第十四話 魔王だったもの、ローレライへ
「凄まじい再生力ですね、マブチ様」
「あぁ、俺も此処までとはな。流石は張りぼてとは言え、元魔王だ」
ゆっくりと馬渕を抱えたまま降下していくリリスは、クレーター内で蠢き集まり元の姿に戻ろうとする生命力に感嘆する。
少し時間はかかりそうだが、邪魔をするものはもういない。
マブチの目的が達成出来そうで、思わずリリスも微笑む。
「しかし、マブチ様。これを一体どうやってローレライへ?」
「なーに、ちょっと刺激してやればついてくるさ。何せ、コイツにはもう目的が無くなっているのだからな」
馬渕は、今まで以上に嬉しそうに醜悪な笑みを浮かべるのであった。
◇◇◇
逃げ出して遠くの山の麓から姿の変わった城下町を見て嘆くもの、化け物が再生しているところから、アドメラルクが亡くなったのを知り嘆くもの。
しかし、誰一人として立ち向かおうとはしない。
ただ一人、アドメラルクと馬渕の捜索に付き合った魔族が走り出していた。
向かうは、人の住むローレライ、ルスカがいるであろうグランツリーへ。
◇◇◇
一時間ほどかかったが、アスモデスは、ほぼ再生し終える。
待ちかねた馬渕はリリスに抱えられながら、アスモデスへと向けて魔法を放ち意識を自分へと向けさせる。
「よし、このまま誘導するぞ、リリス」
「はい、マブチ様」
馬渕は時折魔法を当てて、アスモデスに自分を追いかけさせながら、ローレライへ出るゲートへと誘導していった。
うって変わって、ローレライ。シャウザードの森の北にある、戦場にもなったグランツ王国とレイン帝国の国境の両砦は、改修工事が終わって、その砦の向きを更に北へと向けていた。
それは、魔族が通ってくるゲートの方向。
その砦には二つの軍が仲良く常駐していた。
レイン帝国からは、新たに若い男性が将校として任命されて常駐していたが、グランツ王国からはイミル女王の側近でもあるゲイルが、工事の指揮を取った後、そのまま後任を待ちながら常駐していた。
「ふわぁ~。ゲイルさん暇っすね」
「感心しないな、欠伸とは。何時でも、緊張感は持つものだ」
「はぁ、そういうもんっすか」
気の抜けたレイン帝国の将校に対して、ゲイルは砦の上に立ちずっとゲートのある方向を見続けていた。
見張りを交代しますと、王国側の兵士が言いに来ても、まだ大丈夫だからと一蹴するくらいに。
気の抜けた若い将校は、そんなゲイルを見て真面目だなぁと思いつつも隣で、ゲイルと同じ時間滞在していた。
若く任命されたばかりの自分だが、目指す理想的な将としての姿を他国のゲイルから見つけたのだ。
気の抜けた口調は、生来のものであった。
流石に休憩を、と両国の兵士が懇願してきた為に二人は夕食を取るべく、砦を降りて行く。
基本的には男性ばかりの軍、話題に挙がるのは、大抵女性の話か食事の話か家族の話くらい。
「へー、イミル女王様って、そんなにお綺麗なんすか?」
「まぁな」
たぶんに漏れず、お堅そうなゲイルも女性の話をするが、出るのはいつもイミル女王の話ばかり。
幾度となく同じような話を聞いたが、顔を赤くしながら話すゲイルに、若い将校は、自分に気を許してくれているようで嬉しかった。
「じゃあ、いずれ結婚するんっすか?」
「んなっ!? ば、馬鹿なことを言うな! 相手は女王様だぞ」
顔を益々赤く染めてゲイルは、怒鳴り散らす。しかし、普段真面目なゲイルが感情を露にしているのが面白く、誰も止めようとはしなかった。
「だ、大体、俺には兄のアデルがいる。順番的にも、性格的にも無骨な俺よりお似合いだ」
「そういうもんっすか」
答えに納得してなさそうな若い将校の表情に、ゲイルはフンッと横を向いてしまった。
二人の会話を面白おかしく聞いていた周囲の兵士達が、クスクスと笑えるほどの余裕があるのは平和な証拠でもあった──この時までは。
「大変です‼️」
交代したはずの見張りの兵士が顔を真っ青に変えて、ゲイル達のいる食堂へ飛び込んでくる。
あまりの血相にざわつき始めた兵士を、落ち着けと宥めながら、ゲイルは何があったのか、話を聞く。
しかし、見張りの兵士は、とにかく来て欲しいとの一点張りにゲイルと若い将校は呆れながら砦の上へと上がって行った。
二人は、砦の上へと上がってすぐに顔色を変える。未だ遠くに在りながらもハッキリとわかるほど巨大な人影。
ただ事ではないが、ゲイルは慌てるなと、兵士を落ち着かせようとする。
しかし、言葉はすぐに撤回することに。
「逃げろ‼️ 砦から離れて身を低くしろ‼️」
こちらに向かって赤い光が飛んでくるのを見たゲイルは、若い将校に砦の上から飛び降りるように伝える。
一瞬の躊躇いも許されない。
ゲイルは、若い将校を背中を押して砦から突き落とし、ゲイル自身も飛び降りた。
ゲイルは着地の足の痛みを堪えて、砦から離れるが若い将校の方は足を挫いたのか、その場から動こうとしない。
「早く! 早くこっちに来い!」
ゲイルの呼び掛けに若い将校も足を引きずりながら進むが、赤い光は砦の側まで来ていた。
「頭を守れ! 身を低くしろぉ!」
そう、ゲイルが叫んだ瞬間、赤い光は砦にぶつかると爆発を起こして粉々になる。
爆風も凄く、ゲイル自身も頭を手で押さえながらも、かなりの距離の地面を転がって行く。
爆風が止み、ゲイルが目を開けて見たものは、阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
負傷程度なら、まだいい方で、砦の瓦礫にぶつかり顔が潰れた者、体の半分が吹き飛び無くなった者、土や瓦礫に埋もれて呻き声を上げている者は多数であった。
「あ、アイツは?」
ゲイルは辺りを見回すが、あの若い将校がいない。ゲイル自身も体のあちこちから出血していたが、そんな身体を押して探し続ける。
「くっ……! な、なんてことだ」
瓦礫が後頭部を殴打したのか、頭の半分が潰れたあの若い将校を見つけて、ゲイルは拳を握り悔しがる。
しかし、ゲイルに止まっている時間はない。
砦のあった場所は、大きく抉れて、崖の部分が丁度坂道のようになり登りやすくなっていた。
魔物の類と思っているゲイルは、人と武器をかき集めさせて迎え撃つと決断する。最早、王国も帝国もなく混合軍としてゲイルは、その先頭に立ち指揮を取ることに。
すぐさま、グランツ王国とレイン帝国に向けて、各々一番若い兵士をこの異変を知らせる使者とした。
ゲイルを先頭に負傷した兵士も含めて、武器を持ち集結すると隊列を作る。
誰もが逃げ出したい気持ちを必死に抑え込んで、勇気を振り絞る。
みんなが、理解していた──ここで、押さえなければ家族が、恋人が、親友が危険な目に合うことを。
みんなが、理解していた──自分等では、この化け物を押さえつけることなど、出来ないことを。
手が、足が震える。一歩踏み出すだけでも、心がガリガリと削られていく。
「来るぞ! いいか、ここで、ここで止めるのだ! たとえ、最後の一人となったとしても‼️」
「「おおーーっ‼️」」
「「うおぉぉぉぉっ‼️」」
ゲイルが兵士を鼓舞する。そして、ゲイル本人も覚悟を決めた。
「兄よ。女王様を頼むぞ……! かかれぇーっ‼️」
坂道になった崖を何度か滑り落ちながらもその顔を崖から出すと、ゲイル率いる兵士達が一斉に襲いかかっていった。
◇◇◇
レイン帝国のルーカスの元に知らせが届く。ルーカスは、これを帝国始まって以来の未曾有の危機として、皇帝はもちろんのこと、主だった者を集める。
そこには、娘のヴァレッタや皇帝の娘レベッカ、盲目の女性メイラ、話を聞いて帝都へ戻ってきた元勇者のロックなど様々な人物が。
「ヨミー殿はどこだ? ヨミー殿にも協力してもらおうと思ったのだが」
「ヨミーってパペットなら、俺が戻って来るときに止めてくるって言って、別れたぞ」
同じ土木工事に従事していたロックとヨミー。話を聞いて工事を中断して帝都に戻る途中、森の木々より頭一つ抜きん出ている巨人を見たヨミーは、道中ロック達と別れていた。
◇◇◇
時を同じくしてグランツ王国にも知らせが届く。そして、ルスカとアカツキも幸いにグランツ王国で報告を聞くことになった。
グランツリーの城の一番上から森の方を見ると、遠目ではあるが巨人を確認でき、既にレイン帝国の半ばにまで来ていた。
それは、つまりゲイルは失敗したことを意味していた
すぐに改造魔族だと思い至ったアカツキ達が、対策を練ろうと女王の元に向かう。
そこに、ドラクマから来たという魔族が女王の元へと連れてこられる。
同席していたルスカとアカツキは、そこでアドメラルクの最後を伝えられたのだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます