第六章 レイン帝国崩壊編

第一話 青年、目覚める

『ソレデハ始メルガ、ソノ“アカツキ”ト言ウ男ハ今ドコダ?』

「それなら、コイツの中にいるのじゃ」


 ルスカは頭に乗せたミーガをおもむろに掴むと、エイルの方へ差し出す。突然掴まれ眠りから覚めたミーガは、目の前にいるエイルの姿に驚く。


「な、何だぁ?」

「ミーガ。エイルがアカツキを助けてくれるのじゃ。どうすれば良い?」

「ん? あ、あぁ。いや、しかし今出すと不味い。直接俺が薬を飲ませるかしないと……」


 ゆったりと時間が流れるミーガの中から出してしまうと、呪いが進みアカツキの命が危ないと警告する。


『心配無用。直接入レバ問題無イ』


 エイルは己の体を取り巻く蔦をスルスルとほどき、強引にミーガの口へと抉じ開けて入っていく。

大口を開けて、植物の蔦を飲み込むという何とも言えないシュールな光景にルスカ達は唖然とするしかない。

一体どれだけ入るのか、エイルから伸びる蔦の数は増えていき、ルスカの顔以上の大口を開けたミーガはちょっと苦しそうな表情をしていた。


「だ、大丈夫なの、これ?」


 弥生も心配そうに見つめるが、入っていく量は増えていく一方。

ルスカの認識では巨大な女性が植物の蔦を巻いているのがエイルだと思っていたが、植物の蔦で女性の姿を成しており、足元からその形が無くなっていく。


「どうやら植物の蔦自体がエイルのようじゃな」


 小一時間かかり、ようやく最後の蔦がミーガの中へと押し込まれた。

表情は苦しそうだったが本来ただのスキルであるミーガは、飲み込んでしまえば平然とした顔をしていた。


「んじゃ、俺もちょっくら行ってくる」


 ミーガはルスカの手から離れると空間の切れ目へと飛び込んでいった。

ルスカも弥生も見守ることしか出来ないのが何とも歯痒かった。


 ミーガが居なくなってから、一時間、二時間と経ち日は暮れ始めていた。

グランツリーの郊外で、ミーガとエイルの知らせを待ちわびる。

遅い、そう思っても誰もが声には出さなかった。

出してしまえば、何か不都合な事が起こりそうで怖かったのだ。


 日は暮れてランプの灯りを灯して待つ、そして──


「あ……あぁ、あ、あ、あ、アカツキぃぃぃぃぃーー‼️」


 垂れ目がちなルスカの目は潤み一度目尻から決壊すると、もう止まらない。

嗚咽を上げ、ボロボロと溢れる涙の量がルスカの想いを表していた。

走り出し、その胸に向かってジャンプする。


「アカツキじゃ‼️ アカツキじゃぁぁぁ‼️」


 胸に顔を当て、両腕を目一杯伸ばしてしがみつく。アカツキの上半身が裸の為に落ちないように足まで絡めて、まるでコアラの親子か小猿のようである。

目覚めて間もないからか、しばらくボーッと虚ろな表情のアカツキであったが、弥生が、流星が、カホが一斉に駆け寄りもみくちゃにされてしまう。


「この! 心配かけやがって‼️」

「本当だよ、やよちゃんやルスカちゃんを泣かせて! もう‼️」

「良かった……良かったよぉ……もう、会えないかと……ぐすっ」


 流星には頭を叩かれ、カホからは脇腹に正拳突きをされ、弥生からは死ぬほど首にきつく抱きしめられて窒息しそうになるアカツキ。


「え……と。あ、カホさん、体調は大丈夫なのですか?」

「へ? 何言ってるのよ、私の体調よりアカツキくんの方が大変だったんだから!」


 ポカポカと脇腹への正拳突きを繰り返すカホに、アカツキは、ただ、ポカンと呆けている。

 

「もしかして、覚えてないのか? アカツキ」

「はい……何があったのでしょうか。ルスカもこんなですし……」


 片手でルスカを支えるように背中に手を回し、もう片手で自分の胸に押し当てている顔を半ば無理矢理上へと向けると、その顔は涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃになっていた。


 アカツキの胸とルスカの鼻の間にはきれいに鼻水の架け橋が架かっているのを見た流星達は思わず吹き出す。


「ぷっ……くくっ、さ、流石にその顔は……」

「流星……笑う場面じゃ……ぷぷ……無いって」


 アカツキの居ない間、ルスカの面倒を見てきた弥生は笑いはせずに慌てて顔を拭くものを取りに行く。

まだ自分がどうなっていたのか、ハッキリと分からないアカツキだが、これ程心配かけさせてしまったということを理解すると宥めるようにルスカの頭を優しく撫でてやった。


 流星がアカツキを休ませようと提案をして、一度グランツリーへと戻っていく。その間、ずっとアカツキの側から離れようとしないルスカであった。



◇◇◇



「そうですか……呪い、ですか……」


 ルスカや弥生が現在寝泊まりしているグランツリーの城内の部屋の一角にアカツキは体調を回復させるべくベッドに横になり、添い寝するようにルスカもアカツキにへばりついて離れない。

部屋の中には、ルーカスやヴァレッタやメイラ、ナックやリュミエールなど錚錚そうそうたる顔ぶれが押し寄せていた。


 流星や弥生、ナックから当時の事情を聞き、自分の為に申し訳ないと謝るが誰もがそれはルスカに言ってやれと言う。隣で泣き疲れてかスヤスヤと寝息を立てるルスカにアカツキは、目を細める。


「ところでアカツキくん。ミーガとエイルはどうしたの?」

「ミーガ?」


 弥生が小さな小鬼の男の子の姿をしたアカツキのスキルの本体だと伝えると、心当たりがあるらしい。

目覚めたアカツキは真っ暗な空間におり、空間の裂け目から出るとルスカ達がおり出てくる時に案内してくれた声がそのミーガなのかもしれないと話す。

どこか偉そうな子供の声がしたのだと。


「エイルに関してですが……」


 アカツキは体を起こすとベッドに座りおもむろに、わざわざ着たばかりのシャツを脱ぎだすと、背中を皆に見せる。


「な、何これ!?」


 弥生が驚くのも無理はなかった。アカツキが馬渕に受けた呪いの紋様は、当初と変わらず蠢いているのだが更に蠢く紋様を押さえ付けるように紋様には緑黄色の蔦がアカツキの体から飛び出して絡み付いていた。


「私が眠っていた間、奇妙な声がして目を覚ましました。恐らくその声がエイルなのでしょう。意識が薄かった為にハッキリとはしませんが」


 アカツキは、エイルの言葉を覚えている限り皆に伝える。エイル曰く、呪い自体は無理矢理押さえ付けている状態の為に何時外れるか分からない。外れてしまうと、再び呪いが効力を発揮してしまい、次は無いと覚悟を決めろと。

その代わりと言ったらなんだが多少、力を貸すとも言われて皆の前で披露し始める。


 背中から二本の蔦が飛び出るとウネウネと触手の様に動き回る。今現在、アカツキの意思で自由に動かせるは、二本だけのようであった。

器用に動かし枕元に置かれた水差しからコップに水を入れるとコップを自分の手元へと持ってくる。

そんな状態のアカツキの背後で目を覚ましたルスカは、眠い目を擦りながらぼんやりとアカツキの背中から伸びる蔦を見てビックリしてしまい、背中からベッドへと落ちた。


「な、なんじゃ、それは!?」

「おはようございます。ルスカ」

「あ、お、おはようなのじゃ……じゃなくて‼️」


 ルスカはアカツキからエイルの話を聞くや、難しい表情を一瞬だけ見せるが、すぐに何時もの顔へと戻っていた。

皆がルスカに注目はしていたのだが、この表情に気づいたのはアカツキと弥生の二人だけであった。


 皆が部屋を出ていき、アカツキと弥生とルスカのいつもの三人になったのを見計らいルスカから因果についてエイルからどう聞いたのかを訪ねられた。


「やっぱり……気付きましたか」

「当たり前じゃ。エイル自身も言っておったが、因果が切れると」

「私が言われたのは“死”とは無縁になったとのことです。ただ、これは“死なない”という訳ではなく“死”という定義、つまり体から魂になり新たに転生するという定義から外れるそうです。

例えば私が殺された場合“魂は体から離れない”状態で動けなくなるという事。ただ──」

「──ただ、老衰は無い……じゃな?」

「はい。そしてルスカ。それはあなたも……ですね」


 三百歳を越えて尚、幼女の姿のままなのか。その答えが死の因果から外れるということの答えであった。

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