第二十二話 幼女と青年、魔王に邂逅する
優しい日の光が瞼を刺激する。朝露が木々の葉から流れ落ち、いつの間にか眠っていたアカツキの頬に触れる。
目を覚ましたアカツキは、一つ大きく伸びをして、いまだ寝ているルスカを起こさないように自分の懐から退かすと、目の前の川で顔を洗い眠気を取る。
「出発しますから、全員起きてください」
ナックと弥生が体を起こした直後、珍しくルスカも目を覚ます。
「おはよう、アカツキくん……ふわぁ」
「川の水が冷たくて気持ちいいですよ」
弥生もアカツキの隣で川の水に触れると、その冷たさが心地よく、水に濡れた手を瞼にあてる。
まだ眠いルスカは、目覚めるとすぐにアカツキの足にしがみつき顔を隠す。
「ルスカちゃん、ルスカちゃん。川、気持ちいいよ」
濡れた手でルスカの手を掴むと、すぐに払われる。
弥生は面白がって、再び自分の手を川に浸すとそのままルスカの頬っぺたに手をあてる。
「ぴぎゃあ! なにするのじゃ、なにするのじゃ!」
ぽかぽかと弥生を叩くルスカの姿に、この場にいた全員が一時の騒動を忘れて和むのであった。
◇◇◇
再び出発したアカツキ達は、川を遡り、とうとう湖近くまでやってくる。
とても、静かな場所で保養地として使われるのも納得できる光景だった。
キラキラと光る湖の水面に、爽やかなほのかに木の香りが漂う風、川へと流れる水の音と木々の擦れる葉の音だけが聞こえる。
広い草原に、唯一建っている建物。
そこから流れ漏れる嫌な空気間が、全てを台無しにしていた。
「居るの」
何がとは言わずとも、ルスカの意図は全員分かった。
武者震いなのか恐怖からの震えなのか、心の奥底から涌き出る震えを押さえアカツキは、手綱を動かした。
サワス湖の周辺の草原に建つ建物のウッドデッキに置かれた椅子に座り、目を瞑っていたアドは、ゆっくりと目を開き、湖の方からやってくる二頭の馬に視線を送ると、その口元から笑みが溢れた。
重苦しい雰囲気をぶち壊す声が家の中から聞こえる。
「アドさーん、この料理旨いよー」
「ばか、チェスター。そんな甘いの食べるわけないだろ! アドさん、こっちの方が旨いぜ」
建物の中から料理を片手にウッドデッキへと出てきた勇者パーティー。
アドは、ピクリとも反応せずただ一点を見ており、ロック達もその方向に視線を送る。
「あー、ルスカちゃんだ。やほー」
「ば、バカ! 俺達は追われているんだぞ。簡単に顔を見せるな!」
「ロック。それよりも俺達、ルスカを砂漠に置いていったのだから、滅茶苦茶怒っていると思うぞ」
しかし、ルスカは三人のことなどお構い無しに、ただ一点だけを見ていた。
ルスカだけではない。
アカツキ達も一点だけを見ていたが、理由はルスカとは違う。
目が離せないとは、まさにこの事だろうか。
今、瞬き一つ、視線を外せば殺されると。
「落ち着くのじゃ。ワシがいる。手は出させん」
ルスカの落ち着いた声で、フッと何かが軽くなる。
しかし、既に背中は冷や汗でびっしょりと濡れていた。
今まで感じたことのない悪意と殺意の視線を向けられ、体躯はアカツキと変わらないはずが、改造魔族より大きく感じられた。
神獣エイルの時は畏敬の念を抱いたが、今はただただ圧倒的な威圧感で恐怖するのみ。
「アカツキ」とルスカの一声で、馬を進める。
ルスカとアドの二人は、ハッキリと顔の見える位置にまで近づく。
「久しぶりじゃな」
「ああ、久しぶりだ。ルスカ・シャウザード」
お互いに不敵な笑みを浮かべ、一言だけ交わすと、ルスカは勇者パーティーへと視線を移した。
「お主らも久しぶりじゃな」
「あ、ああ。え? でもアドさんと知り合いなのか?」
ロックの言葉からいまだにアドの正体を知らないことが伺い知れると、ルスカは呆れ返ってしまう。
このまま、黙っておいてやるのが、優しさなのかも知れないが、ルスカがそうするはずもなく。
「お主ら、なぜ魔王と一緒におるのじゃ?」
「え、ルスカちゃん何言ってるの? 魔王ってアドさんが? 魔王アドメラルク? あれ、アドメ……」
恐る恐る三人は、アドに視線を向けるとニヤリと不気味に笑みを見せられ、ようやく気づく。
「ええええ!? アドさん……じゃなかった。アドが魔王アドメラルクぅぅぅ!!?」
目玉が飛び出るのではないかと思うくらいに、驚き腰を抜かした三人。
そして、自分達の立場が窮地に追いやられていることも気づいた。
結果だけみれば、勇者パーティーが魔王と手を組んでギルドパーティーを殺しただけでなく、皇帝の娘も人質にしていると。
これが広まれば自分達は、帝国だけでなく世界の敵になる。
「お、お、俺達は悪くない。悪くないぞ。アドさん──じゃなかったアドが勝手にしたことだからな!」
「お主らが何と言おうと、お主らを巡って戦争にまで発展しておる。諦めるのじゃな」
「せ、せ、戦争!?」
そこまで悪化していると想像出来なかった三人は、もはや魂の抜け殻状態で、再びアドメラルクに視線を変える。
「さてと、アドメラルク。お主の目的はなんじゃ?」
「目的?」
アドメラルクはウッドデッキの柵を簡単に飛び越えると、そのままアカツキ達の真ん前まで近寄ってくる。
全くの手ぶらで、警戒心のあまりのなさにルスカ以外に眼中にはないと言っているようだった。
「我の目的は、お主だよ。ルスカ・シャウザード」
「なにっ!? まさか、百五十年前の仇打ちか? なんとも矮小じゃな」
「いいや、違うな」
ルスカだけをジッと見つめ、それ以上何も言わないアドメラルクに対してアカツキは、行動に移す。
後ろにいる弥生に対して馬から降りるように身振りで背中越しに伝え、同じようにナックにもアドメラルクから見えないように、建物を指差す。
緊張に押し潰されそうになりながらも、弥生は馬を降りてナックと共にゆっくりと移動するが、二、三歩でその動きは止められた。
アドメラルクに視線を送られただけで、足が動かなくなる。
必死に動けと念じるが、体が拒否しているようだった。
レベッカの安否だけでも確認出来ればと思ったが、アカツキの思惑は外れてしまう。
アドメラルクがルスカにしか興味を抱いていないようなので、もしかしたらと思ったのだが、甘くはなかった。
「ったく……アドメラルク、キモいのじゃ。余りジロジロ見るな!」
「ふふ……すまんな。あまりに上手く化けているのでな、魅いられてしまっていたのだ」
緊張感の高まる中、アドメラルクとルスカの挙動に一挙手一投足見逃さないようにしていたアカツキは、“化ける”という言葉にルスカがほんの微かに反応したのに気づいた。
「ルスカ・シャウザード。我と手を組まぬか? 我らが手を組めば、この世界は思いのままだぞ?」
堂々と胸を張るアドメラルクが差し出してきた手を、いとも簡単にルスカは、杖で払い除ける。
「お主、アホなのか。ワシが、そんなことを望むとでも? お主と一緒にするな!」
「そうだな……我と一緒……か。ふふ、ならば同じではないか。同族という意味でな、そうだろ“先代魔王”ルスカ・シャウザードよ」
アドメラルクの表情が冷静な微笑から、一気に醜悪に両口角を上げて嗤う。
「ルスカが、“魔王”?」
アカツキからは懐にいるルスカの表情は、よく見えない。
だが、ルスカから一度歯軋りが聞こえる。
「ワシは……ワシはルスカ・シャウザード。それ以外何者でもないのじゃ!」
「ならば聞こうか。おい、そこの男。お前は転移者だろ?」
アドメラルクに声をかけられアカツキは、心の動揺が押さえられずに返事をすることが出来ず頷くのみ
そんな状態なのは、お見通しなのだろう、アドメラルクは話を勝手に続ける。
「やはりそうか、魔力を感じられんしな。良いことを教えてやろう。帝国がなぜ転移など高等な魔法を使えるかを」
「やめろ!!」
ルスカが大声で遮るが、アドメラルクは容赦なく続ける。
「その転移魔法を帝国に教えたのは──」
「やめるのじゃあああああぁぁぁぁ!! アドメラルク!!」
「他でもない。そこにいる、ルスカ・シャウザードなのだぞ!」
「やめてくれ……」消え入りそうな泣き声で、ルスカはそう呟いた。
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