第二十一話 幼女と青年、捜索する

 帝都を出発して二時間、辺りはすっかり暗くなりアカツキ達の持つランプの灯りが鬱蒼うっそうと茂った木々や草むらを映し出していた。


 アカツキ達は、草むらに足を取られないように慎重に馬を進める。

まずは、目標となる川の捜索を始めた。


 その川の上流にあるサワス湖。

そこには皇帝の保養地があり、管理されて食料なども潤沢にあるという。

ロクに食料を持たずに逃げた勇者達なら、レベッカの誘導でそこに来ているかもしれないと、一種の“賭け”に出た。


 賭けが外れたならば、戦争は始まり勇者達はドゥワフ国に逃げ込み、レベッカは殺されている。


 暗く風で葉の擦れる音だけがする森の中を、ランプで周囲を照らしながら目を凝らし川を探す。


「アカツキくん! あっちから水の流れる音がしない?」


 馬を一旦止めて、全員押し黙り耳を澄ませる。微かに、そうそうと流れる水の音がした。


 アカツキ達は馬を進めると、その音は手に取るように耳に聴こえてくる。


「ありました。ここから、上流ですね」


 川に沿って上流へと馬を進めていく。徐々にきつくなっていく坂道に馬も辛そうに一度いななく。

途中少し馬を休め、アカツキ達も休憩する。


「ルスカ、もし魔王がいたら……」

「心配いらぬのじゃ。ワシが魔王を押さえるから、アカツキ達はレベッカとやらを助けるのに集中するのじゃ」


 ルスカはそう言うが、この幼い体で本当に押さえられるのかとアカツキだけでなく弥生やナックも心配していた。


「そんなに不安な顔をするな。ワシが負けるとでも?」


 不敵な笑みのルスカの、その目は自信に溢れていた。


「分かりました。ルスカを信じます。ですから、仮眠を取って早朝に出発しましょう」


 アカツキが木を背もたれにして腰をおろすと、ルスカは座ったアカツキの懐に入る。

ルスカを後ろから抱きしめてやると、そのまま寝息を立て始める。


 やがて弥生もナックも寝入るが、アカツキだけは起きていた。


 川のお陰で木々に覆われた空が顔を出している。

この世界に来てからというもの、星など見たことはない。

空に浮かぶのは、半月だけが輝いていた。


 嫌な予感、胸騒ぎ──ではないが、アカツキの心の中には常に“死の匂いがする”と神獣エイルの言葉が突き刺さっていた。

そして、今宵はそれが強く意識してしまい、それが“賭け”には勝ったのだと確信していた。


(流れ星?)


 眺めていた夜空に一筋の光が地面に向けて流れた。



◇◇◇



 時は遡り、アカツキ達がクリストファーに出会った頃、レイン帝国の帝都では、勇者パーティーの勇者ロックと供のマン、そしてチェスターがアドという金髪の男性を仲間に入れ、アドのお金で酒場で浴びるようにエールを飲んでいた。


「アドさん、アドさん! 色街に出ようぜ」

「ちょっと、ロック! アドさんに変な遊び教えないで!」

「大丈夫、大丈夫。心配ならチェスター、お前も来いよ」


 夜の色街は、ランプの表面に色が塗られており、ピンク色の灯りで染められ色欲の雰囲気を醸し出していた。


「いやっほー、色っぽい姉ちゃんばっかだぜ!」

「ちょっとロック! 止めてよ、恥ずかしい。ほら、マンも何か言いなさいよ」


 テンションマックスのロックは、はしゃぎまくり店前の呼び込みの女性を舐め回すようにジロジロと見て廻る。

チェスターは顔を赤くして注意するが、隣にいるアドが同じようにはしゃがないかハラハラしていた。


「ロック、慌てるな。良い店の情報は得ている」

「いや、そうじゃなくて……」


 マンも見た目ではわからないが、心の中は既にお祭り気分になっている。


 チェスターは、アドが平然とした顔をしているのにホッとしたり、マンと同じように表面に出てないだけかもと不安になったりと忙しい。


 そして、とうとうロックは問題を起こす。男四人組に絡まれている女性を助けて良いところを見せようとしたのだ。


 しかし、女性は絡まれているわけではなくその四人組、SSランクパーティー“虎の穴”に贔屓にされており、ただ女性を中心に囲んでお喋りをしていただけであった。


「おいおい! か弱い女性を男四人での脅して恥ずかしくないのか!? この勇者ロック様が今助けてやるからな!」

「あ!? お前、何を言って……は? 勇者?」


 ロックの様子を終始見ていたチェスターはいつもの行動に呆れ返る。

ロックは無理矢理、女性を引っ張りアドに預け、男達の前に立ち塞がる。


 勇者と聞いて男達は、逃げ出すと思っていたのだが、ここは帝国、相手はSSランクの実力者。

逃げ出すどころか、簡単にロックを殴りとばす。


「きゃあっ! ロック!」

「くそっ! 油断した……アドさん!?」


 ロックを庇うように男達とロックの間にアドが割って入る。

男達にはロックを庇った仲間だと思うのも仕方なかった。


 男達は一斉にアドに飛びかかってくると、アドはロックの腰の剣を抜き、一番近くの男の首を撫で斬りにする。


「きゃああああああっ!!」


 贔屓にしてもらっている男性の首から血飛沫が舞い、女性は悲鳴を上げた。


 周囲も店の中から顔を出したりと、人目が溢れてくる。


 アドは怯んだ隙を見逃さず、男二人を意図も容易く斬って捨てる。

残った一人は、ようやく剣を抜くが時すでに遅く、剣ごと肩から深々と斬られ絶命する。


 悲鳴が色街のあちこちから上がると、ロックは大変な事態になったと慌ててアドの腕を取る。


「お、おい。逃げるぞ。マン、チェスターも急げ!」


 ロック達四人は、急ぎ色街から逃げ出す。帝都にはもういられないと、北へ向かうか南へ向かうか悩む。

北へ向かうと帝国側の砦を抜けなければならず、南のドゥワフ国にいる姉を頼ろうとした。


「馬車は確保したぞ」


 アドは、いつの間にか馬車の側におり、足元には御者らしき男の死体が転がっていた。


「いつの間に……マン、御者を頼む!」

「おう!」


 ロックとチェスターが、馬車に乗り込もうと扉を開けると、そこには怯えた表情の豪華なドレスを着た女性が。


「ほら、早くしろ」


 躊躇うロックとチェスターを強引に押し込むとアドも馬車に乗る。


「出るぞ!」


 事情のわかっていないマンが声をかけ、馬車を走らせる。


「だ、誰よ! あなた達、私が皇て──ふぐっ!」

「死にたくなければ黙っていろ」


 アドの大きな手のひらに口を塞がれた女性は、それでも抵抗しようと腕を退かそうとするが、全くびくともしない。

それどころか、ギリギリと力を込められて死を身近に感じ、アドの腕を掴んでいた手を離す。


「大人しくしていれば危害は加えん」


 アドの言葉に黙って頷くと、顔から手を離してもらえた。


「随分、豪華な馬車よね?」


 乗り込む時も、豪華な装飾か施されていたのを見ていたチェスターは、衝撃を和らげる為にクッション性の高い椅子を触りながら女性を見る。


 黙れと言われていた女性は、発言してもいいものか隣に座るアドを見る。

アドが頷くので、女性は自己紹介も兼ねてチェスターの質問に答えた。


「ワタクシはレイン帝国皇帝の娘レベッカ。皇帝の娘なのですから、これくらいの馬車は当然です」


 自己紹介を兼ねたのは、自分が誰なのかを示すためで、あわよくば腰が及んで、解放されるかと期待してのことだった。

しかし、レベッカの思惑は外れる。

目の前にいる二人は明らかに動揺しているのが見てとれるが、隣のアドという男は微動だにせず表情も変えない。


「おい。降りろ」


 アドに言われて全員降りると、馬車から二頭の馬を外す。

後ろに帝都の南にある森があることから、この中を馬で進むのだろうとレベッカは察するが、次の瞬間自分の置かれた立場が絶望の縁にある事を目の当たりにする。


 アドは、馬を外した馬車を両手で軽々と持ち上げる。


 目の前の男の異常な力を見せつけられたレベッカは、一種の覚悟なようなものを持つ。

それは、この男の存在を父に知らせないと、帝国が大変なことになる、と。


 アドが持ち上げた馬車を二メートル程度の段差になっていた川辺へと叩き落とした。


「ああ~、宝石がぁ」


 壊れた馬車から外れた装飾の宝石を惜しむロック。しかし、アドに「早くしろ」と催促されて渋々馬に跨がった。


「ちょっとぉ、なんであの女がアドさんと一緒の馬なのよー」

「仕方ねぇだろ。気づいたらこの配置だったんだから! 俺もチェスターよりあの女を後ろに乗せたかったよ!」

「なんですって~!」

「俺は、腹が減った」


 緊張感などあっという間に感じなくなり、相変わらずの勇者パーティー。


 そんな三人を横目で見ながら、レベッカは一つ提案する。


「あの。この近くに湖があり保養地となっています。そこには食料も備蓄してありますから、行ってみては?」

「食料!」

「ご飯!!」


 三人は簡単に食い付く。アドに反対されるかとも思ったが、特に何も言われなかった。


 レベッカは上手くいったと思った。保養地には、管理している者達がいる。

その人達から上手く皇帝である父に知らせられればと。


 レベッカの目論見は外れる。


 保養地に着くや否や、アドに保養地を管理している者達が殺された。

唯一残ったのは、勇者達が必死に止めた料理人だけ。


「この人、殺したら美味しいご飯が食べれなくなっちゃう」


という理由で。


 ごめんなさい……レベッカは心の中で泣いた。自分が言わなければこの人達は死なずに済んだのに……と。


 勇者達は、震えながら作る料理人の料理に舌鼓を打ちながら、しばらく滞在することに決めていた。

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