第八話 苛立つ幼女、グランツへ出立する

「ったく、お主らは変わっておらぬのじゃ」


 呆れ返ったルスカは、机をバンバンと杖で叩くことで苛立ちを露にする。

グランツ王国の第二王女と伝手のあるチェスターを連れて行くことは決まったが、まだ戦争と魔族への対応は決まっていない。


 ルーカスは脇に控えていた兵士に地図を持って来るように、そして薬の研究者を探して連れてくるように指示を出す。

地図が来る間、重臣達はルーカスが改めて宰相に就いたことを、前宰相のブリスティンは改易になったことを知って自分達がブリスティンに踊らされていたと自覚してしまう。


 ブリスティンの仕業だとはいえ、レベッカの誘拐や戦争のきっかけを気づきもしなかった重臣達は大いに反省をすると、全力でルーカスを支えると皇帝に誓うのだが、肝心のルーカスはルスカ、そしてアカツキ救出を大前提に動くと堂々と宣言するではないか。


 重臣達も初めこそは、それはルーカス殿でも如何なものかと咎めるが、自分達より上座に控える幼女が“大賢者”のルスカ・シャウザードで、更に後ろに控えているのが“魔王”アドメラルクだと知り、完全に尻込みしてしまった。


 地図が届き、ルーカスは机に広げるとアドメラルクに魔族達は何処から攻めてきそうか尋ねた。

本来ならば教えるはずもない情報だが、事後が終わればルスカは手に入る。

それならば、もう教えても問題ないと頷いた。


「ルーカス殿。魔族のいるドラクマからはゲートを通って来るしかないのじゃ。ワシが幾つか知っておるが、そのほとんどは百五十年前に封を施しておる。アドメラルク。お主はどれ程把握しておるのじゃ?」


 ルスカもそれは気になっていた。マブチがあまりにも神出鬼没なのである。最初に出会ったのはグルメールの街。そこからエルラン山脈に行ったのも目撃されている。

そして最後は別荘に出現した。

待ち伏せしていたのかとも考えていたが、別荘に魔王やルスカが来たのは偶然に近い。

そうなると、偶々出会った可能性があり、それはあの別荘付近にゲートがあることを示していた。


「我が知っておるのは三ヶ所だな。もしかしたら他にもあるかも知れぬが。まずは我が来たゲートはここだな」


 アドメラルクが指差すのは、やはり例の別荘の東側。マブチが撤退していった方向だ。

ルーカスは、その場所に小石のような物を置く。


「もう一つは、ここにあったはずだ」


 続いて指差すのはグランツ王国の北の海の真ん中を指す。


「こんなところに……」とルーカスは驚きながらも、小石を置く。


「最後はここだな」


 アドメラルクが指差すのは、現在戦争が起こっている場所の真北。ただ、戦争が起きているグランツ王国の砦と帝国の砦の北は、断崖絶壁の崖となっており指差した場所に向かうには、崖を降りて再び崖を登り、さらに山を一つ越えなければならない。


「誰にも見つからないわけですね」


 ルーカスは小石を乗せながら、ついつい感嘆してしまう。それほど険しい場所だった。


「ここも可能性があるのじゃ」


 ルスカが続けて指差した所、それはグルメール王国の北。

現在ワズ大公が治めているはずのファーマーの街の北にあるエルラン山脈。

ルメール教と思われたマブチがグルメールの騒動の時に逃げた場所。


「なるほど、全部で四ヶ所ですか」


 最後の小石を乗せる。


「一見するとまるでローレライが包囲されているようだな」


 皇帝は地図を眺めて、まるで誰かがお膳立てたように各地へと攻めいる様な位置にあるゲートに辟易する。

それもなかなか人が行き来しにくい場所にあるため、皇帝もルーカスや重臣もどうするべきか手を打てずにいた。


「ゲートってのは壊せないのですの?」


 いつの間にやらアドメラルクの隣に移動していたレベッカが聞く。行き来しにくいだけであって出来ないわけではない。

しかし、アドメラルク、そしてルスカの答えは否だった。


「無理じゃな。ワシも何度か破壊を試みた事があったが封をするだけで破壊は出来ぬのじゃ。」


 それを聞いたアドメラルクは、常に睨むように鋭い目付きを丸くしてしまう。


「ルスカでも、破壊できない物があるのか?」

「どういう意味じゃ!!」 


 皆の視線は皇帝の玉座のあった場所に集まる。そこに鎮座していた椅子はもうない。


「ゴホン。ま、まぁそれはそれとして、せめてこの帝国近くのゲートの対策をしておきたいのじゃ」


 わざとらしい咳払いで誤魔化し、ルスカは別荘の東の小石を指差す。帝国の軍はグランツに対応しているために出払っており、ここから攻められたら今の帝国にはどうしようもない。


「ドゥワフに力を借りてみては?」


 ようやく重臣の一人からまともな意見が飛び出る。


 ドワーフの国であるドゥワフ。帝国と仲が悪いわけではないが、従属しているわけでもない。


 ドワーフは職人気質が多く気難しい。帝国から使者を送り対応したいのだが、従うどころか素直に話を聞いて貰えるかすら怪しいと皇帝やルーカスは頭を悩ませる。

ルーカスが使者として向かえば口で丸め込んで話を聞いてくれるかもしれないと、重臣の具申に皇帝は首を横に振った。


「ワシも皇帝に同意見じゃ。ルーカス殿、それにアドメラルクには北の戦場を何とかしてもらいたいしの」

「ね、ねー。ロック。あなた、ドゥワフに嫁いだ姉がいるって以前言ってたわよね?」


 緊迫する会議の中、おずおずと声を出したのはチェスターだった。


「え、あ、そ、そうだ! 姉さんがドゥワフに嫁いでたの忘れてた!」

「伝手があるのじゃな。ただドワーフに嫁いだだけじゃ意味ないのじゃぞ?」

「絶対……あ、多分……いや、きっと役に立てるかと……」


 ロックの声が自信なく小さくなっていく。この日、ロックは生まれて初めて謙虚というものを覚えたのだった。


 ルスカは、会議の閉幕に向かい話を纏めていく。ルーカスとアドメラルクは北の戦場へ、レベッカもついていくと言い出したが流石に父親の皇帝に止められた。


 皇帝と重臣そしてロックはドゥワフへの対応とアカツキの薬への調査を指示する。完全に皇帝の立場は無くなっていた。


 ルスカ本人、弥生、ナック、チェスター、マンは一先ずカホと合流して、ナックとマンはカホと共にグルメールへ、ルスカと弥生とチェスターの三人はグランツへと向かうことになった。


「時間は無いのじゃ! 急ぐのじゃぞ!」


 ルスカはヴァレッタに抱えられて謁見の間を退場する。まさに台風一過。ルスカの旋風は、元勇者パーティーの解放と皇帝の威厳と玉座の崩壊で幕を閉じた。



◇◇◇



 ルーカスの家に戻って来たルスカ達は、荷物の準備を始める。アカツキのスキル“材料調達”のミーガもアイテムボックスは健在なのだが、このミーガ、荷物やアイテムの取り出しを口の中からするのだ。

アイテムなどはいいが、流石に口の中から出し入れした食料を食べたくはない。

食料は別で持って行かなくてはならないのだ。


 準備をしているとチェスターとマン、ルーカスの指示で遣わされた研究者の三人がやってくる。

研究者達の目的は、アカツキの薬の材料が何かを調べること。

アカツキの薬の材料を念入りに調べ尽くして記録すると、すぐに帰って行った。


 一晩ルーカスの家で過ごし、翌朝大きな荷物を運ぶために用意された新たな馬に積み込み終える。


「それでは皆様、ご無事をお祈りしております。私もメイラと共に色々調べておきます」


 ヴァレッタに見送られ、ルスカ達は馬を走らせる。チェスターの馬にはルスカが、ナックの後ろには弥生を乗せて。

あとはマン一人を乗せた計三頭の馬は帝都の北から抜けて、まずはシャウザードの森へと向かう。


「弥生、そう言えばミーガは何処に行ったのじゃ?」


 ミーガの姿が見えない。もしかしてルーカスの家に忘れて来たのかと。


「えっ!? ここにいるけど……」


 弥生は自分の胸元を開くとミーガは胸の谷間でスヤスヤと寝息を立てていた。


「こいつ、本当にアカツキのスキルか?」

「あはは。だよね、ワタシもそう思うよ」


 ナックは会話の流れで弥生の胸をチラ見してしまい、顔を赤くして、前へと向きなおす。

きっと、アカツキも自分と同じように見てしまうはずだ、とナックは他に聞こえないように呟く。


 シャウザードの森へと入ると、落ち葉や張り出した根に馬の脚を取られないように慎重に歩みを進める。

三頭の馬はやがて開けた場所へと出てくる。


「ルスカサマヤー!!」


 大きな声と地響きのような足音と共にその巨体が近づいてくる。マンとチェスターはヨミーの巨体にパニックを起こす。


「ひー! ば、化け物!!」

「く……ここが俺らの処刑所だったのか……」


 慌てふためく二人だが、ルスカとシャウザードの森の外で出会った時に、二人は以前ヨミーとも会っている。

その事を忘れており、二人の混乱にヨミーまでシャーッと獣のような威嚇をし始めた。


「なんなのじゃ、これは?」

「私に聞かないでよ」


 チェスター達とヨミーのやり取りを弥生に聞くが我関せずと答えを拒否する。

ナックを見てみるが首を横に振るだけ。


「なんなのじゃ、こやつらは……」


 ルスカは呆れて直ぐに止める気にもなれないでいた。


 二人とヨミーは、そんなルスカを気にも止めずに、いまだにぎゃーぎゃーと騒ぎ続けている。



 ルスカの沸点が達するまで、残り一分を切っているのも知らずに。

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