第二十四話 幼女、寝込む

「久しぶりたな……ルスカ・シャウザード」


 モルクはそう言うと借りてきた猫のように大人しく、弥生やタツロウによって縄で縛られる。

だがその目は、戦意を失って絶望しているようには見えず、どことなくホッと安堵しているようであった。


「ワシの記憶違いでなければ、お主はアドメラルクに忠誠しておったはずじゃ。何故、新魔王の方についたのじゃ?」

「つきたくて、ついたわけではない。魔王様が居られぬ今、どうやって仕えればよいと言うのだ……」


 モルクの言葉に思わずルスカと弥生は、お互い顔を見合わせる。


「何を言っておるのじゃ? アドメラルクならワシらに協力して、今は北の戦場におるはずじゃ」

「そ、それは、本当か!? それならば早くお会いしなくては‼️」


 目を見開きルスカの言葉を疑うことなく信じたモルクは、縄を引きちぎらんと力を込める。


「ぐっ……うぅ、い、意外とちぎれぬものだな……」

「ひとまず落ち着くのじゃ。向こうも問題なければすぐに会える」


 縄で人を縛ったことの無い弥生とタツロウによって、がんじがらめにされていたモルク。

後ろ手に縛った縄と、両足首に縛った縄を繋いで結び固い結び目によって、取れなくなっていた。


「こ、これは少し恥ずかしいぞ……」


 エイルによって吊るされて、まるで風呂敷で包んだような姿のモルクは、その強面の表情が恥ずかしそうに顔を赤らめていた。


「エイル、少し良いかの?」

『ドウカシタノカ、因果ヲ外レシ呪ワレタ子ヨ』

「レプテルの書の在りかじゃ。時間がもうないのじゃ……」


 隣で話を聞いていた弥生は、神の書とも呼ばれ、この世界のあらゆる出来事が書いてあると以前ルスカから聞いたのだが、本当にそんな都合のよいものがあるのだろうかと、疑わずにはいられない。

しかし、ルスカ本人も以前見ていると言っていた為、あるにはあるのだろう。

でなければここまで来た甲斐がない。


『アノ青年ヲ救イタイ……カ。アイシャトカ言ウ娘ガ言ッテイタナ』

「そうじゃ。例えそれがアカツキの運命だったのだとしてもワシは救いたい。これは……ワシのワガママじゃ」

「ルスカちゃん、それは違うよ。アカツキくんを救いたいのはルスカちゃんだけじゃない」


 弥生が口を挟んで否定する。弥生だけではなく、アカツキに関わったほとんどの人が救いたいと願っていた。

アイシャも、グルメールの人たちも、流星やカホもだ。


「ヤヨイー……そうじゃ、そうじゃな。皆の願いじゃ」

『少シ待テ…………レプテルノ書ハ、今ハローレライニ居ナイナ、ドラクマニアル』


 探りを入れたエイルから魔族の住むドラクマにあると聞き、ルスカは早速と向かおうとするのだが、エイルがそれを止める。


「何故、止めるのじゃ! 時間がないと言ったじゃろ!」

『本来レプテルノ書ハ、ローレライニ存在スルモノダ。ソレガローレライヲ飛ビ出シドラクマニアルノハ、誰カガ持チ出シタノダ』

「なんじゃと!? 一体誰──ま、まさ……か」


 ルスカから血の気が失われていく。ドラクマとローレライを行き交い、且つレプテルの書を使いルスカすら分からない力を振り回す。

そんな人物は、ルスカには一人しか心当たりがなかった。


「ま、マブチが……マブチが持っておるのか……」

「ルスカちゃん!」


 息苦しそさを感じて胸を抑え膝を地面に着ける。額から大量の汗が吹き出して、目は虚ろに。

弥生は急ぎルスカを背負うと、静かな場所で休ませる為にそのままグランツリーへと走り出す。


「もしルスカ様の想像通りなら……アカツキさんは、救えないのでしょうか?」


 アイシャも無念だと悔しそうに目を瞑る。


『……ソノ呪イトヤラヲ解ク薬ヲ作レルノハ、レプテルノ書ノミ。シカシ、アノ時ノ男ノ時間ハ延バセル』

「そ、それなら、その間にレプテルの書を取り返せば!」

『懸念ハアル。レプテルノ書ハ本来ローレライニ存在シナクテハナラナイ。容易ニ持チ出スノハ不可能ダ。トモスレバ、持チ出シタ相手ニ協力シテイル事ニナル』


 一方、弥生はルスカを背負いグランツリーの王城へと運び入れてベッドに寝かせる。正直、弥生自身も気を失いそうになるくらいにショックを受けていた。

ルスカの手を握りしめて、弥生は気を紛らわす。

その手は不安で不安で、常に震えていた。


 

◇◇◇



 ルスカが養生する中、グランツ王国のイミル女王は、グランツリーの側でそびえ立つエイルのことなど聞きたい事は山ほどあったが、女王として止まっている訳にもいかず、すぐに動きを見せる。

まずは、レイン帝国とグルメール王国との和解。そして、今後どうするかなど、この三国を中心に話合う準備をしなければいけない。


 イミル女王は使いをグルメール王国とレイン帝国に向けて出すと、グランツ王国内の改革にも着手する。


 多くなりすぎて、何の権力もない貴族、権力がありながらも民衆を苦しめ続けた貴族とその家族。

それをまずは、全てフラットにして全財産を一度没収する。

反発は大きかったが、チマチマと変えていく時間がない。

改革には流星を初めとするヤーヤー達ギルドパーティーも助力し、没収した財産の管理などで元々商人であるタツロウも手を貸した。


 没収した財産の一部を使い、すぐにグランツリー全体を囲む城壁の着手が始まる。

名ばかりの冠だけをもらい、ろくに財産どころか働くのすら困っていた貴族達も、これで堂々と胸を張り働く事が出来るようになり、喜ぶ一方で贅沢な暮らしに慣れ親しんだ貴族は路頭に迷い始める。


 内乱が起きなかったのは皮肉にも、ほとんどの兵士が北の戦場に出兵していたおかげでもあった。


 しばらくすると北の戦場は一部の兵士を残してグランツリーに戻ってくる。チェスターの両親も無事で再会を喜ぶが、現在チェスターはイミル女王に最も近い女性で、何より聖女認定を受けていたため教会の改革を一手に担っている立場になっていた。


 再会を喜んだのはチェスターだけではなかった。アドメラルクは、ルーカスと共にレイン帝国の代表として一緒にグランツ王国へと訪れた。

そこでアドメラルクが再会したのはモルク。

モルクはやむを得ずアスモデスに付き従っていた事を詫びる。

アドメラルクはモルクを許したのだが、一応グランツ王国を攻めた責任があり、グランツ王国預かりとして、見張り付きで行動の自由が許可されたのだった。


「ルスカ……」


 一時は寝込んだままだったルスカも、体を起こす位には回復したのだが、それでもその目はずっと一点を見つめているが、焦点は合っていない。

今のアドメラルクには見えないが、話を聞き部屋を訪れたのだが呼び掛けても返事はかえって来なかった。


『ソナタ迄因果ヲ外レタノダナ、現代ノ魔王ヨ』


 アドメラルクはレプテルの書の在処が今は馬渕と共にある可能性が高いと聞き、エイルの元を訪れていた。


「今はもう魔王ではなく一人のアドメラルクだ。エイルよ」

『己デ断チ切ルトハ思ワナンダ。シテ聞キタイ事ハ何ダ?』


 アドメラルクルスカに代わって馬渕の元へ行くつもりでいた。レプテルの書を取り返す為に。

しかし、エイルはそれを止める。

レプテルの書の意思で馬渕と共にいる可能性が高く危険だと。


 アドメラルクの意思は固く、話を聞こうとしない。

そしてアドメラルクは、ドラクマにいると思われる馬渕を探しに向かう前に一つエイルにお願いをする。

それは、ルスカを初めとする皆の願いでもあり、死を司るエイルにしか出来ない願い。


 ──アカツキを死の因果から外して欲しいと。

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