第二十話 魔王と魔王、親子喧嘩始まる
「師匠ーー‼️」
「クリストファー‼️」
力尽きその場で倒れるクリストファーを見て、ダラスは起き上がろうとするものの自分も疲れ果て倒れたまま、その場でクリストファーに向けて手を伸ばすのみ。
ワズ大公は、馬を走らせダラスの元に一度駆け寄り、馬に積み込むと一気にクリストファーの元に。
ダラスは辿り着くなり、馬から転げ落ちる。それでも地面を這いずりクリストファーの側へ行くと、直ぐに心臓に耳をあてる。
ダラスの眼が大きく見開かれ、全身が小刻みに震え出す。
ダラスの様子の異変にワズ大公も、察する。
何も言わず、ただ目の前の偉大な魔導師に敬意を抱き、胸に手を当てて目を瞑るのだった。
──クリストファーは、夢を見る。
何もない空間という異様な光景に自分の置かれている状況を冷静に理解する。
ああ──自分は死んだのだと。
することがなく、ただ前に歩いていく。何故前なのかは分からないが自然に前へと進んでしまっていた。
クリストファーの足は止まる。目の前にいる見知った顔。彼が来るのを待っていたかのように、進路を妨げていた。
「レイカくん……」
かつての教え子。そして改造魔族にされるという末路を辿った麗華だったが、クリストファーは怒ることはなかった。
弥生に麻薬を盛るという事件を起こしたが、その結果がこれだ。
許せることではないが、怒る気は全く無くなっていたのだった。
「行こうか、レイカくん」
クリストファーはそう言うと、彼女を追い越して先に行こうとしたのだが、立ち塞がった麗華に後方に突き飛ばされる。
「何をするんじゃ、レイカくん!」
クリストファーは、足で止まろうとするが止まらない。どんどんと後ろに退き麗華との距離がみるみると離れていく。
麗華に対して懸命に手を伸ばすが届くはずもないほど、その距離は遠くなる。
クリストファーが最後に見た彼女の表情はとても穏やかで笑顔。なにより誰よりも優しい目をしていた。
(レイカくん……ありがとう)
クリストファーはそこで目を覚ますと、ガクガクと肩を揺らされていた。
首がもげるのではないかというくらいに。
「ええい! やめんか! 殺す気か‼️」
クリストファーが肩を揺らしていたナックを怒鳴りつける。それを見たダラスは「師匠ぉ‼️」と抱きつき、その目からは大量の涙が。
ナックもワズ大公も初めは驚いたが、良かった──と、胸を撫で下ろす。
ナックとダラスに肩を借り、かつての教え子であった改造魔族の元へ。
既に再生が及ばず、体格も子供というより幼子まで小さくなっていた。
「レイカくん……安らかに眠れよ」
クリストファーは改造魔族に己の杖をトドメに突き刺すと、改造魔族に土を盛り墓標代わりにするのであった。
◇◇◇
レイン帝国、グルメールと危機を乗り越え、残すは北の戦場とグランツ王国の二つをのみ。
北の戦場では、初めに崖を登ってきた魔物の相手をルーカス率いるレイン帝国本隊がグランツ軍を助ける形で相対していた。
後発の魔族を率いたアスモデスをアドメラルクが一人で迎え撃つ。
ルーカスは苦戦を強いられていた。見事に魔物の背後を奇襲することは出来たのだが、背後からの奇襲で効果があるのは統率された軍隊くらいのものである。
全く無いとは言わないが、本能で動く魔物にとっては大したことではない。
そこに、砦から閉め出されたグランツ軍がパニックの状態で入り乱れていた。
「こうも、難しいものなのか……」
対魔物。それもこれほどの大群相手は経験したことがなく、ルーカスも何か策はないかと頭を捻る。
頼りになるアドメラルクは、今魔族とアスモデスを相手にしている。
ここで、自分が負けると、アドメラルクに危険が及ぶかもしれない。
何か、何か無いのかと苦慮するルーカス。
その時──グランツ側の砦の門が開かれた。
時は少し遡る。イミル女王の伝令で、側近のゲイルはグランツ側の砦へとやって来ていた。
本来ならば、本隊の元に自ら赴き命令を伝えるのだが、ゲイルは独自の判断でそうはやらなかった。
砦に残り伝令は他の者から渡す。それは万一グランツ軍本隊が反旗を翻した場合、この砦を乗っ取りグランツリーを守るために。
その心配は杞憂に終わるが、ここで魔物が襲って来るという予想外の出来事が。
砦の指揮を任されていた者は、思わず門を閉めてしまう。そのせいで、本来グランツを守る本隊は壊滅の危機を迎えてしまった。
開けるべきだ、閉めたままだと言い争う指揮官の元にゲイルは近づくと、一閃──指揮官の首を跳ねた。
砦を開ける派と共に乗っ取り終えたゲイルは、自ら先頭に立ち砦の門を開けさせたのだった。
砦からグランツ軍が出てくると、逃げ惑いパニックになっていたグランツ軍本隊も、徐々に冷静さを取り戻し始める。
ゲイルは一部の兵士を従え、魔物の群れを分断するかのように突き抜けルーカスと対面する。
「ルーカス殿だな? イミル女王陛下の
「ルスカ殿がやってくれたのだな……もちろん、こちらに異存はない。さっさと魔物を片付けて、彼方にいるアドメラルク殿に協力せねばな」
「……あ、アドメラルク? 彼処にいる長身の男が魔王……」
話には聞いていたゲイルだが、実物を見ると一瞬拍子抜けしてしまう。しかし、多くの魔族達がたった一人に尻込みして、牽制しては退き、牽制しては退くを繰り返してなんとも情けない姿を晒しており、すぐに認識を改めた。
ルーカスとゲイルは兵を纏めながら、ルーカスは時計回りに、ゲイルは反時計回りに魔物を取り囲んでいく。
一対一ならば、魔物は圧倒的に有利であるがお互いに協力し合うことが無いために、数で当たれば恐れることはないと。
協力は人の成せる技である。人の力を見せてやれと号令をかけると、一気呵成に兵士が魔物に詰め寄せた。
◇◇◇
「あちらは、もう終わりそうだな。さて、どうした? かかってこないのか?」
アドメラルクは魔族達と両腕を前に組み、仁王立ちで対面していた。
何度か押し寄せてはくるが、睨みを効かすと退いてしまう。
これが今の魔族かと、アドメラルクのフラストレーションは溜まる一方であった。
「どうした、アスモデス? お前が魔王なのだろ。そんな後ろに隠れてどうするのだ」
何度同じ事を言ったか、アドメラルクは呆れつつあった。正直今の魔族などどうでもよく、用があるのは息子のアスモデスのみ。
そしてようやく、魔族軍が二つに別れてアスモデスがその姿を見せた。
「久しぶりですね、父上。いや、アドメラルク‼️」
威勢のいい啖呵を切り、他の魔族が震え上がるような魔力の渦を見せつけるアスモデスだが、アドメラルクは微動だにしない。
そんな事を歯牙にもかけずに、ずっとアスモデスの目を見ていた。
アスモデスの瞳の中には魔王紋がしっかりと浮き出ている。しかし、アドメラルクが見ていたのは、そんな物ではなくアスモデスの感情。
一見堂々と見せてはいるが、アドメラルクには、その目には怯えの色が微かにあるように見えていた。
思わず鼻で笑う。仮にも自分の息子なのだ。やるなら、気迫を見せろと言いたくなる。
「な、何故笑う!? 俺を馬鹿にしているのか!?」
「チッ! ご託はいいから早くかかってこいと言っているのだ」
「ぐぐ……っ、後悔するなよ。皆かかれーー‼️」
アドメラルクは大きく一つ溜め息を吐くと「ここまで言って自分で来ないのか……」と呟くのだった。
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