖った耳をしているが、長身のナーちゃんに比べて、背は百六十あるかってくらいである。


「おはようございます、ルルさん」


 ルルは何も喋らずペコリと頭を下げるのみ。非常に無口で、大人しい。

アカツキも今まで一言だけ声を聞いた程度しかなかった。


 このリンドウの街の新しいギルドの受付嬢としてやって来た当時、カウンターを挟んでルルと新人っぽい若い男性が互いに黙って見つめ合っていた。

無口なルルと何を聞いたらいいのか分からない新人。

結果、アカツキがアイシャに用事で三階にて話終えて一階へ戻って来ても、まだ見つめ合っており、その後ろには長蛇の列が出来ていた。

何せリンドウの街は復興中であり、ローレライ全土から仕事を求めにギルドを多くの人が訪れていた。


 アカツキは、誰か助けてやれよと内心思いつつ、新人の男に何がしたいのか代わりに聞いてやりルルに伝えた。

ルルの仕事は手際よく一分かからず終えてしまう。

その時、ルルから「ありがとう」と消え入りそうな声で礼を言われたのだが、アカツキも、それ以降ルルの声を聞いていない。


「あー、ルルさん。何か仕事見繕ってもらえませんか?」


 ルルは一度受付から離れて、依頼の貼られた掲示板から数枚剥がして、アカツキへと差し出す。

アカツキは、ギルドパーティー“イチゴカレー”を解散してからは、単独で仕事を受けていた。

もちろんアカツキは、有名で是非うちのパーティーにと勧誘を受けることも少なくなかったが、今のアカツキにとっては不要であった。


 何せ今のアカツキには、エイルの力がある。

魔族もなく、いるのは野良の魔物くらい。たとえ盗賊退治でも、慎重に進めれば今のアカツキには問題ないのだ。


 アカツキが受けた依頼は採集が二つと討伐が一つ。

採集二つのうち一つは、個人依頼でノイッシュという果実を採ってきて欲しいと。ノイッシュは、主にアルコールを割る水代わりに使われ、お祝い事でよく出される飲み物に必須な果実。

もう一つは、薬草。これはギルドからの依頼で馬渕との決戦に使われた回復薬の材料。あのあと、役に立つからとルスカからギルドにレシピを譲り受けていた。


 そして、討伐の依頼を見てアカツキは、ほくそ笑む。

見覚えのある魔物の名前。“フォレストタイガー”、そう書かれていた。

以前アカツキが追い詰められて、命からがら助かったあの魔物である。


「それじゃ、ルルさん。頑張ってくださいね」


 子供をあやすように、頭を撫でてやりギルドをあとにしようとするあかつきを、ナーちゃんが引き留める。


「あれ、ギルマスやアイシャさんに会っていかれないのですか?」

「あー、めんどいので、また──」


 また今度、そう言いかけたその時、ギルド内に高らかに笑い声が響く。


「ほーっほっほ! お久しぶりですわ、アカツキ様」

「一昨日、市場で会いましたよ、ヤーヤーさん」


 勢いよく扉が開き、右手は腰にあて、左手は見せつけるかのように体の前に出して登場したのは、元Sランクギルドパーティー“姫とお供たち”のリーダーだった魔法使いのヤーヤーである。

見せつける左手の薬指には、キラリと光る指輪が。


 ヤーヤーは、グランツ王国を流星やハインツと共に守りきった後、婚約者に逃げられていた。

酷く落ち込むヤーヤーに、他のパーティーメンバーは困惑する。

元々若い時のヤーヤーに惚れて集まったメンバー。

誰が生け贄……犠牲に……いや、支えるかが話合う。

しかし、当のヤーヤーを今まで邪険に扱ってきたこともあり、たとえ支えたいと本心から言っても信用されないだろう。


 そんな時、一緒にグランツ王国に滞在していたカホから聞いたのは、カホの世界のプロポーズの仕方。

メンバーは、皆で金を出し合って買えるギリギリの指輪を購入すると、片膝をつけてプロポーズをする。

今までそんな気配も感じなかった相手からのプロポーズ。

ヤーヤーは信じられない──なんてことは全くなく、指輪を受け取ると嬉しそうにその場で舞い踊る。


 それ以降、ヤーヤーは、よっぽど嬉しかったのか常に左手をひけらかして現れる。今では常に左手を挙げすぎて右腕と比べてガッシリしているように見えた。


「それで、何の用ですか、ヤーヤーさん」

「ほほほ。いえ、別に。べーつに、なんでもないですわ」


 左手をグイグイと顔の前に張り付けられるアカツキ。

アカツキは、ヤーヤーの左手を退かすと、鬱陶しそうに「ご結婚おめでとうございます、ヤーヤーさん。って言うか、何度言わさせるつもりですか」


「ほほほほほ」と、その場で回り踊るヤーヤー。


「聞いていないですね……」


 アカツキは、また会ったら言わないといけないのだなと、呆れ果ててギルドをあとにするのであった。



◇◇◇



 リンドウの街を出たアカツキは、街道を進まず森の中を移動する。

今のアカツキには、何もない街道を進むより、障害のある森の中を進む方が楽なのである。


 背中から伸びた五本のエイルの蔦が、器用に枝に巻き付いて木々の隙間を飛ぶように縫って移動する。

最早手慣れたものだ。ひょいひょいと、雲梯うんていのように森の中を探索していたアカツキは、獲物であるフォレストタイガーを発見した。


「見つけましたよ」


 赤茶の体毛に大人程の体長、鋭い牙が上顎から伸びている。アカツキは早速エイルの蔦を地面に突き刺すと地中を通ってフォレストタイガーへと迫る。

しかし、フォレストタイガーも敏感に地中を進むエイルの蔦の音を聞き取ると、アカツキの姿を補足した。


 フォレストタイガーは、森の中を縦横無尽に走り回りアカツキに向かって円を描くように近づく。鋭い爪を伸ばして体ごとぶつかる勢いで襲いかかるフォレストタイガー。

しかし、アカツキは一瞬足りとも焦ることなく、その場から動かず地中からエイルの蔦を飛び出させた。

己自身を撒き餌として、自分の周囲に罠を張っていたのだ。

鋭く尖ったエイルの蔦の先端は、フォレストタイガーの喉を貫き貫通する。


 アッサリとフォレストタイガーを倒したアカツキは、倒した証拠になる牙を切り離しアイテムボックスに仕舞うと、代わりに大きな布と包丁を取り出す。


 絶命したフォレストタイガーの皮をアカツキは血まみれになりながら剥ぎ取り、肉に包丁を刺して手際よく解体していく。

大きな肉のブロックを布に包むと、そのままアイテムボックスへと仕舞う。

アカツキに抜け目はない。

フォレストタイガーの肉は、食材としても使われる。

自分で使う訳ではないが、ゴッツォに買い取ってもらうつもりであった。


「ノルマはあと二匹ですか」


 アカツキは、再び森の奥へと入りフォレストタイガーを探すのであった。

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