第十四話 幼女、懐かしの森へ

「そうかぁ……覚えてへんかぁ」

「アカツキ~、カホが水欲しいって言ってるのじゃ」


 すっかりテンションが地に沈んでしまったタツロウと話していた中、ルスカが水を求めてやってくる。

ルスカを見たタツロウのテンションは再び急上昇した。


「あれ? んー……あ、そやそや! ルスカサマやないか! いやぁ、久しぶりやなぁ」

「アカツキ、この馴れ馴れしいの誰じゃ?」

「ルスカサマまで、ひでぇ。タツロウですよ、タ・ツ・ロ・ウ」


 再びテンションが落ちるものの、ルスカが手を合わせ、思い出した素振そぶりを見せたせいで、元のテンションに持ち直す。


「思い出したのじゃ。あのタツロウか」

「どのタツロウかわからんけど、そうですわ。あのタツロウですよ」


 テンションが上がったり下がったりと忙しい上に馴れ馴れしいタツロウをアカツキは、関わりたくないと気づかれないように後退りする。


 しかし、彼は自分とクラスメイトだと、それは弥生やカホともということだ。

それに、アカツキはルスカとの関係にも気になっていた。

断腸の想いでタツロウに話かけるアカツキ。


「えーっと、タツロウ? さん。ちょっと話いいでしょうか」

「タツロウでええって。それに田代、お前そんな喋り方やったっけ? それで話ってなんや? あ、田代、まだ俺の名前うろ覚えやろ? ええ加減思い出してぇなぁ」


 一、話かけただけで五は帰ってくるタツロウにうんざりするアカツキだが、今後の糸口になるかもしれない為に、唇を噛みしめ耐える。


 一旦四人掛けのテーブルに腰掛けた面々は、弥生とカホのこと、そしてカホの現状をタツロウに伝えた。

タツロウからも、ルスカと以前出会った話を聞き、前にルスカが出会った転移者が彼だと理解した。


「そうか三田村と曽我もおるんか。そいじゃちょっくらお見舞いにでも……ってなんやねん」


 お見舞いに行こうとしたタツロウの服をアカツキが掴む。タツロウはいきなりの事にちょっとムッとしていた。


「さっきも話したように、安静にしなくてはいけないのです。あなたが行って安静に出来るとは思えないのですが?」


 アカツキもカホの事を思い少し睨み付けるような目付きでタツロウを諌める。


「そやな。田代の言う通りや。俺が静かにしているところなんか、俺も想像でけへんわ! あははは!」

「部外者の俺がいても仕方ないからな、ヤヨイーだけなら大丈夫だろ。ヤヨイーと看病、変わってくる」


 正直今後の事もあるのでナックには残ってもらって欲しかったが、今カホを一人には出来ず、アカツキはナックにお礼をいうと、ヒラヒラと手を振り、弥生を呼びに行った。


 ナックと入れ替わりで来た弥生は、タツロウを見て驚く。

その後、自分の事を覚えていないアカツキを、告げ口したタツロウに弥生は、いつものことだよと、アッサリ返した。


「なんやぁ、田代あるあるなんか。気にして損したわ。結局、田代が覚えてたんは三田村だけかい」


 確かに弥生が知る限りでは、転移者でアカツキが覚えていたのは自分だけだ。

そう思い、思わず嬉しくてニヤついてしまう。


「ふーん。なんかええ雰囲気やな。田代、三田村と付き合っとんの?」

「付き合ってませんよ」


「えー、ほんまかぁ?」とアカツキの顔を下から覗き込んでくるタツロウに、アカツキは顔を背ける。


 アカツキの自分に対する気持ちは知っているからか、弥生は笑みを崩さない。


「大体、タツロウはここに何しに来たんじゃ」


 アカツキ達の会話を、頬杖をついて聞いていたルスカは、いい加減にしろと言わんばかりに、割って入ってきた。


「ルスカサマ。そりゃ、俺と言えば商売、商売と言えば俺やからね。商売しに来たに決まっとる」

「ここには長く居るのですか?」

「うーん、予定では三日間くらい考えとるよ」

「実はですね……」


 アカツキは、先を急がねばならないため、カホの体調が戻るまで弥生と側にいて欲しいと頼む。

弥生は、自分が置いていかれると思わず、話を聞き目を丸くして驚き口を挟もうと立ち上がるが、何も言わずに再び座る。


 確かにカホを一人置いておくわけにはいかないし、女性であるカホをタツロウに看病させるわけにはいかない。

わかってはいるが、やはり寂しい。


「三田村!」


 タツロウの言葉で顔を上げた弥生に、いつになく厳しい表情の顔が目に入る。


「いいか、我慢はあかん! この世界はな、やりたいこと、言いたいこと我慢したらあかん! ちょっとした先に何があるかわからへん世界や。

だからこそ、言いたいことを我慢するのはあかんのや! と、常日頃俺は娘にそう言ってるんや」

「え、お子さんがいるんですか?」


「気になるの、そこかい!」とツッコミながらタツロウは話を続ける。


「嫁はんも、娘も二人おるでぇ。嫁はん達も今回は一緒に来とる。

だから、曽我のことは嫁はんに見てもらう。

三田村。お前は田代についていきたいんやろ! はっきり、そう言わなあかんで」


 カホは、ただの仲間じゃない。ずっと、親友で一緒にいた大事な人。

だから、人任せには出来ない。

だけど、タツロウの言うこともわかる。


“ちょっとした先に何があるかわからへん世界”


 自分自身、経験していたではないか。麻薬で苦しみ絶望に暮れていたではないか。

したいことも出来ず、言いたいことも言えずに……


 弥生は、今回はタツロウの言葉に甘える決意をした。

カホには、謝ればいい。

アカツキの方に顔を向け、弥生は言う。


「私、私はアカツキくんと一緒に行きたい」と。


 アカツキは返事をしない代わりにタツロウに看病をお願いし、頭を下げた。


「奥さんにカホさんの看病をよろしくお願いします。それと……」


 アカツキはどこか言いにくそうにしている。


「なんや、今言うたやろ。言いたいことは言わなあかんて!」


 笑顔でタツロウは、アカツキに促し、そしてアカツキは一言。


「思い出せずに、すいません」

「そっちかい!?」


 タツロウの手刀が、下げたアカツキの頭に飛ぶ。


「痛いですね、なにするんですか?」

「アホか、ツッコミが痛いわけあらへんやろ。って、ルスカサマに三田村、何笑っとんねん」


 先ほどまで、真剣に話をしていたのがいつの間にか、アカツキとタツロウのやり取りに場が和み、ルスカと弥生は、笑いを堪えていた。


「まぁ、ひとまずカホに伝えねばならぬのじゃ。タツロウ、お主も来い。静かにな」


 ルスカは椅子から飛び降りると、そそくさとカホの元へ向かい、アカツキ達も後に続く。


「そう……やっぱり私は駄目か……」


 想像は出来ていたが、ベッドで横になっているカホから、ため息が漏れる。


「カホさん、すいません。時間があれば良かったのですが」

「田代くんが、謝ることないよ。それにしても上原くんと会えるとは、思っていなかったよ」

「どういう意味やねん、曽我」


 思わず手刀を繰り出そうとしているタツロウの腕を、アカツキに掴まれ、カホが病人であることを思い出す。


「だって、迂闊っぽいし、人の話あんまり聞かないし」

「うっ……それは、たまに嫁はんに言われる……」

「やよちゃんもついて行くんだよね?」

「カホ、ごめんなさい」


 弥生はカホの手を握り頭を下げると、目頭が潤む。


「ううん、私は大丈夫だから。それに、治れば追いかけるから。それと田代くん、これを」

「なんですか、これは?」


 カホが渡した紙には、何やら色々と説明が書いてある。


「あのね。私の名前をで紙に書いてくれれば、私と連絡が取れるの。私のスキル“通紙”で」


 カホ曰く、紙と紙で、文字のやり取りが出来るものらしい。

カホの名前を日本語で紙に書けば、カホの近くに紙があれば、誰が書いたかわかり、カホの許可が出れば紙での文章のやり取りが出来るとの事だ。


「もしかして、端からこれを教えてもらっていたら……」

「うん、砂漠で離ればなれなってもすぐに合流できたかも」


 砂漠の厳しさを教え忘れたアカツキ。自分のスキルを教え忘れたカホ。

お互い忘れなければ現状には至らなかったはずだ。


「アカツキ、準備出来たぞ」


 出発の準備を先にしていたナックから報告が入り、アカツキ達は部屋を出る、その直前カホの方を見て「いってきます」と伝えたのだった。


 見送りに来たタツロウに、再びカホのことをお願いしてアカツキ達はママカ村を出発するがすぐに戻ってくる。


「どないしたん?」

「はい。忘れていたことが。馬渕と雨宮には、気をつけてください」


 アカツキは、馬渕と雨宮との出来事を伝える。既に雨宮はいないのだが。


「あの二人がねぇ。よっしゃ、わかった。気を付けるわ」


 アカツキは再び皆と合流し、今度こそ本当に出発する。


 一つ丘を抜ければ、そこはシャウザードの森の入口。そう説明したルスカにとって、懐かしき森へと向かって行った。

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