第十七話 大国の一つ、ローレライから消える

 帝国のギルド軍は全滅の憂き目に合い、再びヨミー一人でアスモデスと立ち向かうことになってしまう。

しかし、ヨミーの身体は先程迄と違って十全ではない。

足の関節部が磨耗して空回りを起こしていた。


 そんなヨミーを嘲笑うかのように、ゆっくりと歩みを進めるアスモデス。目の前にまで来られてヨミーは渾身のパンチを腹に命中させるが、足の踏ん張りが無く手打ちになってしまい、アスモデスをびくとも動かせない。


 文字通り只の人形と化してしまったヨミーに対して、容赦ないアスモデスの拳がヨミーへと命中すると、耐えることなく地面を転がっていく。

立てないヨミーに追い討ちをかけるべく近づき、踏みつけてくる。

身体自体は頑丈な為に、すぐに潰れることはなかったが、それも最早時間の問題であった。


 ミシミシと音を立てながら、地面へとめり込んでいくヨミー。腕の力だけではアスモデスの体を持ち上げることが出来ない。


 そして──ビキンッ! と、音が鳴りヨミーを踏みつけていたアスモデスの足の裏が地面に着いた。


「ル、ルスカ……サ……マ……」


 アスモデスが前進を始めると、その後方には腰から二つに折れて動かなくなったヨミーが地面にめり込んでいた。



◇◇◇



「再び、前進を始めました!」


 アスモデスが再び帝都に向けて歩き出したのを確認した兵士が皇帝へ知らせに来る。

アスモデスが動くということは、ヨミーが敗れたということ。


「わかった。さぁ、行くぞ! ルーカス‼️」

「はっ」


 黄金の装飾が施された鎧に身を包んだ皇帝は、ルーカスを従えて部屋を出ようとすると、扉横に待機していたメイラが近づき、二人に向けて、その切れ長の目を細めて微笑む。

香水なのか甘い香りが二人の鼻孔をくすぐる。


「いってらっしゃいませ、陛下、ルーカス様」


 妖艶と言うべきか、所作の一つ一つが、どこかなまめかしい。

二人も男である。

思わず鼻の下が伸びるのも仕方の無いことであった。


「ルーカス。鼻の下が伸びておるぞ」

「そういう陛下こそ」


 二人は声を出して笑い、そして拳を合わせると並んで部屋を出ていく。

それは、これから死地に向かうとは見えないほど、精悍で逞しい男の背中であった。



◇◇◇



 からとなった帝都の城下町は、それはそれは静かなものである。

たくさんの人で賑わっていた色街も、人っ子一人見当たらない。


 移住や工事の人手にかり出されていたドワーフ達を中心に取り纏め南下して森を進むロック。


 同じくグランツ王国から工事の人手として、かり出されていた人達や帝都に住んでいた老若男女の住民を中心に、完成途中の街道を突き進むヴァレッタとレベッカ。


 二組の避難は、ヨミー、そして皇帝やルーカス達の犠牲により十分なほどの距離を稼ぐことが出来、目的地に着くことが可能であった。


 アスモデスは、皇帝達を蹴散らした後、帝都のすぐ側にまで接近する。

城に一人残るメイラは、玉座のある部屋の中心で、街を破壊しながら近づいてくる大きな足音を聞くも、眉一つ動かすことなく扉を見つめて立っていた。


 この日──ローレライという世界から帝都レインハルト、レイン帝国は消えることとなった。



◇◇◇



 ヴァレッタとレベッカの二人は、グランツリーに着き城に招かれる。アカツキの顔を見たヴァレッタは、今まで溜め込んできたものを吐き出して、アカツキの胸に飛び込み泣き続けた。


 レベッカも最初はヴァレッタを支えつつも、アドメラルクの死を知るや否やその場に座り込み泣き出す。


「ルスカちゃん……ヨミーさん、残念ね」

「ヤヨイー? ヨミーはパペットじゃ。全てが終われば回収して直せばよいのじゃ。まぁ、あの奇っ怪な口調になるとは思わぬがな……」


 気落ちしていると思い声をかけた弥生であったが、当のルスカ本人は、意外とあっけらかんとしている。それはパペットという人形だから、それとも役目を全うしたヨミーに対して誇らしく思っていたからなのか。

ルスカの心中は誰にもわからない。


 心配なのはアカツキ。ヴァレッタが無事にグランツリーへと着いたのは喜ばしいが、メイラやルーカスと友人と恩人の二人を失ったのだ。

しかしながら、アカツキは自分の両頬を叩いて奮起する。

落ち込んでばかりもいられない。

何としてもアスモデスを止めなくてはならないのだ。


 そしてヴァレッタが到着したのと、ほぼ時を同じくして一報が入る。

それは、アスモデスがグランツ王国には向かわずに南下しているという知らせであった。


「お嬢様、お疲れでしょう? 部屋で休まれては?」

「ごめんなさい、アカツキ……。わたくしばかり甘えてしまって。大丈夫。私は大丈夫ですわ。お父様やメイラを誇りに思いますし、再会したとき笑われたくないもの」

「お嬢様……」


 涙を拭きアカツキから離れ、弥生と目が合う。ヴァレッタは一礼してから、レベッカを抱き起こすと部屋で休ませる為に付き添いで、この場を退席するのであった。


 いまだに、グルメールから第二陣は到着しておらず、ドラクマにまだ馬渕がいると思っていたアカツキ達は、今後の予定を話し合う。

問題は、アスモデスである。まず、やはり当然と言えば当然だが、放っておく訳にも行かない。


「南下したと言うことは、進路は二つじゃ。砂漠経由でこちらかグルメールへ向かうか、それともドワーフのいるドゥワフ国に向かうかじゃ。次の報告でワシらも動くのじゃ! 例のはどうなっているのじゃ?」


 一同は一斉にタツロウの方を見ると「問題あらへん」と、胸を張る。


 再び地図を広げてアスモデスの今後の動きを予想しながら、指でなぞっていく。

帝都レインハルトの南にある森がアスモデスの現在地。その森に流れる川を遡ると、アドメラルクや馬渕と邂逅した帝国の別荘へと向かう。

その先にはドラクマへ続くゲートがあると、以前アドメラルクは言っていた。


 わざわざ、再びドラクマに戻ることはないだろう。更に森を南下すると、山間にを背にドゥワフ国の村々が点在している。


「ザンバラ砂漠を渡ってこっちへ向かってくることも可能じゃ」


 森の中から西に向かうと、ザンバラ砂漠へと入り、北にはグランツリーが、南にはグルメール王国の入口リンドウの街へと出れる。


 ああでもないこうでもないと、周囲のやり取りを黙って聞いていたアカツキは、一人何か腑に落ちない顔をしていた。

何となくアスモデスは砂漠を渡らないのでは、と考えたのだが、説明しようにも上手く出来ずにいた。


 イミル女王の気配りか各自にお茶が配られる。ポットに葉を入れてお湯を注ぐアカツキ。最初は浮いた茶葉が自然と沈んでいく。


「そうか! ルスカ、あれは砂漠を渡って来れませんよ!」


 アカツキの言葉に皆が耳を傾け、注視する。アカツキは茶葉をテーブルの上にばら蒔き集めて山を作ると、その頂上に指を挿していく。


「そうか。重さか! 確かにあり得るのじゃ!」


 ルスカはアカツキ復活寸前に、砂漠で神獣エイルに遭遇した時を思い出す。

あのとき、エイルは砂漠を泳いでグランツリーへと来ていた。

それは、遊んでいた訳ではなく、エイルの巨体だと重くて砂地に埋まってしまうから。


「そうなると……」


 ルスカは地図に指を当てると、進路を予想してなぞっていく。それは、アスモデスは南下した後、ドゥワフ国へと渡り、更にはドゥワフ国とグルメール王国の境にある山を抜けてリンドウの街へと向かう経路しかなかった。

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