閑話

ルスカside 幼女、元魔王との出会い その壱

 アドメラルクが亡くなったと聞いたルスカは、グランツリーにある城のテラスへと一人で空を見上げていた。

闇夜を照らす、くっきりと丸く映る月は、普段より大きく感じる。


「ワシより先に逝きよって……」


 ポツリと呟くルスカの背中は何処か寂しそうでもあった。

目を細めて彼女は、魔王アドメラルクとの思いに耽る。

それは、遥か昔の思い出。まだ、ルスカが魔王と呼ばれていた時代の思い出。



◇◇◇



 およそ三〇〇年前──


 ドラクマにある魔王が住む城のテラスの手すりの側に座り、隙間から足を放りぷらぷらと揺らす幼き少女が、退屈そうに口を尖らし不満を露にしていた。


「暇じゃのぉ。最近じゃ、勇者すら来ぬではないか」

「魔王様」


 幼き少女が振り返ると、ふわりと柔らかい藍白あいじろの髪が揺れ緋色の瞳を、自分を呼んだ者に向ける。

その緋色の瞳には、くっきりと魔王紋が刻まれていた。


「なんじゃ、お主か。出ていったのではなかったのか?」

「ご冗談を。私が出ていけば誰が魔王様のお世話をするのです」


 直立して頭を下げたまま顔を見せずに、黒い燕尾服のような格好の男性の言葉を聞いて、少女はコメカミに青筋が浮かぶ。


「貴様! ワシに殺されたいのか!」

「魔王様がお望みとあらば」


 微塵の動揺も見せない男性に腹を立てて、手元にあった白樺の杖を拾いあげると、のしのしと大股で歩き男性の横を、自分の背丈より長い自分の髪色と同じ藍白のマントを引きずりながら通り過ぎていく。

威厳などなく、見た目幼いこの少女こそ、かつての魔王ルスカ・シャウザードであった。


 怒りのあまり、がに股で城内の廊下を突き進むルスカの後を、燕尾服のような服を着た男性がついていく。

褐色の肌をしており、魔族が持つ牙や角などない、人間と変わらない姿の男性。

背丈は人間に比べて高く、おっとりとした雰囲気がある。


「全く、アムルよ。お主は融通が本当に効かぬのぉ」


 重厚な金色の扉が兵士によって開かれて大きな広間に入ると、赤い絨毯が一面に敷き詰められており、一番奥に鎮座する玉座に腰を降ろしたルスカは、肘掛けに肘をついて、顎を乗せる。

玉座はルスカには大きすぎて、隣にもう一人位、ルスカが座れそうであった。


「ご冗談を。私ほど融通の効く部下はおりませんよ」

「だったら……だったら、ワシと夫婦めおとになってくれても良いではないか!」


 ルスカはそう言うと、玉座に寝転び手足をバタつかせて駄々を捏ねる。


「ははは、ご冗談を。魔王様は魔王様。横に並び立つ者などおりません。人間に感化され過ぎです。大体夫婦の意味をわかってないでしょう」

「わかっておるのじゃ! 夫婦ってのは、甘々で、ふわふわで、ポワポワな空気に包まれるのじゃ! この間、見に行ったのじゃ!」


 アムルは、肺の中の空気を全て出してしまうかの如く、一つだけ大きなタメ息を吐く。


「やっぱり、わかってないじゃないですか……夫婦ってのは、いずれ子孫を残す為につがいになることです。魔王様、子を成せないのでしょう。この間言っていたではありませんか?」

「うぐっ……ま、まぁそうなのじゃが。でもでも、ワシが見たのは、何かこうくっついたり、甘い雰囲気が漂ってたり楽しそうだったのじゃ!」


 アムルは、口元に手を当てて考える素振りを見せる。


「ふむ。それは、恐らく新婚でしょうね」

「しん……なんじゃ、それは?」

「番になったばかりと言うことですよ。いいですか、魔王様。そんな雰囲気など、あと半月もすれば無くなります。楽しい時期などすぐに過ぎてしまいます」

「そ、そうなのか……?」


 ルスカは、それを聞いて飽きたのか、本でも読んでこようと自室へ戻っていく。


「チョロいですね……魔王様」


 アムルは、主の居なくなった広間で一人ほくそ笑むのであった。



◇◇◇



「魔王様、これで何回目ですか?」


 手にシーツを抱えたアムルに叱られ、下に俯くルスカは、か細い声で「二千百三十五回……」と答える。


「桁が一つ足りないようですが?」


 アムルの眉が吊り上がると、ルスカはビクッと体を震わせる。アムルの持つシーツには、地図のようなシミがくっきりと残っていた。


 一万二千百三十五回。アムルがルスカに仕えてから、およそ四十年。ほぼ毎日、シーツを洗っていた。

言わずもがな、それはイコール、ルスカがおねしょをした回数でもあった。


「だから、あれほど毎晩トイレに行かなくていいのか聞いたのですが……全く」


 ルスカとて、したくてしたわけではない。毎夜、寝る前は「今日こそイケる!」と、根拠の無い確信を持って床に着く。

結果は、見事惨敗続きであった。


「はぁ。シーツ洗って来ます」


 膝下まである水色のワンピースのパジャマのまま、裾を掴み反省している様子のルスカを他所に、アムルは、シーツを洗いに向かおうと扉を開くと一人の兵士が直立不動で立っていた。


「どうかしましたか?」

「はっ! その、城の門前に勇者を名乗る者が……」

「な、なんじゃと?」


 ルスカは、それを聞くなり急ぎ玉座に座る。


「よし、通せ!」

「えっ? えーっと……」


 まさかの歓迎ムードの様子に兵士は困惑して、アムルに視線送り助けを求める。


「どうぞ、連れてきてください」

「は……はっ!」


 一礼して兵士は駆け足で退室していくと、ルスカは、今か今かと待ちわびる。

そんなルスカをジッと見るアムル。


「なんじゃ? アムル」

「……いいえ、何もないですよ。魔王様」


 しばらく待っていると、扉の向こうから先ほどの兵士の声が聞こえる。


「お連れしました!」

「うむ、入れるのじゃ」


 重厚な金色な扉が開かれると、そこには自分の背丈以上の大剣を携えた少年が立っていた。

大きな広間に怖じ気づいたのか、辺りを見回しながら落ち着きなく入ってくる。

ルスカは、勇者が来たと聞いたのが、単に聞き間違いだったのかを確かめるように、アムルに視線を移す。


「勇者どの。こちらが魔王様です」


 少年は、アムルにビビりながら、やっとルスカの方を見ると、自分と年端の変わらない、いや、自分より明らかに幼い少女が玉座の上に立ち腰に手をあてていた。


「ま、魔王? こんな子供が?」

「子供は、お主ではないか! 大体勇者が来ると聞いておったのに、なんじゃのの、チンチクリンは?」

「チンチクリンは、君もじゃないか! 大体背は僕の方が高いぞ!」


 お互いに顔を真っ赤にして怒り、睨み合うと、続けて少年がルスカに突っ込みを入れる。


「大体、何でパジャマ姿なんだよ! 魔王って、もっとこう、なんか、あるだろ?」


 指摘されようやく自分が、パジャマのままだったことに気づいたルスカは、思わず黙りこむ。おねしょした後だと、とても言える状況ではなかった。

魔王としての威厳というものがあるのだ。


「魔王様は、おねしょ後の着替える最中でしたから」


 アムルがあっさりとバラしてしまい、ルスカは何も言えずにパクパクと魚のように口を動かすのみ。


「おねしょ? ほら、みろ! 僕はとっくに卒業したぞ!」


 したり顔の少年は、ルスカを指差し胸を張る。


「う、う、うるさい! 今日は、そう今日は偶々じゃ!」

「魔王様、嘘はいけません」

「アムル! お前はどっちの味方なのじゃ!」


 ルスカの嘘もアムルによって早々にバラされて、玉座の上で転がりながら駄々っ子のように手足をバタバタと動かすルスカの目には、涙が浮かんでいた。


「ええーい! もう、いいのじゃ! 貴様、早く名を名乗れ! それが礼儀なのじゃ!」


 半泣き状態のルスカは逆ギレして、少年を怒鳴りつける。


「だったら、魔王様も名乗らないと」

「ええーい! さっきからアムルは、どっちの味方なのじゃ! ワシ、そろそろ本当に泣くのじゃ!」


 アムルのツッコミにルスカは、既にボロボロと涙が溢れていた。それを見た少年は、なんだか可哀想になり自分から名乗るつもりで、自慢の大剣の柄に手をかける。


 その時──少年は、全身の鳥肌が立つ。


 アムルの鋭い眼光が、剣を抜くなと言っていた。少年はゆっくりと柄から手を放すと、アムルの目付きは元の穏やかな目付きに戻る。

改めて、少年は名乗ろうと決めて、まだ震えが止まらない足を一歩前へと出す。


「ぼ、僕は……僕は、勇者アドメラルクだ!」

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