ルスカside 幼女、元魔王との出会い その弐

 勇者を名乗る少年アドメラルクは、ルスカが少しでも動揺を見せると思っていたのだが、全く眉一つ動かさない。


 端から勇者と名乗っていたし、ルスカなとって勇者など只の肩書きに過ぎない。


「アドメラルクか……ワシはルスカじゃ。魔王ルスカ・シャウザード」


 お互いに名乗り終えると、長い沈黙が流れる。ルスカはどうしようかと悩み、アドメラルクは剣を握れば、またアムルに威圧されそうで何も出来ずにいた。


「魔王様。この少年……」

「わかっておる。おい、アドメラルク」


 再び玉座に腰を降ろし脚を組み肘を立て顎を乗せたルスカの呼び掛けに、アドメラルクは睨み返すので精一杯であった。

だが、それすらもルスカには、通じるどころか、相手にされていない。


「お主、このまま帰る気はないか? お主ではワシの遊び相手にもならんのじゃ」

「馬鹿にするな! お前を倒して僕は、僕は皆に認められたいんだ!」


 玉座から見下ろしてくるルスカに向かい、アドメラルクは必死の剣幕で怒鳴りつける。ならばと、ルスカは意外な提案をしてきた。


「だったら、帰ってワシを封印したとでも言えばよい。そうじゃな……お主が亡くなる迄の百年ほどローレライには何もせぬ。それで良いじゃろ?」


 地位、富、名声、今まで勇者を者を、そう言って送り返してきた。

勿論、本物は話が別であるが、ルスカには、そしてアムルにでさえ、少年が偽物であると気づいていた。


「魔王様。それは難しいかと……恐らく嘘だと言われるのがオチと思われます。アドメラルクさん、貴方、魔族と人間の混血ですね?」

「やはりの。アムル、お主と同じと言うわけか……」

「えっ!?」


 匂いというか、直感みたいなものもあり二人にはアドメラルクが混血児であると気づいていたが、何よりもこれほど幼い少年が一人で、ドラクマに来たこと自体が普通ではなかった。

ローレライとドラクマを繋ぐゲートは、多数あるがどれも、険しい山や森を越えたり、川や谷を越えなければ辿り着けない。

アムルがアドメラルクに近づくと、正体を現せと目で訴える。


 アドメラルクは、背中に背負った大剣を床に降ろすと背中から二つの大翼を出現させた。


「貴方は、皆に認められたいと言いましたが、貴方に魔族の血が混ざっている限り、人間は貴方を認めませんよ。今まで酷い迫害を受けて思わなかったのですか?」


 アムルの言葉には経験者ならではの説得力があった。彼もまた混血としての苦労をしてきたのだろう。


「わかってる……だけど、だけど! 僕には勇者としての資質があるって言ってくれたんだ! だから……!」

「それは嘘ですよ。勇者は資質など関係ないのですよ。追い出す為の呈のいい嘘ですよ」


 アドメラルクはショックを受ける。今の今まで「お前には勇者としての資質がある」と、その言葉を胸に、未来に展望を見出だしてきた。

それをアムルは、真っ向から否定してきたのである。

本来なら敵からの言葉。

しかし最もを知る者でもある。とても上部だけの言葉とは流せなかった。


「ふむ、そうじゃな。戻ったところで民に英雄に祭り上げられ反抗されるのを嫌った権力者に早々に殺されるの」

「僕は……僕は……いったい……」


 アドメラルクの目からどんどんと力なく心が沈んでいくのが見て取れる。

別にアドメラルクを追い込むつもりは、ルスカにはなくアドメラルクを見る目は、その出生と置かれた状況に憐む。


「人間が憎く無いのですか? ご両親も迫害を受けたのでは?」

「両親は……もう、いない……」


 アムルもルスカと同じ気持ちであった。アドメラルクと余りにも境遇が似ていたから。


 しかし、ここでまた、ルスカが意外過ぎる提案を出す。それは──


「ふむ。アドメラルクよ。お主、魔王やってみぬか?」

「魔王様!」


 アドメラルクよりも早く反応したのは、アムルであった。ルスカが退屈していたのは知っていたが、まさか魔王を辞めるなどと言い出すとは思いもよらなかったのだ。


「そう喚くなアムル。ワシもずっとここに居るのに飽きてきたところじゃ。ほれ、アドメラルクよ、目を瞑るのじゃ」


 カラカラと渇いた笑いを見せて、ルスカはアドメラルクの近くに寄って行く。

瞑ったアドメラルクの目の上から手で更におおってやると、ルスカの魔王紋が輝き出す。


「うわぁあああああああぁぁぁぁっ!」

「大丈夫……なのですか?」


 両目を抑え込み真っ赤な絨毯の上を転がるアドメラルクを心配そうに見つめるアムル。

対してルスカは平然としていた。


「問題ないのじゃ。ワシの内なる力を少し分けたのじゃ。目覚めたら……お、お、お、なんじゃアムル?」


 「問題ない」と聞いた途端にアムルはルスカの脇を急に抱えると、そのままスタスタと玉座のある間を出ていこうとする。


「そうですか。それなら貴方には此処から出て行ってもらいましょうか。ここは、の居城ですから」

「ちょ、ちょっと待つのじゃ! アムル! 大体、ワシ、パジャマのまま……ぐぇっ!」


 城の門前まで運ばれたルスカは、アムルに容易く外に放り出されて、地面を二、三度転がる。

顔を打ち付け鼻の頭が赤くなったルスカは、突然のことで頭がパニックになり、目を丸くしていた。


「これは餞別です。ではでは、元魔王様、お元気で。おい、衛兵! 新たな魔王様が誕生なされた。もう、この娘は魔王でも何でもない、城に入れるなよ」

「待て、待つのじゃアムル! ぐぐぐ……いいのじゃ、いいのじゃ! 精々するのじゃ! そして覚えておれ、ローレライ満喫したら、戻って来てボコボコにするのじゃ!」


 餞別として与えられたのは、ルスカが普段使う白樺の杖と、衛兵が身に付けていたローブ一枚。

城の中に戻るアムルの背中に向けて啖呵を切ったルスカは、顔を真っ赤にさせて城を後にした。



◇◇◇



 それから十数年──。


 ルスカは、勇者パーティーに誘われて賢者として、再び城へと戻って来てアドメラルクと対峙することに。

しかし、アドメラルクの傍らにアムルの姿は、なかった……。


「アドメラルク……いや、アムルよ。お主、ワシを馬鹿にし過ぎじゃ……気づいていないとでも思ったか」


 初めて勇者パーティーとして対峙したアドメラルクには、背中にあったはずの大翼が無く、自慢の大剣ではなく普通の長剣を使用していた。

姿は、恐らく魔法を使ったのであろう。


「乗っ取ったか……早世したか……」


 事実はルスカにもわからない。ただ、アムルの性格からして前者は考えにくいとルスカは思う。

ルスカを探したり、手を組もうと言ってきたり、それはまるで「もう、満喫したでしょう。戻ってきませんか?」と言っているようにも思えた。


「どうじゃ、アムルよ! 死を乗り越えたアカツキは! ワシは、ワシはホワホワで、甘々な相手を見つけたのじゃ! じゃから、じゃから……ワシのことは心……配……せず、安ら……かにな……」


 ルスカの足元の滴の跡は、しばらく消える事はなかった。

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