第十八話 元勇者、本物の勇者になる

「アカツキ、リンドウじゃ! リンドウの街へ向かうのじゃ!」


 皮肉にも自分等の家があるリンドウが、アスモデスを迎え撃つのに最適解だと導きだしたルスカは、リンドウへと向かうべく、立っていた椅子の上から飛び降りる。


「待って!」


 そう叫んだのは、チェルシー。チェルシーは、床の汚れなど気にすることなく、ルスカにしがみついて訴える。


「お願い、ルスカちゃん! ロックを……ロックを助けてあげて!」


 アスモデスがこのまま南下すると、ロックのいるドゥワフ国へと侵入してくるのは間違いなく、かつての仲間であり、幼なじみであったチェルシーは、ロックの身を案じていた。


「落ち着くのじゃ。たとえ今から向かったとしても間に合わぬし、そもそも、あのじゃ。幸いにもドゥワフ国の背後は山脈が連なっておる。避難して上手く隠れているはずじゃ」

「そうだとは思うのだけど……」


 チェルシーは自分の服の胸元をギュッと握りしめて、不安を隠せない。

今までのロックならば、いの一番に逃げ出してる。

しかし、今のロックなら……。

チェルシーは嫌な予感が収まることはなかった。



◇◇◇



 チェルシーの嫌な予感は的中する。ドゥワフ国へと辿り着いたロック達は、すぐに未曾有の危機が迫っていることを知らせるのだが、ドワーフ特有の職人としての頑固さが、ここに来て表れる。


 ロックは必死に説得するが、巨人なんてそんなバカなと取り合わない。

避難してきた同族のドワーフの言葉も、他国へ移住などするから妄想に取りつかれるのだと、一蹴する有り様であった。


 小さな国ではあるが、そこは国と呼ぶだけあり、村や街は点在しており、距離もそこそこ離れている。


 幸いと言うべきか、ロックの姉が嫁いだ先のドワーフは、話をちゃんと聞いてくれ、早々に避難を始めてくれた。

しかし、他のドワーフは、それを見て意気地がないと馬鹿にする。


 そして、遂にレイン帝国との境にある森にアスモデスが侵入してきたのを、帝国に一番近い村が目撃をする。

その事は、ドゥワフ国内全土に遅まきながら知れ渡った。


 ロックが言っていたことは事実──漸く固い頭を解きほぐしたドワーフ達は、避難を始める。


「急げ! 南の山の奥へ逃げろ! 大回りしてグルメール王国に向かうんだ!」


 ロックは声が枯れるほど大きな声を出し続けて、避難を呼び掛ける。


「ロックさん!」

「ルビアちゃん!? どうして、まだここに!? 避難したんじゃ……」


 帝国から避難してきた者達は、ロックがいち早く南の山へと更に避難させていたはずであった為、ルビアがここに残っているとは思ってもいなかった。


「ロックさんも、早く逃げましょう!」

「ルビアちゃん……」


 ルビアが、ロックの手を掴み引っ張るが、その手はスルリと抜けてしまう。


「ロックさん?」


 ロックの目を見たルビアは、顔が青白く変わる。その目は決意をした男の目であった。


「ルビアちゃん、このままじゃ間に合わないのはわかるだろ。誰かが少しでも時間を稼がなくては」

「そんな!? そんなの、別にロックさんじゃなくても!」


 ルビアの肩に手を乗せてロックは首を横に振る。


「俺は……俺は、勇者だから」

「知ってます! でも、ロックさんは、祭り上げられただけでしょ? 本物の勇者じゃ……!」

「そうだ。俺は、勇者ではないし、勇者としての力もない。俺は後悔していた。祭り上げられ、浮かれて、幼なじみの二人を巻き込んで……だけど、初めて守りたいものが出来たんだ、ルビアちゃん。それは、君だ。君が居てくれたから、俺は今、本物の勇者になる!」


 ロックは、帝国から一緒に避難してきて残ってくれていたドワーフ二人に、ルビアの両脇を抱えさせて避難させる。


「ロックさぁぁん‼️」


 ルビアのロックを呼ぶ声は、姿を見送った後も聞こえていた。


「あ、しまった。ルビアちゃんに“好きだ”って伝えてなかった……最後まで格好つかねぇな、俺は」


 耳にルビアの声の余韻が残るロックは、頭を掻きながら自分の情けなさに嫌になり思わずフッと笑みを溢すとルビアのいた方向に背を向ける。


「誰か! 誰か、剣をくれ!」

「ほほほ……ワシが打った奴で良ければくれてやるわ」


 年老いたドワーフから一振りの剣を受け取ると、鞘から抜いて驚く。

武骨で飾りなど全く付いていない剣ではあるが、その抜き身から放たれる青白い光が、かなりの逸品であると確信させるほどであった。

以前、ロックが勇者に任命された時に渡された剣も立派なものではあったが、この剣はそれすらも霞むほどの力強さを感じた。


「はは……すげぇ。まさか、ここに来てこんな剣に出会えるとは」

「ほほほ……お気に召してくれたようで、何よりですわ、勇者どの」

「勇者……か」

「ロック殿!」


 不意に背後から声をかけられ振り向くと、そこにはかなりの人数のドワーフ達が。


「我らも一緒に食い止めるぞ! なぁに、女子供は避難させたし、若い者はこれからのドワーフを担う為、ここに居るのは年寄りばかりだがな がっはっは!」


 確かに白髪混じりのドワーフが多いが、自分に比べて肩幅が広く太い腕にロックは頼もしく思う。

ロックが自分の剣を天に掲げると、日の光に反射してキラリと剣先が輝く。

ドワーフ達を鼓舞する為、自らを奮い起たせる為、ロックは叫ぶ。


「勇者ロック! ここにあり‼️ 絶対生き残るぞ!」──と。


 空にマンとチェスターの顔、そしてルビアの屈託のない笑顔を思い浮かべるとロックは先頭に立ちドワーフ達と共に、ドゥワフ国へ侵入してきたアスモデスへと、立ち向かっていくのであった──。



◇◇◇



 山の中腹まで半ば無理矢理連れて来られたルビアは、目の前に広がる景色に絶望する。

ルビアが見た景色は、既にドゥワフ国の半ばまでやって来て暴れるアスモデスの姿。

ロックと別れた街は、既に存在していなかった。


 誰にも気づかれなかったロックの功績。アスモデスは森に入ると、足に絡み付く木々を鬱陶しく感じており、木々を薙ぎ倒して森を進んでいた。

その為に、アスモデスの進む速度は落ちていたのだが、誰しもそれに気づいておらず、森を抜けると速度は上がることを計算に入れている者は、誰も居なかった。

ロックが足止めしなければ一部のドワーフは避難に間に合わなかったのだ。


「ロックさぁぁぁぁぁっん‼️」


 ルビアの叫びが山に囲まれたドゥワフ国全土に木霊する。


 二度と届くことのない相手を想って──。

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