第十話 幼女、王都グランツリーへ
ママカ村から伸びる整備されていない街道を西へ進み、途中寄り道することなくそのまま街道を北へと駆け上がるルスカ達。
馬をろくに休ませずに、ルスカの“キュアファイン”で疲れを癒しながらだったため、今は街道の先に王都グランツリーが見える場所で夜を明かしていた。
ルスカが知っているグランツリーは、とても華やかで活気に満ち溢れてローレライで一番の賑わいと人口を誇っていた。
今は昔である、それは三百年ほど前の話。
チェスターから聞けば賑わいは王都だけあってあるらしいが、貧富の差がかなり激しいという。
と言うものの、特に王が酷く私利私欲を肥やしている訳ではなく一部の上級貴族や領主が好き勝手やっているという。
本来ブレーキ役でもある王室が不甲斐ないという話だった。
「それでは、例え第二王女に会えても意味がないではないか?」
ルスカの疑問は最もで、力の無い王室の第二王女など皆無に等しい。
となると、軍を進軍させて戦争状態へと者は王室ではないということになる。
つまり、戦争を止めるには二つハードルがあった。
一つは、戦争の黒幕を捕らえること。
一つは、王室の力を取り戻さなくてはならない。
またややこしいことだと、ルスカは嘆くと共に苛立ちを更に増す。唯一付き合いの長い弥生が今、ルスカを懐に抱えているのは、落ち着かせてルスカの暴走を止めるためだ。
正直今の話を聞いた弥生は抱えている力を強める。決して離さないように。
翌朝、涼しい風を受けて目覚めた一行。タツロウは旅慣れているだけあってか、テキパキと旅仕度を終わらせる。
朝と言っても、今はまだ暗く肌寒さを感じていた。
「それでは、まずはチェスターの家に向かうのじゃな」
「うん。実家を拠点にしてくれればいいよ」
王都グランツリー。話をしながら進んでいくと気付けば門前。グルメールや帝国と違い、入口は、まさしく門である。
城壁などではない、よくある豪邸前の柵状の門を街規模で大きくしたものだ。
開閉も面倒くさいのだろう、開きっぱなしになっていた。
「なんとも、まぁ警戒心の無さなのじゃ」
ルスカ達は軽い検問すらなく、用意にグランツリーへと入っていく。まだ早朝ということもあってか、人通りは少なく王都とは思えないほど静かだ。
「チェスターの家はどこなのじゃ?」
「この通り真っ直ぐ城に向かって」
通りの遥か先に見えるのは真っ白な壁、赤い三角の屋根が三つある城。チェスターの案内で通りを進んでいき城の近づくいていくとその大きさが目に見えてくる。
そして、その城に向かう途中で通りを塞ぐ、本来なら街の入口に作られるような石造りの外壁のようなものに出くわす。
そこには固く閉ざされた門が。
「チェスター、これは何なの?」
「この先は貴族街だから」
チェスター曰くこの外壁は、城を中心にぐるっと貴族達の住む場所を囲んでいるという。
昔はこんな街では無かったと、ルスカは嘆く。
ルスカの昔の仲間のバーン・カッシュ。アイシャの曾祖父で前回の勇者パーティーの一人。彼もこの街の出身だった。
「身分で分けておるわけじゃな。なんとも、くだらないことしておるのじゃ」
「ほんまやで。俺の嫁さんの親も外側出身でな。苦労しとったわ」
タツロウは、転移直後、外壁の外側の街中で困っていたとき嫁さんの両親に救われたらしい。今は亡くなったそうだが当時を思いだしタツロウの目にはうっすらと涙が。
余り門前をウロウロするわけにもいかず、チェスターが門兵に身分証だろうか木の板を手渡すとギギギッと鈍い音とともに門が開かれる。
外壁を通り抜けると、貴族街らしく豪邸が立ち並ぶ。チェスターに案内されながら、豪華絢爛な邸宅を見定めながら進んでいくと明らかに建て増ししましたと言わんばかりの周囲に比べて一際、縦に大きな邸宅が。
「ロックの家よ。私達が出立する前は違ったから勇者輩出ってことで建て増ししたのね、多分」
ロック自身は三男坊であり本来は家を出ていく身である。
そんな三男坊が勇者として家を出て、更に輩出したと言えば家としては左うちわだろう。
今や偽者と言われているロック達に少し同情してしまう。
「ここよ」
ロックの実家の三つ隣の裏手に、一軒の邸宅が。大きさは、さほど周りと変わらないが明らかに古い造りをしており気のせいか、雰囲気も暗い。
廃墟──とまでは言わないが人が住んでいるのかと疑ってしまう。
「お主のところは恩恵無いのじゃな」
「勇者はロックだもの。私はただついていっただけだから」
チェスターは馬を降りると、力一杯、鉄の門扉を引く。立て付けが悪いのか錆びで動かし辛いのか、タツロウもすぐに降りて手伝う。
「気分悪くせんといてや。こう言っちゃ悪いけど、とても貴族とは思えへんな」
「うちは一応貴族だけど、爵位が無いのよ」
二人がかりで門扉を開くと中に入り馬を木にくくりつける。
「爵位が無い? 廃嫡でもしたのか?」
「違う、違う。無いのよ、爵位が。随分前の王様がアホみたいに騎士爵やら準男爵やらをあげてしまってて……貴族と名乗れる平民みたいなものなのよ」
「なんじゃ、それは!? 爵位が無ければ貴族なんぞ意味ないじゃろ!」
「そうよ。貴族だから奉公に何か行けないし。仕方なく聖女認定取ったのも協会から僅かに入るお金のためなんだから」
チェスターを先頭に家の扉を開き中へと入っていく。明かりが薄く灯ってはいるが、ほとんど真っ暗だ。
「まるでナックの家ね」
弥生の言うようにルスカも丁度弥生と初めて出会ったナックの義理の母親の住む家を思い出していた。
貴族となったナックのお陰で今頃生活は一変しているだろうが。
「チェスター?」
奥から人影が出てくるが、暗すぎて姿は分からない。ただ、声から判断して女性であることは間違いなさそうである。
「ただいま、お母さん」
チェスターは、そう言うと人影に向かって飛び込む。ようやく明かりの元へと姿を現した中年の女性。
チェスターは母親に甘えるように、力強く抱き締めていた。
「お母さん。お父さんは?」
「チェスターは知らないの? 今、帝国と戦争しているのよ。お父さんは、一旗上げるって出兵したわ」
チェスターはそれを聞きショックを受ける。戦争に行ったというよりも、帝国側にはアドメラルクがいる。
下手をしたら、もう二度と帰ってこれないかもしれない。
「どうしよう? ルスカちゃん……」
チェスターは思わずルスカに助けを求める。ルスカはアドメラルクに、なるべく手を出さないようには頼んだが、
母親は、そんなことは露知らず何故チェスターがこれほどショックを受けているのか分からない。
そんな中、弥生は少し違った視線で考えに更けていた。
「ねぇ……ルスカちゃん。私、ちょっと考えたのだけど……グランツ王国って、自分らから戦争仕掛けている節があるよね」
グルメール王国に送られてきた嘘の理由の援軍要請から始まり、帝国とグランツ王国の勇者に対する食い違う言い分。
そして、とうとう痺れを切らしたかのように進軍してきた。
「もしかしたら、チェスターさんのお父さんの出兵理由が原因かも。私がいた世界でもそうなのだけど、敗戦国は勝った国に賠償という名目で大量のお金が動くのよ」
「せやな。勝てば官軍。俺らのいた国も昔は勝って大量の賠償支払わせたって習ったしな」
「タツロウくん。問題はそこじゃないわ。ねぇ、ルスカちゃん。今までの戦争でそんなやり取りってあった?」
大きな戦争は無かったが、小競り合い程度は幾度もあったと記憶している。しかし、賠償というよりは領地の取り合いばかりだ。
ルスカがそう言うと、弥生は「やっぱり……」と呟く。
「つまりね。このグランツ王国はチェスターさんのお父さんみたいに貴族は名乗れど貧しい人が多いみたいだし、その人達の不満を解消するべく起こした戦争なら、やっぱり、その目的はお金。ただ、賠償という考え方はこの世界では今まで無かったのだとしたら……」
「マブチの入れ知恵か!!」
ルスカは緋色の瞳をギラつかせて、怒気を身に纏うのだった。
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