第六話 新魔王、宣言する
一方、ドラクマにある魔王の城内外に魔物を引き連れた魔族が、ところ狭しと溢れていた。
その城の最上階にある、本来アドメラルクが座るべく玉座に腰を下ろす少年。
そして、その少年の前で跪く魔族の中から選抜された魔族達。
「時は来た! 弱き魔王に代わり、この俺が今日魔王の座に就く! 不満のある奴は名乗りでよ!」
アスモデスは、父親譲りの金髪を煌めかせながら立ち上がり高らかに宣言する。
多くの魔物がアスモデスを称賛する中、最古参の魔族モルクは果たしてこれで良いものか悩んでいた。
目の前にいるのは、まだ幼い少年だ。
しかし、以前会ったこの僅かな時に信じられないほどの力を手にしていた。
成長、そう呼ぶにはあまりにも急激過ぎる。
本物かどうか疑わしかった。
「モルクよ、不満そうだな」
アスモデスが、その金色に輝く瞳を向けてくる。瞳の中には生まれながらある魔王紋。
魔王の座には相応しいが、それでも躊躇をしてしまう。
前魔王アドメラルクには恩もある。
しかし、魔族全体の悲願である人間どもの殲滅が遅々として進まないことにも苛立ちを感じていた。
「いえ……何も……」
モルクは、顔を上げずにそう言うと「本当か?」と念を押される。
自分の心情を見抜かれるはずがないと高を括っていたモルクは、アスモデスが自分の目の前にまで来ていることに気づいていなかった。
「がぁっ!!」
「貴様、俺を舐めているのか。お前がアドメラルクを探しているのを俺が知らないとでも?」
髪を掴まれ、そのまま床へとめり込まされたモルクは、アスモデスの言葉で裏にマブチが居ることに気づく。
マブチは人間だ。ここで、マブチの名前を出しても自分が人間と手を組んでいたことがバレるだけである。
体を起こそうとするが押さえつけられたまま、動けない。モルクはその身をもってアスモデスの力を知り、周りの魔族も最古参のモルクが無様に這いつくばっている姿にアスモデスの実力を確信した。
「モルクよ、言いたいことはあるか?」
「ぐっ……こ、この身を魔王様に……捧げます。ですから命だけは何卒……」
モルクは誓う。この方こそが魔王に相応しいと。
「があっあああ!!」
一度起こされたモルクは、再びアスモデスの手によって力一杯床に叩きつけられ泡を吹く。
モルクを一瞥するとアスモデスは、玉座の前へと戻っていく。
「さぁ、今こそ人間どもを蹂躙するのだ! 準備を進めよ!!」
城の内外から一斉にうおおぉーっと、地響きを思わせる歓声が上がる。
満足したアスモデスは袖に引っ込むと袖で隠れていた母親のアヤメに抱き締められる。
「立派でしたよ、アスモデス」
母親に褒められて破顔するアスモデスは、ただの少年にしか見えない。
パチパチパチ
「くっくっくっ、モルクのジジィもざまぁねぇな」
アスモデスはアヤメから素早く離れて身だしなみを整える。いつの間にかいたマブチに対して少年なりに見栄を張ったのだろうが、一部始終見られていた。
しかし、マブチはアスモデスをからかうことなく、自分を睨んでくるアヤメを睨み返す。
ヒィッと小さく悲鳴を上げて自分の体を腕で隠す。
相変わらず胸が透けて見える生地の薄い服を着ているアヤメを痴女としか見ていないマブチは、軽蔑した目で見ただけである。
何を勘違いしてやがる、そう内心思ったが今は計画の第一歩が上手くいき上機嫌であった。
「マブチどのには感謝している。俺の使命の一歩を切り開いてくださった。何でも言ってください。出来る限りのことは──そうだ、モルクに変わって魔族達を引っ張っていってください」
アスモデスはマブチをまるで父親を見るかのように尊敬の眼差しで見てきた。
「(使命ねぇ……魔王が何を言っているんだか)」マブチはアスモデスの機嫌を損ねないように頭を撫でてやると、母親に抱き締められた以上に破顔する。
人間が魔族達の上に立つのは不味いだろうと、体のいい断りを入れる。
マブチにとって、出世なんぞどうでも良かったのだ。
「お前は、せいぜい俺を楽しませてくれればいい」
マブチはそれだけを言って、奥へと消えていった。
◇◇◇
「マブチ様」
誰にも見られることなく、城の外へと出たマブチは人目につかないように待ち合わせをしていた森でリリスと合流する。
「首尾は?」
「はい。万事上手く行きました。グランツ王国は帝国を攻めるようです」
「くっくっくっ。これで、魔族と王国と帝国、入り乱れての混戦になるな」
嫌らしく笑うマブチだが、リリスはその笑顔に見惚れていた。
二人は寄り添い森の中へと消えていった。
◇◇◇
時は遡り、マブチが謀って、雨宮 麗華を殺した後、アスモデスとアヤメの前にその姿を現す。
アヤメは突如現れた昔のクラスメイトに驚くが、何よりその当時には考えられないほど、醜悪な面構えのマブチに声を失う。
「何者だ!? おい、侵入者だぞ!」
アスモデスが叫び部下を呼ぶが、誰も来る気配はない。そもそも、今いる場所は城の最上部。そこまで、騒ぎの一つも起こさずに来たのだ。
アスモデスもようやくその事に気づき、アヤメの前に壁になる。
訝しげにマブチをみるが襲ってくる様子はない。アヤメもようやく我に返りアスモデスを守るように抱き締める。
「お前、魔王の息子なのにこのままでいいのか?」
やっと口を開いたと思えば自分に対する暴言に怒りを露にする。マブチを威圧するように魔力を噴出するが、逆にアヤメごと蹴り飛ばされる。
「弱ぇな……魔王の息子が聞いて呆れるぜ」
マブチが一歩近づく度にアスモデスは一歩退く。完全にアスモデスはマブチに飲まれていた。
「もう一度聞く。お前、そのままでいいのか?」
アスモデスにはその意味が分からない。しかし、今の自分は目の前の人間にも劣ると自覚する。
「強く。強くなりたい」
この気持ちだけは、分かった。マブチはその言葉を聞き、ニヤリと笑い、床に腰を下ろし、自分の目の前を指差す。
ここに座れ、そう言われている気がしてアスモデスは素直に従う。
アヤメは何とかしたいと願うが、豹変してしまったクラスメイトが恐ろしく口を出せずにいた。
「お前は知らないだろうが、今の魔王は弱ぇ。このままじゃ魔族の悲願は達成されねぇだろうな」
「悲願……ですか?」
「ああ、それも教えて貰えていないのか。お前の父親は何をしているのだろうな」
父を馬鹿にするなと叫びたい。しかし、それすら言えない自分が情けなかった。
「魔族の悲願。それは人間どもを殲滅することだ。しかし、今の魔王ではもう無理だ。そこで、お前の出番だ。いや、これは使命と言ってもいい。お前が新たな魔王となり魔族の悲願を達成してやれ。そのための力は俺が与えてやる」
「本物ですか!?」
強さを欲するアスモデスの前に、力を与えると餌をぶら下げてやるとアッサリとアスモデスは飛びついた。
「ああ。だから……」
「えっ!?」
「キャアアアアアアア!!」
アスモデスの胸には気付けばマブチの刀が貫いていた。唖然とするアスモデスに金切り声を上げるアヤメ。
マブチはニヤリと笑みを浮かべると刀を引き抜いた。
痛みなど感じず血も出ていない。ただ、不思議と内から沸き上がる力に目を見開く。
アスモデスが特に倒れることもなく、傷もすぐに塞がり安堵したアヤメは、いきなり何をするのかとマブチを睨み付ける。
「こ、これは!?」
自分の力がどんどんと増していく信じられず、すぐに、この力を試したいと武者震いを起こす。
「ふっ。これでお前は無敵だぜ。なにせ唯一魔王を倒せる勇者の俺が味方なんだしな」
「ゆ、勇者!?」
目の前の男が天敵の勇者と名乗り訝しげな目をするが、どちらかと言えば魔族寄りな人間にしか見えず、この後、数度対面するのだが、会う度に絶対的な信頼を寄せることとなる。
アスモデスは知らない。アスモデスがマブチに敵対すると自分の力はいつでも呪いへと変貌するものだとは。
そして、マブチにとってはそれは容易い。例えば目の前のアヤメを殺せばアスモデスは怒り自分に敵対するだろうと。
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