第二話 幼女と青年、甘々な生活
「ちょっと待って、アカツキくん! 老衰はなく、ルスカちゃんと同じって、アカツキくんも歳を取らないってこと?」
「歳を取らないというより、老化しないってことで──」
「えーーっ! それは、困るぅー! それって、私だけお婆ちゃんになるってことだよね!?」
話を聞いていた弥生は頭を抱えて座り込む。今はともかく、いつかはアカツキと……そう思い描いていた弥生にとっては由々しき事態。
今はいい、十年後も、まぁ大丈夫だ。だが二十年、三十年となると自分はオバサンになるが、アカツキは今のまま。
そんな未来を想像しただけで気を失いそうになる。
「うう……なんか、やだぁ」と泣きべそをかきそうになる弥生。
「心配いらぬのじゃ、ヤヨイー。アカツキが若い娘に
「しませんて」
ルスカは弥生の背中に手を当てて慰めようと言ったのだが、アカツキにとっては何を勝手なことをとすぐに反論する。
「ガーーン。そ、そうかぁ……それは考えていなかったや」
慰めるどころか、アカツキと並んで歳を取るところしか想像していなかった弥生は追い撃ちを受けて更に落ち込むのだった。
◇◇◇
アカツキはそれから三日ほどベッドの上であった。既に体を起こせるし、アカツキ本人も体を動かしたくてウズウズしているのだが、ベッドの上で寝ているアカツキの上で居座るルスカによって、ほとんど動けずにいた。
トイレの時くらいはと思ったがルスカが離れてくれない。流石に弥生にそれは嗜められて渋々離れるルスカだが、やはりトイレの前にまでついて来る。
ルスカがついて来るのだから、当然弥生もついて来る。
「ここまでついて来られると、落ち着きません……」
用を足しながら、そんなことを呟くアカツキだが、ルスカにも弥生にもそれほど心配させてしまっていたのかと、強く言えずにいた。
二人のお陰でゆっくり休めたかというと、実はそうでもない。グランツリーの城の一角にあるアカツキ達のいる部屋は、イミル女王が弥生とルスカに用意したものでベッドは一つしかない。
アカツキ用にと、新たにもう一室設けようとしたイミル女王であったが、何故か周囲に、特にチェスターや流星に止められる。
そんなことは露知らず、アカツキはルスカ達の部屋にいるのだが、夜寝るときはアカツキの隣には弥生がおり、意識してしまい中々寝付けない。
アカツキの上にはルスカが寝ており、その重さで物理的に寝付けないでいた。
もう大丈夫だと説得し続けるも、承知しないルスカに一つ動きたい理由を話すとすんなり納得してくれて、ようやくアカツキの上から降りてくれた。
そして現在アカツキは城にある厨房の一角を借りて来ていた。もちろん隣には見張るようにいるルスカと弥生が。
「ものすごく久しぶりな気がしますね」
空間の裂け目に手を突っ込むと、取り出したのは砂糖の入った袋と苺。
フライパンに似た調理器具に砂糖と水を二対一の比率で火にかける。
ぷつぷつと小さな気泡が出来たら、串に刺した苺を絡めてくっつかないように、立てかけて冷ます。
次々と並ぶ苺にルスカは目を輝かせていく。
城の御抱えの調理人達も物珍しそうに眺めているのを見て、ルスカは全部自分のだと言わんばかりに威嚇し出す有り様だ。
次は鍋を二つ用意して、片方には砂糖を入れ、もう片方にはお湯を沸かす。
お湯を少し砂糖の方に入れて溶かすと、残ったお湯に入れるのはすり潰した苺。
よくかき混ぜてから苺入りのお湯を砂糖の方に加える。
煮詰まるまでかき混ぜて続けるのだが、ルスカがやりたいと言い出し背の高い台所であった為、椅子を用意してやる。
「ルスカちゃん、ヨダレ! ヨダレ入っちゃう‼️」
厨房内に甘く漂う苺の匂いに、ルスカの口は弛みっぱなしだ。
かき混ぜていくと水飴ほどの固さになり、火傷しない温度まで冷めているか確認した後、手で伸ばしながら小さく丸めていく。
こうして出来たリンゴ飴ならぬイチゴ飴とイチゴ味の飴玉。アカツキは飴玉を一つ掴みルスカの口に押し込むように入れてやる。
「ふぉおおおおっ! これじゃ、この味じゃ! ふわぁ……甘いのじゃ」
両頬に手を当て喜びを表すルスカを見て、周りにいた調理人達も一つねだる。
アカツキは快く手渡すと、調理人達も口に入れた途端に甘さで顔が緩む。
ルスカは幸せに包まれていて、その事に気づいていない。
ただ、調理人の一人が全部女王様に献上しろと言ったのはルスカの耳に入ってしまった。
「これ、全部ルスカのじゃああぁぁぁぁぁぁぁ‼️」
厨房内にルスカの叫び声が響き渡るのだった。
◇◇◇
甘々な日々は続く……。
再び厨房へとやって来たアカツキが“材料調達”で取り出したのは、小豆と砂糖。それもかなりの量。
「次は何を作るの、アカツキくん?」
「えっ!? わかりませんか? 小豆と砂糖と言えば作るのは“餡子”しかないでしょう?」
「あんこ‼️ つぶ? こし?」
弥生の目がルスカ並みに輝かせる。アカツキには弥生のお尻に無いはずの尻尾がパタパタと振っているのが見える。
「そんなに好きなのですか? こすのが面倒なので粒餡にしようかと……」
「つぶ‼️ やった!」
「なぁなぁ、ヤヨイー。アンコってなんじゃ? 旨いのか?」
「もちろんよ、ルスカちゃん! あぁ……ホロッと煮た小豆から広がる口いっぱいに広がる甘さ……だけど、執拗な甘さではなくとても上品な。まさしく大納言の名に恥じない!」
「いや、そんな上等な小豆ではないですよ」
力説する弥生に突っ込むアカツキ。ルスカには甘いとだけしか伝わってこない。
「あぁ……ご飯三杯はいける……」
「え゛ぇ゛っ!?」
目をキラキラと子供のように輝かせる弥生の発言に、小豆を炊いていたアカツキの顔が思わずひきつる。弥生が言うには餅に餡子が合うのだから、ご飯にも合うという理屈らしい。
「今回はトーストとホットケーキで我慢してください」
「ホットケーキ! アカツキくん、ホイップクリームは!?」
「いえ……用意はしてませんが」
チッチッチッと舌打ちしながらアカツキに弥生が向けた人差し指を横に振る。
「アカツキくん、わかってないなぁ。餡子とホイップクリームの組み合わせは鉄板で外せないでしょ」
若干イラつく態度の弥生に“材料調達”で取り出した生クリームとグラニュー糖を入れたものをルスカに頼み魔法で氷水を作ってもらうとアカツキは手渡す。
「さぁ、泡立ててください」
「やった!」
喜び勇んで弥生は、クリームを泡たてようとするのだが、泡立て噐はないという現実を知ることになる。
「腕、ちょー痛い」
最初こそ張り切っていたものの、もう無理と右腕を押さえながら弥生はすぐに根を上げることに。結局、周囲で見物していた調理人達にも手伝ってもらう羽目になった。
調理人達に手伝ってもらったのもあり、お礼としてイミル女王にも献上することに。厨房にいた調理人総出とアカツキでホットケーキ、トースト、餡子にホイップクリームを作っていく。
相当時間がかかってしまい、出来上がったのは丁度夕飯時。普段は別部屋で食事を摂るイミル女王も同席することとなったテーブルの上には、積み重ねられたホットケーキとトースト、山盛りに盛られた餡子に、ホイップクリーム。
流星やカホも呼ばれてやって来てみれば、部屋の中は甘い香りで
「おい! アカツキ。俺は夕飯を食べに来たんだぞ。なんだ、これは」
「……すいません。量をちょっと間違えて……」
「ちょっとって量じゃないよね、これ。アカツキくん、やよちゃんに唆されたでしょ」
流星もカホも呆れ返る。イミル女王も並べられたホットケーキ等はどういう物かは知らないが、匂いだけでお腹いっぱいになってくる。
「さぁ、食べましょう。ほら、座って座って。イミル女王様も、ほら」
弥生に背中を押されてイミル女王は着席する。イミル女王が座ったのだ、流星達も座らざるを得ない。
「アカツキー、早く、早く食べたいのじゃ!」
隣に座れと既に着席していたルスカに、呼ばれアカツキは渋々着席するしかない。
「美味しい! この餡子というやつは匂いに比べて、ほどよい甘さが舌の上で溶けていきますわね」
イミル女王に好評のようで調理人達もホッと安堵する。カホも久しぶりの餡子やホイップクリームに喜んでいた。
弥生とルスカは二人仲良く、無くなってはおかわりを繰り返す。
隣で見ていたアカツキが、どこにそんなに入るのかと呆れながら「太りますよ……」とボソリと呟いた。
弥生はその言葉が耳に入ったのか手を止めるのだが、ルスカは止める様子はない。
「ワシは三百年、いくら食べても体型変わってないのじゃ」
その瞬間ルスカを除く、部屋の中にいた女性陣のコメカミに青筋が浮かび、部屋中に緊張感が張りつめるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます