第九話 青年、限界迫る
クリストファーの全てを賭けた一撃は意外な形で終わりを迎える。
互いに血塗れになった事が仇となった。
暴れるリリスに対してクリストファーは腕を掴んで離さないが、手のひらまでクリストファーは血に染まりリリスの腕も血塗れだった為に、滑ってリリスの腕がスッ歩抜ける。
勢い余ってクリストファーは後方にヨロヨロと足をふらつかせながら、膝を折るとそのまま前のめりに倒れる。
クリストファーとリリスが離れた為に、魔法は消えリリスも辛うじてではあったが、立っていた。
「クリストファー‼️」
ワズ大公が御する馬車ごとクリストファーの元へと駆け寄ると、弥生に支えられながらルスカは容体を確認する。
「いかん、このままでは!」
ルスカは“キュアヒール”で回復を施すも、魔法が何とも弱々しくクリストファーの傷の治りが遅い。
「回復薬貰ってくる!」といてもたってもいられなくなった弥生は、アカツキの元へと走り出す。
弥生が離れた後、クリストファーに回復をかけるルスカに近づく人影に気付き、二人の様子を見守っていたワズ大公が立ち塞がる。
「その傷で何をするのつもりだ。魔族の女よ」
腰にある綺羅びやかな剣を抜いて構えるワズ大公に、リリスは不敵な笑みを浮かべる。
「確かにね。でも、今の貴方達程度なら十分よ。あの障壁娘がいたらちょっと厄介だったけどね」
ワズ大公の隣にゴッツォも立ち塞がりルスカを守る。ルスカもリリスには気付いていたものの、このままクリストファーを放って置く訳にもいかない。
「ふふ……」と勝ち誇った表情のリリスは、思わず笑いが溢れると、長く尖った爪の付いた指を確認するように動かす。
リリスがワズ大公に、にじりよる様に近づいた、その時──。
「随分と色々やってくれたみたいですねぇ」と、リリスのすぐ側から聞こえる。
声が聞こえた方へ振り向いたリリスの視界の端に頭の上から生えた獣の耳が映る。
声の主であるアイシャは、リリスの真横へ滑るように辿り着くと、低い態勢のまま拳を自分の腰まで引いて準備万端であった。
アイシャの拳に、グッと力が込められるとそのままリリスの腹へ向けて打ち抜いた。
「ガハァッ……‼️」
血塗れでも衰えない美しい顔が醜く歪ませて、地面を転がっていく。
追撃されないように、すぐに起き上がったリリスは、苛立ちながらも冷静に自分の身体はまだ戦えるか頭の中で確かめる。
「これは、退いた方がよさそうね」
血を流し過ぎたと判断したリリスは撤退するべく、背中の羽を広げる。
と、同時に背中に悲鳴を上げそうなほどの痛みが走った。
何があったかと、肩越しに自分の背後を見ると右の羽がボトりと地面に落ちていた。
そこには、落ちた羽を拾い上げて、軽く上へと放り投げ更に細かく斬りつけるナックがいた。
「き、貴様っ‼️」
「ナック!」
兄のことで気落ちしていたリュミエールは、ナックの無事な姿を見ると、その表情はパッと明るくなり笑顔が戻る。
リュミエールとは対象的にナックに睨み付けるリリスだが、ナックから睨み返されると、尻込みして後退ってしまう。
ナックとアイシャに挟まれる形となったリリスは、より近い方にいたナックへ向けて自らの血を手に取り投げつけるが、容易に躱される。
しかし、一瞬の隙をついてリリスは片方しかない羽で空へと舞い上がる。
バランス悪く懸命に動かさなければ、すぐに落ちてしまいそうではあるが、少なくともナックからは届かない位置にまで避難出来てホッと胸を撫で下ろした。
「ナックさん! 私を投げてください!」
走り出したアイシャは、それだけを伝えるとナックに向かって飛び跳ねる。
打ち合わせなどなくても、ナックの組んだ両手にアイシャは片足を乗せると、力一杯真上へと放り投げられると同時に強く踏み込み飛び上がった。
完全に安全地帯に入ったと油断していたリリスは、自分にロケットのように真っ直ぐ向かってくるアイシャに驚き、慌てて避けるので精一杯であった。
ところが、片羽しか残っていないからか、バランスを崩して落下しそうになり、浮上しようと懸命に動かすも、浮き上がる気配はなく地面に向けて落下する。
「なっ!?」
目を丸くしたリリスは浮上しない理由に気づく。何せ残った羽をアイシャが片手一つで掴んでいたのだった。
「離せ!」と振り払おうと羽を動かすも、アイシャは掴む力を緩める筈もなく、二人して真っ逆さまに地面へと落下していく。
羽を掴まれていてはアイシャに向けて魔法を放とうとも態勢を変えることが出来ない。
それどころか、落下スピードが一気に増す。
“セルフウェイト!”
自身を重くしたアイシャは、大きく拳を振りかぶると、地面の激突と同時にリリスの背後から頸椎目掛けて振り抜いた。
「うわぁ~」
地面に衝撃が走り、ワズ大公が確認すると、思わず目を背けてしまう。
完全に首はあり得ない曲がり方をして、絶命していたリリス。アイシャは立ち上がると、リリスの姿を一瞥だけしてナック達が待っている場所へ向かった。
血塗れのクリストファーを僅かな魔法で回復させているルスカを不安げな表情で見守っていたナック達は、未だに回復薬が届かない事に疑念を抱く。
リリスと戦っている内に随分と丘の麓まで落ちてきたルスカ達。馬渕と戦っているはずのアカツキや流星の姿は、ここからは確認出来なかった。
「キャアアアアアアアアアーーーーッ‼️」
この日一番の悲鳴が丘に響く。男性の声ではなく女性の甲高い声。この場に居ないのは、回復薬を取りにいった弥生のみ。
何かあったことは、間違いないと判断したルスカ達は、クリストファーをそっと馬車に積み込み、ワズ大公の御者で馬車ごとアカツキ達の元へと向かった。
丘の上では、立ち尽くす弥生に、馬渕と戦っている虎型の魔物に擬態している流星のみが見え始める。
「おい、ヤヨイー! アカツキはどうした?」
弥生の側に馬車をつけるなり、ナックは飛び降りて震えながら立ち尽くす弥生の肩を掴む。
ゆっくりと指差す弥生の指の先には、倒れて動かないアカツキの姿があった。
「ワズ大公!」
「うむ!」
弥生のことは、ナックに一旦任せてルスカは、ワズ大公に馬車をアカツキの側にやる様に頼む。
しかし、それより先に馬渕は流星を蹴り飛ばし、悠然とアカツキの元へと向かっていた。
「クソッ! 間に合えっ!」
馬渕に体当たりする勢いで走り出した流星は、ギリギリ馬渕の間合いに入る前に方向転換してアカツキを口で優しく咥えて向かって来ていた馬車の近くまで全力で逃げ出した。
「アカツキ!」
降りようとしたルスカは、足がもつれて馬車から落ちてしまう。それでも地面を這いながらアカツキの側へ。
「アカツキ! アカツキ、しっかりするのじゃ!」
「うっ……」
意識はあるようで、少し胸を撫で下ろしたルスカはアカツキが倒れた原因の傷を探る。
しかし、かすり傷や打ち身などはあるものの、倒れるような怪我は見当たらない。
「ま、まさか……」
ルスカはアカツキを腹這いにすると背中の服を捲る。
「や、やはり……やはり、そうか……」
アカツキの背中には黒い蠢く線で紋様が描かれており、以前に馬渕に付けられた傷が開きかけていた。
エイルの蔦が、蠢く線を押さえつけるが傷が閉じ、蔦を振り払い蠢き出すと傷が開き始める。
呪いの再発であった。
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