第九話 幼女と弥生、再会する

「いい加減にするのじゃあーーっ!!」


 ルスカの叫び声に森の小鳥達が羽音を立てて逃げ出していく。何故怒られたのかわかっていないのか、チェスターとマンの二人はポカーンと口をだらしなく開けていた。


 弥生が間に入り、二人に処刑などするつもりなど皆無だと取り持ち、ようやく二人は落ち着きを取り戻す。

……ったく、と呆れながらルスカは馬から降ろしてもらうと、一人自分の住んでいた家の中へと入っていく。


「何か手伝おうか?」


 弥生はルスカの後を追って家に入ると、棚の本を眺めているルスカに声をかけた。


「ば、バカヤヨイー、急に話かけるななのじゃ!」


 袖で目元を拭うルスカ。主にアカツキのことだろうが色々思うところがあるのだろう、その気持ちは弥生には痛いほど良く分かる。

弥生は、ルスカを強く抱き締める。

いきなりで少し驚いたルスカだが、すぐに弥生の胸に顔を埋める。


 それほど長い時間ではなかったが、ルスカは顔を上げて弥生から離れると後ろを向きながら「すまぬのじゃ……」と、小声で謝る。

弥生には、しっかりと聞こえていたが、敢えて聞こえてないフリをするのだった。


「手伝ってほしいのじゃ」


 ルスカはそう言うと、棚の本を指示して弥生に取ってもらう。弥生自身それほど背は高くはないが、ルスカの頼みだ、とそこそこ不安定な台に登りつつ、棚から指示された本を取っていく。


 机に積み重ねられたおよそ三十冊余りの本。全て薬関係の本だと言う。


「おい、起きるのじゃミーガ! ヤヨイー、悪いがミーガが起きたらこの本全部ミーガの中に入れておいて欲しいのじゃ。ワシは他にすることがあるからの」


 弥生が引き受けるとルスカは、紙と筆を用意して手紙を書き始める。


 一方、ルスカが用をしている間、手持ちぶさたのマンとチェスター。

二人はヨミーに害が無いとわかると、ベタベタとヨミーの体を触りまくっていた。


「ナア、コイツラ何トカシテクレヘンカ?」


 急遽の出発だったため、荷物を整理していたナックに助けを求めるが、「知るか」とあしらわれる。

「ルスカサマー!」と泣き言を叫ぶと、家から「やかましいのじゃ!!」と額に青筋浮かべたルスカが飛び出してきた。


「ヨミー、これを持っていつもの村に行くのじゃ。ジジィがおったじゃろ? あやつに渡せばよい。そして、ヨミー、お主はそのまま村の者達と帝都へと行け、よいな?」

「帝都? 行ッテモエエンヤロカ? ルスカサマ」

「今回は緊急じゃ。恐らく魔族どもが襲ってくるじゃろ。その時はお主が皆の盾になるのじゃぞ。攻撃手段は無いが、お主には頑丈な体と対魔法処理がされているから良い盾になるのじゃ」


 盾って、そんな言い方……皆はそう思ったがヨミーは意思があるとはいえパペットである。

嫌な顔一つせずに、早速と森の中へと消えていく。


「ヤヨイー、そっちはどうじゃ!?」


 家の中へ呼び掛けると、弥生とゲップをしながらミーガが出てくる。

ミーガは、ふわりと浮き上がると弥生の胸の谷間ではなくルスカの頭上に乗ってきた。


「どうしたのじゃ?」

「あの姉ちゃん、俺の口に無理矢理本を詰めようとするんだ。ひでぇよ」


 どうやらミーガに随分と嫌われた弥生はズーンと落ち込み暗い。口から出し入れすると聞いたから突っ込んだだけだったのにと。


 一行は馬に乗り込むと、休む時間すら惜しむようにすぐに出発する。

日が落ちても休むことはなかった。

ランプの灯りで夜道を照らし、ルスカの魔法で馬の疲れを回復させつつ突き進む。

マンとチェスターは休みたかったが、ルスカですら起きていて何も言えずにいた。



◇◇◇



 森を抜け、丘を駆け上がり朝靄が晴れてくると、カホが滞在しているママカ村が見えてきた。

戦争中とは思えないほど、変わらぬ牧歌的な雰囲気に安堵するが、これはグランツ王国の国民が戦争という緊張状態であることを知らないのではとも取れた。


 弥生が先にカホのスキルを使い連絡を取っている間に、少し休憩を取る。

馬に水を与えて餌をやる。アカツキが居れば問題なかったことも、馬の水と餌だけでかなりの荷物になっていた。


「連絡来たよ、入口で待ってるって」


 一向は再び馬に乗り、走り出す。


 ママカ村の入口が見えてくると、そこには手を振っている人影が。

馬を走らせ、人影がカホだと分かると、何処と無くホッとするものを感じた。


 村に着き、弥生が馬を降りると「やよちゃん!」とカホが抱きついてくる。

ルスカもチェスターに馬から降ろされると、今度はルスカに抱きついてきた。


 カホの目尻には涙が浮かぶ。二人がどれだけ悲しいのかとても良く分かるからだ。

もし、流星に何かあったら自分だと耐えられない。

二人にかける言葉が見つからない。だから二人の悲しみを少しでも分かち合えたらと抱き締めることしか出来なかった。


 カホがお世話になっている村長の元へと向かい、タツロウとも合流する。タツロウに再度薬を作れるのか確認すると、やはり必要なのは作る薬の名前と調合の比率が必要だと言う。


 時間が無いと、ルスカはタツロウにも協力を頼むと快く引き受けてくれた。

タツロウは本来グランツの王都に住んでいる。

商売をしているだけあってか、顔は広い。

唯一、条件としてタツロウの家族を、まだ若干安全なグルメールに連れて行って欲しいと頼んできた。


 ルスカ、弥生、チェスター、ミーガにタツロウを加えたメンバーでグランツへと向かい、ナック、カホ、マン、そしてタツロウの家族も含めたメンバーはグルメールへと向かうことになる。


 今は、砂漠を渡るなら荷馬車が良いと村長が使わなくなった荷馬車を、貸してくれてタツロウとナック、マンの男手で修理を行い、ルスカ達は、女手は買い出しへと村の商店を訪ねていた。


 砂漠を渡るならそれなりの準備が必要だ。水や食料を大量に買い込み荷馬車へと積み込む。


 荷馬車の側には、コバルトブルーの色をしたショートカットのおっとりとした雰囲気の女性が赤ん坊を抱え、その隣には同じ髪色をした小さな女の子が。

「かわいい~!」と弥生が、その女の子の頭を撫で回す。

ところが、パンッと女の子に手を払われ「なにすんねん! やめてんか!」と怒られた。


 タツロウの娘は、何故か父親に似て関西弁を話すのだった。


 タツロウの嫁と娘を荷馬車に乗せた後、カホは村長に深々と世話になった礼を言い荷馬車に乗り込む。

ナックとマンの二人は御者として前に乗り付けると、夜に砂漠に入りたいために一足先に出発する。


 ここまで来るのに魔法を使い続けたルスカの回復が終わると、村長にお礼として銀貨を適当に十数枚手渡し、チェスターの馬にルスカが、タツロウの馬に弥生を乗せて出発する。


 舗装整備されてない街道を二頭の馬が駆け抜ける。

この街道の先にある王都グランツリーへと向かって。

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