第十話 レプテルの書、何処に?

「まだじゃ! まだ、アカツキの意識は残っておる。まだ間に合うはずじゃ!」


 とは言ったものの呪いを解く為には薬が必要になってくる。

その為には、この世界の出来事が記された書であり、神獣エイルと同格であるレプテルの書が重要になってくる。

ただ、以前エイルが言っていたように、レプテルの書は現在、ローレライには無くドラクマにあるという。

そこでルスカは以前に、馬渕が所持しているのではないかと推測したのだが。


「マブチ! 貴様、レプテルの書を今持っておるのか!?」


 ルスカの心情は複雑であった。ここで馬渕がレプテルの書を持っていなければ、時間が足りずアカツキは助からないだろう。

まさか、敵である馬渕に願うことになるとは、思いもよらなかった。


「あん!? なんだ、そのレプなんちゃらってのは」

「さ、最悪じゃ……」


 まさか存在すらも知らない様子の馬渕に、ルスカの顔に絶望の色が現れる。

こうなると、レプテルの書は今ドラクマの何処かにあることに。

今から向かっても広大なドラクマで見つけるのは至難の技であった。


 ルスカだけではなく、弥生もナックもアイシャも皆黙り込んで意気消沈していた。


 その時──アカツキから伸びるエイルの蔦が一番近くにいた弥生の服の端に先端を引っかけて引っ張る。

弥生もそれに気付き、アカツキを見ると自分に目を向けて何か話そうと口を動かしていた。


「どうしたの、アカツキくん」


 初め弥生はアカツキから遺言でも聞かされるのではないかと、顔が蒼白になった。それでも聞かなければならないと、弥生はアカツキの口元に耳を寄せ言葉を聞き取る。


「…………」

「……えっ!?」


 小声で聞き取り辛かったが、弥生はアカツキの言葉を聞くなり立ち上がると、声を大にして叫ぶ。


「馬渕くん! 騙されないわ、それは嘘よ!」

「ほぉ……その根拠はなんだ?」

「えっと……それは……」


 根拠と問われ弥生は、思わず言葉に詰まってしまう。アカツキからは、馬渕が嘘を吐いているとだけ聞かされていた。

勢い余って大見得を切ってしまったのが、バレバレであった。


 ヒントを与えるべくアカツキは、再び弥生の服の端にエイルの蔦を引っかけていたのだが、本人は動揺して気づいていない。

しかし、弥生に注視していたルスカは、蔦を見て何かに思い至ったらしく弥生の前に立つ。


「そうか! マブチ、お主は先程現れた時、アカツキを見て驚きもしなかったな! それが根拠じゃ! 何故あれほど自信のあったアカツキの呪いから立ち直っているのを見て驚かぬ。それにエイルの蔦もじゃ! 普通、背中から蔦が生えておったら驚くはずじゃ。それにも驚かない……それは、お主はその解を持っているに他ならぬのじゃ!」

「くく……なんだよ、急に生き生きしやがって……さっきの絶望的な顔、もう一度見せろよ。くく……」


 心底残念そうな馬渕の表情は、その場にいる全員の背筋が凍りつかせる。

“絶望的な顔”という台詞ではない。その事を笑顔で話せる馬渕の態度が不気味であった。


「やはり、お主レプテルの書、持っておるな」

「くく……当たりだよ。さぁ何処に隠しているかなぁ」


 両手両腕を広げて見せる馬渕。パッと見では、所持していないようにも見える。

服の中なのか、それともアカツキみたいにアイテムボックスを所持して、その中に入れているのか。

ルスカは、一歩馬渕へと近づくと、垂れ目がちな目は鋭くなり緋色の瞳に魔王紋を映し出して戦闘態勢を取る。

その隣に立つナックとアイシャ。


「ナック、アイシャ! 殺してはならぬぞ、レプテルの書を見つけてからじゃ!」

「おう!」

「はい!」

「俺も行く!」


 息を整えていたため遅れたものの流星も、ルスカに並び立つのであった。


「ふん……まぁ、やるだけやってみるんだな」


 馬渕は刀を無造作に構えると、来いと、手で招き挑発してみせる。


「いくぞ!」とルスカを先頭に一斉に走り出す。疲れたとかは、アカツキの事でいつの間にか吹っ飛んでいた。

ルスカを追い抜きナックとアイシャが前衛となり、馬渕へと立ち向かう。


「アイシャ、気をつけろ! 斬られると呪いをかけられるぞ!」

「ナックさん……初めて名前で呼んでくれたのですね!」


 よっぽど嬉しかったのか耳を立て尻尾を振り回すアイシャ。確かにナックからは、出会った頃から“ギルドの”としか呼ばれておらず、ギルドを辞めた現在でも呼び名は“ギルドの”であった。


「余所見するな、アイシャ! 来るのじゃ!」


 ルスカに発破をかけられて気を取り直したアイシャは、前を向き直すと真っ先に馬渕へと当たる。

刀に注意しながら、顔面を狙い拳を右左と繰り出すが避けられると、右足を軸に身体を回転させて上段の回し蹴りを放つ。


 馬渕は、それすらも態勢を低くして躱すと刀を振り上げてアイシャの太もも付け根辺りを狙ってくる、が、同時に、低く屈んだ馬渕を狙ってナックが剣を振り下ろす。

咄嗟に防御に切り替えた馬渕は、振り上げた刀でナックの剣を受け止めた。


 激しい鍔迫り合いに剣と刀のぶつかる金属音が鳴り響き、アイシャの気合いの叫びが木霊する。

流星もその身を投げ出すように、体当たりと爪で立ち向かう。


「皆、離れるのじゃ!」


“ストーンバレット!”


 後方からルスカが魔法を放つ。先程の大岩レベルまでいかないが、拳大の石が回転しながら馬渕へと迫る。

しかし、馬渕は焦ることはなく、平然と立ち尽くすと、接近してきてから刀で容易に弾き跳ばしてみせた。


 そう。容易に馬渕は魔法を弾いたようにこの場にいたナック達には見えた、しかし、ただ一人──ルスカだけは見逃さなかった。


 馬渕には魔法は効かない。聖霊が自分の言うことを聞かずに魔法が霧散してしまう。ところが、今は何故か目の前にまで魔法が迫ったのだ。

それを確かめるべく、馬渕へ接近するため走り出したルスカは、再び魔法を放つ。


“バーストブラスト”


 今度は刀で弾かれないように、ルスカと馬渕のすく側で爆発させる。


「ぐっ……!」


 馬渕とルスカは、爆風を受け後方に飛ばされる。

魔法は掻き消されることはなかった。丘を転がりながらもルスカは、その理由を探る。

馬渕を前にして聖霊が言うことを聞かなかったのは、馬渕が強いからとかではなく、馬渕が勇者だからだ。

特に魔王紋を持つルスカやアドメラルクには、その優位性が大いに働く。

ところが今は、それがない。


「勇者ではない?」


 ルスカが出した結論は“馬渕が勇者ではなくなった”と言うことである。

しかし、根拠がいまいち薄い。他に馬渕が勇者ではなくなった理由があるのではないかと思慮する。


「勇者……そうか、そういうことなのじゃな」


 ルスカは立ち上がると、ナック達に向かって叫ぶ。「刀を恐れるな! 呪いはないのじゃ」と。


「マブチ! 残念だったの、お主はもう勇者ではなくなったようじゃ」

「なに?」

「よいか、勇者とは人に認められて初めて成立するのじゃ! そして今この世界に、お主が勇者だと思っておるものは一人もおらぬ! 何せ、唯一お主を勇者だと信じていたリリスが死んでしまったのじゃ!」


 ルスカは馬渕を指差し、堂々と言い放つ。

ところが、馬渕には全く動揺が見えず、ただ笑みを浮かべてルスカの言葉を聞くだけであった。

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