第七話 幼女、苛立つ
「俺達、何でこんなことになったんだろうな……」
元勇者のロックは、近衛兵に縄を引っ張られ無理矢理立たされる。マンとチェスターも目の前が真っ暗で力無く項垂れるのみ。
すぐに処刑、とはならないものの頼みのルスカに断られ、足掻く力さえ失う。三人がルスカにしたことを思えば当然と言えば当然なのだが
そんな三人を尻目にルスカはヴァレッタとともにルーカスの元へ。
「ルスカ様、どうなされた?」
ルーカスも予定になかったルスカの登場に戸惑いを見せる。ルスカが話す前にヴァレッタが割って入る。
「お父様、朗報です。アカツキの薬を作れる方が見つかりました」
「まことか!?」
初めルスカ達がアドメラルクを連れて戻って来た時は、その様子からアカツキを救出するのは相当厳しいのではないかとルーカスは見ていた。
しかし、調合出来る者が早くも見つかり、ルーカスの表情も少し晴れやかになる。
「ルーカス」
皇帝を完全に無視してしまっていた。ルーカスは慌てて皇帝とルスカを引き合わせる。
「陛下、この方がルスカ・シャウザード様です」
皇帝もルスカの容姿に関して幼い子供だと報告は受けて知っていた。しかし、目の前の幼女は、想像以上に幼い。
アドメラルクなどは、その身に纏う雰囲気で強さは理解出来たが、ルスカに関しては全くピンと来ない。
「そなたがルスカか。儂がレイン帝国──」
「それでな、ルーカス。ワシは今にでもグルメールと向かうつもりじゃ。一分一秒惜しいからの。なので、悪いがこちらはお主とヴァレッタに任せたいのじゃ」
ルスカには一瞥すらされず無視され、さすがに皇帝は怒鳴りだす。
「貴様! 儂を無視するとは、何事だ!」
「喧しいのじゃ! お主になど構っている暇ないのじゃ!!」
ルスカにとって皇帝なんてものは、シャウザードの森から出ていけと催促する喧しい親父程度しかないらしく、ただ苛立たせる対象でしかない。
焦りもあり既に苛立って来ているルスカに更に追い討ちをかける知らせが舞い込む。
「グランツ王国が、進軍!」
急ぎ知らせに来たのだろう、伝令の兵士の息がかなり荒い。
皇帝やルーカスなどは、にわかに信じられないと唖然とするが、ルスカは違う。
戦争など、ただ邪魔にしかならない。
“バーストブラスト”
爆音とともに皇帝の背後の玉座が吹き飛び、近くにいた近衛兵も飛ばされて転ぶ。
いきなり何をするのだと皇帝がルスカを見ると、その顔を見て思わず一歩退いてしまう。
緋色の瞳は輝き魔王紋を出し、藍白の髪は怒気で逆立つ。眉がつり上がり眉間には皺を寄せる。
ギリギリと歯軋りを立てて、怒りを露にしていた。
今の魔法は、ただの八つ当たりに過ぎない。
ギロリと異様な瞳を向けられて皇帝は尻込みしてしまう。ルスカが一歩近づくと皇帝は一歩退く。更に一歩進むと皇帝は更に退く。
あっという間に壁際に立たされる皇帝。
追い詰められた皇帝には納得出来なかった。
自分は何もしていない! グランツが勝手に戦争を始めたのだ! そう、声に出したかった。
「何をしておる……早く、戦争をなんとかするのじゃ!!」
「はいっ!!」
ルスカの鶴の一声で、皇帝は城に残っていた重臣を集めるように指示する。
アドメラルクが伝令の兵士を謁見の間に入れたことで、入口が人一人分開く。
近衛兵が我先にと、皇帝の命を伝えるべく出ていく。
決してこの場所に居たくないわけではない、そう思いたい皇帝はまだ壁際に立たされていた。
僅かに残っていた重臣達が謁見の間に入ると、その異様な光景に言葉を失う。
破壊された玉座、怯える兵士達、引退したはずのルーカス、幼女に追い詰められている皇帝。
誰もが、今の現状を説明してほしいと思った。
異様な光景は更に続く。重臣達が来る頃には謁見の間に中央に置かれた長テーブル。
重臣達は各々座るのだが、本来皇帝が座るべき上座に幼女がおり、自分らが座っている並びに皇帝が。
「へ、陛下これはいったい……」
たまらず皇帝の隣にいた重臣の中でも年輩の髪の毛の薄い男性が、説明を求める。
「シッ! 黙っていろ……儂にもわからんのだ」
結局、テーブルにはルスカをトップに、その後ろに立つアドメラルク、左右に皇帝とルーカスが座り重臣達が続く。
そして、下座の方には何故かロック達が縄で縛られたまま座っていた。
「何でお主らまでいるのじゃ?」
ドスの効いた声でルスカは、ロック達を睨み付ける。正直今はロック達を相手にしている暇はない。
「ほ、ほら。俺達グランツ出身だからさ。色々役に立つかもしれないし!」
「そうそう、首都の美味しいデザートの店とか、ね」
「きっと役に立つ」
三人は額から汗を流しながらルスカの答えを待つ。今、この時しか生き延びるチャンスはないと必死だった。
一方ルスカはというと、今いる面子を眺める。ここは帝国、帝国とグランツはさほど仲が良いわけではない。
ルスカ自身もグランツに行ったのは随分と昔の話である。
つまり、ここにグランツ王国に詳しい者がいないのだ。
「……わかったのじゃ。その代わり役に立つ情報をしっかり出すのじゃ。もし、役に立たないとわかったら……」
「「「わかったら?」」」
それ以上ルスカの口からは言わなかった。三人にも勿論どうなるかはわかっている。
何も言わないことが却って処刑の恐怖を煽っていた。
「頑張ろう。マン、チェスター!」
「うん!」
「おう!」
三人は何でもいい、何か役に立てる情報を出そうとルスカの話に耳を傾けるのだった。
ルスカからグランツ王国が攻めてきた知らせを聞くと重臣達は一斉に動揺を見せる。
宰相だったブリスティンからグランツ王国は攻めて来ないと聞いていた為だ。
重臣の髪の毛の薄い男性から、その話を聞き皇帝は自分の愚かさを改めて知ることとなった。
「ルーカス殿。グランツ王国相手に帝国はどれくらいもつのじゃ?」
「負ける、ということは無いはず。ただ、今の軍がどれ程なのか分からないので一概には言えないが」
ルーカスは全部で四つの急務を掲げる。
一つは言わずもがなであるが、アカツキの救出。
一つはグランツ王国の戦争。
一つはグランツ王国との和睦。
最後にグルメールとの協力を取り付けることだ。
「お主ら、和睦が通りそうなグランツ王国の重臣は知らぬか?」
ロック達に突然、白羽の矢が立つ。ここで、意見を述べられなければ死が待っている。
三人は互いにあーでもないこーでもないと、話し合う。
タイムリミットはルスカが痺れを切らすまで。
それもそれほど長い時間ではない。
だんだんとルスカの表情は険しくなり、三人は焦り出す。焦ると却っていい考えが浮かばない。
「あ、ルスカちゃん。ちょ、ちょっといいかな? 因みにどういう人が適任なのかな?」
チェスターが怯えた声で質問する。
これといって思い浮かばないチェスターは、時間稼ぎのつもりだった。
「そうじゃの。まず、戦争に良い印象を持っておらぬ奴が良いのじゃ。そこそこの権力となるべく直に王に会える人物。そんなところじゃ」
「あ…………いた」
ルスカの回答を聞き、チェスターの脳裏にピッタリの人物が思い浮かぶ。
「イミル様だ。第二王女の」
「イミル?」
反応したのは皇帝の後ろで立って話を聞いていたレベッカだった。レベッカは聞いたことのある名前に、うーんと唸りながら思いだそうとしていた。
「ああ、そうだわ。お父様、ルスカ様。確かにピッタリの人物かもしれませんわ。
かなり聡い方ですし、こう言っては憚れるのですが、王国内でも数少ない国民を想う方だったはず。一度だけお父様についていった時に面識がありますわ」
「おお! チェスター、流石だ!」
ロックが縄で縛られてなければ両手を挙げて喜んでいただろう、その表情は先ほどまでと違い明るく晴れ渡っていた。
「同じ時期に聖女認定取ったから、もしかしたら私のことも覚えているかも!」
「ふむ……ならば、お主はワシについてくるのじゃ」
「え……と、私だけ?」
三人同時に助かるものだと思っていたロックの顔は蒼白になっていく。
チェスターは、ルスカに懇願する。ロックとマンの二人を残してはいけないと。
しかし、ルスカの答えはチェスターのみだった。
「そんな……お願いよ、ルスカちゃん……」
チェスターの目には涙が。ロックもマンも表情には絶望しかなかった。
しかし、答えは変わらない。
「グランツへついてくるのはお主だけじゃ。残りの二人には別のことをさせるからの」
ルスカは誤魔化す様に、音の鳴らない口笛を吹く。ルスカのちょっとした意地悪。
砂漠に置いていったことへのお仕置きだった。
しかし、チェスターは泣き続けロックとマンに謝る。ロックとマンは、せめて親に遺言をと言葉を託していた。
「お主らは、まず人の話を聞くところから直すのじゃー!!」
いきなり怒られ三人は、青天の霹靂だった。
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