第十七話 馬渕、暗躍する
ルスカと弥生、カホ、タツロウは用意してもらった馬車に乗り込むと、一路リンドウの街へと向かいグランツリーを後にした。
南の方角へ草原に馬車が駆け抜けていく。一刻も早くと、タツロウが御者として鞭を入れていく。
時間は刻一刻と迫るのが、ルスカ達は気づいていた。
現在アカツキのスキルであるミーガの元気がない。
何度呼び掛けても返事がないのだ。
今は神獣エイルに会いレプテルの書の在処を知る必要があった。
「くそぅ……何故じゃ。ミーガ、起きるのじゃ……」
ルスカは両手でミーガを掴み必死に呼び掛けるが返事はなく、ルスカの表情は既に泣きそうになっていた。
弥生も、呆然と見守るしかない。
途中カホと御者を代わってもらったタツロウも、悲痛な顔をしている。
我慢出来ずにタツロウは、ルスカの両手ごとミーガを掴み、大声で呼び掛け始めた。
「起きろ、起きるんや!」
ルスカの両手ごとミーガをガクガクと揺らす。その首は今にも取れ落ちるのではないかというくらい揺れていた。
──その時である。ミーガの瞼がピクリと動いたのをルスカ達は見逃さなかった。
「ミーガ!」
「ん……んんーっ! ふわぁ、よく寝た……うん、どうした? そんな怖い顔して」
どうやら寝ていただけだったみたいで、アカツキの様子を問いただすとまだ時間はあると言う。
ホッと一息ついたルスカ達は、冷めた目をしてミーガを縄でぐるぐる巻きにした後、馬の尻尾にくくりつけた。
「なんで、スキルが寝る必要があるのじゃ‼️」
怒り心頭なルスカから説教をされながら、ミーガがくくりつけられた尻尾は右へ左へ移動する。
移動しない場合は、常に馬のお尻の側でもがき苦しむミーガであった。
砂埃が舞い散るザンバラ砂漠が見えてくる。涼しい夜になるまで待っていられないと、躊躇い無く砂漠へと馬車を突っ込ませた。
暑い。燦々と降り注ぐ日の光かルスカ達を襲う。
もっと速度を上げたいが、馬の脚や馬車の車輪が柔らかい砂に足を取られて、思うように速度が上がらない。
「ねぇ、あれって、何?」
弥生が馬車の荷台から前方を覗き見ると、こちらに向かって物凄い砂埃が。
この場にいる誰もが不味い、と思った瞬間、ルスカは懐かしい声で自分の名前を呼ばれた気がしたのだった。
◇◇◇
ルスカ達が出発してすぐに、グランツリーに危機が迫る。グランツリーの北側から魔物が湧いて出てきたとの知らせが入った。
今、グランツリーの戦力としては降伏しま兵士と、流星率いるゴブリンとギルドパーティーくらいなもの。
魔物の群れを見ると、一人、魔族とおぼしき人影も。
「どうするのですの? 流星」
北門に集まった流星とヤーヤーとハイネルは、向かってくる魔物の群れを眺めながら策を練る。
「勝算はあるさ。俺がスキル“擬態”で魔物に扮して入り込み混乱を招いてみせる。その間に侵入を防いでくれればいける」
「でも、それだと貴方が危険ですよ、死ぬ気ですか!」
ハイネルは止めようとするが、流星は眉を八の字にさせ呆れた顔をする。
「そんな訳無ぇだろ。俺にはカホっていう可愛い嫁さんがいるんだ。誰が死ぬかよ」
魔物の群れはその間にも近づいて来ている。もうこれ以上時間は無く、ハイネルも渋々流星の策に乗ることとなった。
「それじゃあ俺は先に入り込める場所へ移動する。ここは、任せたぞ。お前達も死ぬなよ」
「ほほほ、大丈夫ですわ。ワタクシは、これが終われば結婚するんですよ」
豊満な胸を張り高笑いを決めて見せるヤーヤーに、何やら流星はヤーヤーが何か嫌なフラグを立てたように見えた。
「私も現役はこれが最後なのです。終わればギルド長でも目指す予定ですからね」
ハイネルは、サムズアップして流星にその白い歯をキラリと光らせる。流星は、それに対して「ははっ……」と乾いた笑いしか出来なかった。
そして流星は、一人グランツリーを出て隠れる事が出来そうな茂みに向かう。
流星本人も、さりげに嫌なフラグを立てている事に気づかずに。
隠れながらライオンのような姿の魔物に扮する流星。脚が六本に常に涎を垂らす口には三本の長い牙が下へと伸びている。
タイミングを見計らって、魔物の群れへと合流すると、指揮官とおぼしき唯一の魔族に近づく。
流星が今擬態しているライオン型の魔物がそのまま進化したような魔族。
目は四つあり、二足で立っている。目を見ると魔物と違い本能だけではなく理性も備えている事がよく分かる。
たてがみや髭は真っ白で、随分と年を取っているようだと、流星は隣で並走しながら横目で見ていた。
この魔物の群れの指揮を新魔王アスモデスから任されたのは、最古参の魔族モルクであった。
アスモデスに力を見せつけられ、屈服したモルクだが、その後許されここの指揮を任された時にはモルクも驚いた。
完全に殺されると思っていたからだ。
何故アスモデスは、いまだに心の中ではアスモデスよりもアドメラルクに心酔しているモルクを採用したのか。
それは出陣の準備をしている頃にモルクは気づいた。
魔族の数がどんどんと準備している最中に減っていくのだ。一人、また一人と減っていく。減っていく度に準備に時間がかかり、やがてモルクを採用せざるを得なくなったのだ。
魔族、魔物の住むドラクマで、こんな暗躍が出来る者は、そうはいない。
(馬渕め、一体あいつは何を考えておるのだ……)
アスモデスの裏に何となく馬渕の影が見えていたが、今度は結果的に自分を助けたようにも見える。
(今は全力を尽くすだけか……。いずれアドメラルク様が戻って来てくれると信じて)
誰もが気づいていなかった。
今、人の住むローレライも魔族の住むドラクマも一人の男の手によって弄ばれていることに。
◇◇◇
「アハハハハハ、効カヘン、効カヘンデ。ホラ、モット真面目ニカカッテコイヤ、魔族ドモ!」
うってかわって、レイン帝国の首都であるレインハルトでも魔族の進行が始まっていた。
しかし、レインハルトの門前に立ちはだかるは、パペットのヨミー。
魔法も効かず、かといって武器でもある爪や牙ではヨミーの硬い体に傷すらつけられず魔族達は、手をこまねく。
数で押しきりヨミーを、無視すればレインハルトに入れないことはない。
ただ、ここにいる魔族のほとんどは若く、戦争の経験は無い。
ただ無闇に突っ込むことしか考えていなかった。
それでも戦力のほとんどを北の砦に出してしまっている帝国にとっては気が気でなかった。
皇帝自らが指揮を取り、他から魔族や魔物が来ないように守り続ける。
レインハルトの守備兵に、城の警備兵、あとは有志で募った住民達。
籠城を決め込んだのは、援軍を期待してだった。
「まだか、まだ、ドワーフ達は来ないのか!?」
皇帝は知るよしもないが兵士一人当たりに対する魔物の数が、他の戦場より多く疲労の色が濃くなりつつあった。
魔族の進軍前にロックを含め重臣達がドゥワフ国へと向かったのだが、いまだになしの礫に不安に駆られる。
もし、逃げ出していたら……帝国は今日をもって終わるかもしれない。
そんな中、ヨミー一人は壁になり魔族と魔物の進行を防ぐ。通り抜けようとする魔物が入れば捕まえて、まるで紙切れのように明後日の方向に放り投げ続けていた。
「ホラホラ、手応エナイデー! ッテ、ナンヤ? 新手カ!?」
魔族と魔物の背後から相当数の人影が南の森から現れる。地響きのような声を張り上げて、魔族達と入り乱れる。
「やっと……やっと、来てくれたのか。ヨミー殿、あれは援軍だ! ここはもう大丈夫だからあちらを頼む!」
皇帝は外壁の上からヨミーに大声で声をかける。魔族もまさか後ろから奇襲されると思っておらず混乱し、魔物達も魔族の指示が無くなるとどうすればいいのかと、その場で立ち止まりウロウロするばかり。
そこにヨミーの巨体が腕を振り回して突入してくるものだから、魔族も魔物もたまったものではない。
無謀にもヨミーに突っ込んでいく魔物の一部は遠くに吹き飛ばされ、魔族と残りの魔物は逃げ出すしかない。
踏みつけられた蟻の巣のように散り散りになる魔族と魔物、そしてドワーフ達。
ドワーフ達にしてみたら、ヨミーはただの巨大な魔物にしか見えない。
ぽつんと一人戦場に取り残されたヨミーは「ナンデヤネン」と寂しそうに呟いた。
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