第十九話 ダラス、クリストファー、決着させる
「いいかぁ! 爺さんの魔法発動までに、魔物どもを駆逐するぞぉ‼️」
ナックの号令に兵士達は高揚し、一斉に声を上げる。グルメール王国本隊は魔物を相手に、ワズ大公の率いる軍は改造魔族を相手にする。
グルメール本隊をナックに任せたダラスは、全軍のサポートを一人で担う。
他の兵士が使う程度の魔法よりはダラスの実力は上だが、ルスカやクリストファーほど突出しているわけではない。
少しでも兵士の被害を減らす為に、戦場を駆け回り兵士を守ること。それがダラスの役目だ。
動き回れる若さ──それが唯一ルスカやクリストファーには無いものだった。
「大公‼️ 目的は足止めです。攻撃を防ぐのに専念しますから、怪我をした兵士に人は割けませんから、そのつもりで」
ダラスはそれだけ言うと戦場へと、走り出す。
“フォースウォール”
改造魔族の体から伸びてきた肉の塊に対してダラスが放った光の壁が立ち塞がり兵士を守るが、兵士は足を止めずその場を後にする。
光の壁は、一瞬肉の塊の勢いを殺すが壁はすぐに破壊されてしまう。
だが、動き回る兵士は既にその場に居ない。
一瞬の攻撃の足止め。ダラスの力ではそれくらいしか出来ない。しかし、それで十分なのだ。
ワズ大公は指示を忙しなく大声で伝えて回る。兵士もよく訓練されており、ワズ大公の手足のように正確な動きを見せていた。
ナックも奮戦する。元々傭兵であった彼の剣は我流。対人戦を想定した剣術や、軍の統率された動きなどではない。
ルスカとの対決でも見せた臨機応変に動く自由な剣は、本能で動く魔物に対して有効であった。
牙や爪など絶対的に強力な前面な攻撃を持つ魔物に、正面に立たず円の動きで横へ横へと移動する。
狙うは、鍛えようがない目、そして魔物でも致命的なダメージを与えられる首。
攻撃も剣が魔物の硬い筋肉で抜けなくなるのを恐れて、斬る一辺倒である。
「絶対に一対一で当たるな‼️ 魔物の目の数プラス1で当たれー‼️ 殺さなくていい、魔物は無理だと思えば退いていく‼️」
兵士を預かるナックは自分だけでなく周りに目を向け指示を飛ばす。
時には自ら兵士を助けに入ることも。
ナックの言うように指揮官のいない魔物は、一度怯ませると逃げ出していく。
片目を潰されたとしたら、すぐにも無理だと判断する。
魔物数は着実に減らしていっていた。
改造魔族の方も倒せはしないが、前に進めさせないでいた。
「危ない‼️」
飛んでくる肉塊と兵士の間にダラス自ら割って入り光の壁で、逃げる時間を作る。
壁は容易に壊されるものの、兵士の逃げる時間を稼ぐ。
地面に穴を空ける威力の肉塊が直接ではないものの、風圧が凄まじく体勢を崩していたダラスは地面に踏ん張れずにかなりの距離まで飛ばされた。
「くっ……‼️」
ダラスは自信を失いかけていた。流星やカホ、それに麗華にも兄弟子として、胸を張れるだけの実力を身につけていると。
ワズ大公にも、クリストファーの弟子としての実力を買って貰い誇りに感じていた。
そして今やグルメール王エルヴィスの側近中の側近。
「僕の実力は、この程度なのか……」
ダラスは、自分の背後にクリストファーがいるのに気づく。かなり吹き飛ばされていたのだ。
クリストファーは今は、大きな魔法を使う為に集中しており、ダラスが側にいるのに気づきもしない。
自分の師匠が命を賭けようとしている。それなのに自分の不甲斐なさにダラスは再び立ち上がる。
「うおおぉぉぉぉ‼️」
戦場へと走り出したダラス。そこにはエリートらしからぬ姿が。身を呈して兵士を必死に守り続ける。
いくら自分が傷つこうとも。
誰も気づいていない。誰かが記録しているわけでもない。しかし、再び戦場に舞い戻った時からクリストファーが魔法を使うその時まで、ダラスは改造魔族から一人の犠牲者を出すことはなかった。
一人の若い魔導師が、覚醒した瞬間である。
そして、遂にその時はやってくる。クリストファーの目がカッと見開きギラつかせる。
使う魔法はルスカが改造魔族を倒した“ナイトオブホーリースピリット”。
クリストファーがワズ大公からルスカが改造魔族を倒した時の話を聞いていた。
麗華が改造魔族となったとき、クリストファーの覚悟は決まる。
正直ルスカの半分以下しかないクリストファーの魔力量。
とてもじゃないが聖霊王の従者を呼び出すことは出来ないと踏んでいた。
ならば倒すのは皆に任せようと、物理的に動きを止める方向へとシフトしていた。
一度使った魔法を止めることは困難を極める。
つまり、改造魔族の動きを止めた後、皆が倒すまで押さえつけ、その後聖霊王の従者を呼び出さなければならない。
魔力不足を命で補っても、聖霊王の従者は呼び出せないため、魔法を中断するしかないのだ。
万が一失敗すれば、クリストファーの命は尽きることとなる。
クリストファーの魔力が高まっていく……。
“風の聖霊よ あまねく魂の源よ その命をもって我が力と成せ”
クリストファーの放つ緑の光は改造魔族の周りを衛星の様に回り出す。
“大地の聖霊よ あまねく大地の源よ その命をもって我が力と成せ”
今度は同じように黄色の光が改造魔族の周りを回り出す。
“火の聖霊よ あまねく成長の源よ その命をもって我が力と成せ”
次は赤い光が。最後は水の聖霊を残すのみ。クリストファーが時間をかけたのはこのせいであった。
“水の聖霊よ あまねく癒しの源よ その命をもって我が力と成せ”
最後の青い光が、改造魔族をの周囲を回りだす。
「上手くいったな」とクリストファーは大きく息を吐く。
問題は水の聖霊であった。本来クリストファーの受けている聖霊の加護は火、風、大地、闇の四つ。
これでも凄いことなのだが、水の聖霊の加護はクリストファーには無かったのだ。
ではクリストファーは何をしたのか。それは、今聖霊の加護を受けていたのだ。
加護には聖霊との対話が必要不可欠。
時間をかけてやるものなのだが、クリストファーは、それを戦場のど真ん中で行ったのだ。
「おおっ……」
ダラスは疲れ果てて倒れそうな体を支え、周囲から聖霊が感じられなくなっていた。こうなれば、ダラスも魔法は使えない。
狙われたら終わりだと思った時、その光から伸びる鎖が改造魔族の体を縛っていく。
「グルワァァァァァァッ‼️」
叫び暴れ狂う改造魔族だが、身動きが取れない。
「今じゃああ‼️」とクリストファーの合図で、ナックの率いる兵士も逃げ出し始めていた魔物から対象を変更し、足元へと駆けつける。
ワズ大公を率いる軍も同じく足元へと向かう。
そこからは人海戦術である。ガリガリと足を削られていく改造魔族は、初めこそ再生で抵抗を見せるがすぐに限界を向かえる。
立っていられなくなった改造魔族は横たわり、更に人海戦術で腕を体を頭をガリガリと削るように、攻撃の手を休めない。
この魔法の使ったあとのルスカの様子を知るナックは、急がせる。
とてもクリストファーがルスカと同じ真似事を出来るとは思えなかったために。
「はぁ……はぁ…………はぁ、お、終わった……」
再生を繰り返していった改造魔族も遂には限界を向かえ、その巨体は大人よりもずっと小さくなっていた。
息を大きく吐き、その場に座りこんだナック。馬上で横になりがらがら声へと変貌を遂げていたワズ大公。ダラスもその場で大の字で倒れる。
残すは、クリストファーが魔法を中断させるだけであった。
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