第十三話 カホの離脱

 昼間には灼熱の日射しが降り注ぐザンバラ砂漠も、夜は気温がグッと下がり非常に涼しい。

むしろ、肌寒さを感じるほどで、全員防寒用のローブを羽織っていた。


 途中で進路を北へと戻したものの、だいぶ西側へと傾いており、グランツ王国内を進まねばならない。

東へと舵を切りたいが、砂漠を長く進まねばならない。


 もう、砂漠はこりごりだとカホなどは嘆くが、帰りも通らないと帰れないと話すとウンザリして押し黙ってしまった。


「魔物に出くわさなかったのは、幸いでしたね」


 アカツキの言うように、本来なら魔物にも注意しなくてはならないザンバラ砂漠だが、先日の豪雨もあってか生き物の姿もあまり見かけないくらいだ。

その代わり、砂漠の所々で緑が見える。


「そう言えばルスカちゃん。ルスカちゃんの住んでいた森ってどんなところなの?」

「うーん、木があって、川があって……他には何もないのじゃ」


 アカツキの背中に頭を預けたまま、砂漠の緑を見て弥生が質問するが返ってきた答えは、大した情報はない。


「パペットが居るのですよね?」

「ん? ああ、ヨミーじゃな。恐らくいるのじゃ」

「恐らくって?」

「あやつの事じゃから、寂しくてワシを探しているか、帝国側の近隣の村に遊びに行っているかしとるじゃろうな」


 ルスカが作った四十三番目のパペットのヨミー。一人で森に住んでいた頃、ルスカの身の回りの世話をしていた思考し、喋るパペットである。


「おい! 喋ってねぇで、早く行くぞ」


 話に集中して、ナックに離されたアカツキ達は、急ぎ追いかけていくのだった。



◇◇◇



「あつーい。やっと砂漠抜けたねぇ」


 カホは、シャツの胸元を指で開き風を取り込む。


 砂漠を抜けてきたアカツキ達は、休憩を兼ねて木陰で涼んでいた。


 とは言っても砂漠に近い為か、暑さはあまり変わらないようにも思える。

ルスカを始め女性陣は、少し場所を移動して汗でびっしょりになった服を着替えていた。


 着替えを終えた三人が戻ってくると、アカツキはおにぎりと水の入ったコップを手渡す。


「まだ、ちょっと頭痛いかも……」


 歩けるくらいには体調を回復した弥生とカホだが、気分は優れず完全にとはいかない。

熱中症でもあった二人を休ませたいが、時間もそれほど猶予があるわけではないのだ。


「カホさん。途中で村があるのですが、そこで新しい馬を購入しようと思っていたのですが……大丈夫ですか?」

「え、あはは。大丈夫、大丈夫。もうちょっと休めば回復すると思うよ」


 へらっと笑って見せるカホ。アカツキはその顔が無理をしていないかジッと観察するが、それほど付き合いのあった相手ではない為、見抜くのがなかなか難しい。

ならば、昔から仲がよかった弥生ならどうかと、弥生を見るが、ルスカと話をして全くこっちに気づいていない。


「わかりました。くれぐれも無理はしないでくださいね」

「はーい」


 元気のあるカホの返事を聞きアカツキは、出発しようと皆に声をかけた。


 アカツキ達が現在いる場所は、砂漠の影響か砂地の多い平野で道らしきものは整備されておらず、シャウザードの森に向かう途中にある村に立ち寄る予定があるのだが、街道を見つけないと通りすぎる可能性もあった。


 出発したアカツキ達は、街道らしきものを探しながらゆっくりと進む。

時折カホの様子を確認していたアカツキだが、相変わらずの元気さでホッと一息つく。


「あそこ、街道じゃないか?」


 ナックが指を差した先には、ここから緩やかな上り坂の先を一台の馬車が横切る。


「多分そうですね、行きましょう」


 アカツキ達は上り坂を馬で駆け上がると、他の場所に比べて整備されているような道に辿り着く。


「カホ?」


 ナックの声にアカツキが反応してカホを見ると、ぐったりとナックにもたれかかるその顔は真っ赤になっていた。


「いけない! 熱があります」


 急ぎカホの額に手をあてると、かなりの高熱と体温計など使わずともわかる。


「ナックさん、村まで飛ばします。落ちない様にカホさんの手を繋いでください」

「おう!」


 村へと街道を急ぎ駆け抜ける。先ほど通った馬車も追い越す勢いで。


「あれ? 今のどこかで……」


 馬車を抜き去るとルスカが呟くが、アカツキも弥生もそれどころではなく聞こえていなかった。



◇◇◇



 小さな牧歌的村は木の柵で囲われており、入口にはママカ村と書いてある。

特に警備している者などはおらず、そのままママカ村へと入ったアカツキ達は、急ぎ宿を探す。

しかし、小さいママカ村に宿らしきものは無く、店でも雑貨屋が一軒あるだけ。


「困りましたね……」

「アカツキ、村長に聞いてみるのじゃ」

「そうですね」


 この手の小さな村の村長には、村内の大きい小さいに関わらず、相談事が多く寄せられる。

そのため、よっぽど村が好きかお人好しくらいしか村長になりたがらない為、意外と旅先でお世話になることが多いのだ。

恐らく旅人の仲間が病気で……なんて事もよくある事だろう。


「ほうほう……お仲間が。それは大変でしょう。どうぞ遠慮無くウチでお休みください。なーに、よくある事です」


 村の人に村長の家を尋ね、訪れたアカツキ達を、ママカ村の老齢の村長が暖かく迎え入れてくれる。


「田代……くん、ごめんなさい……」


 謝るカホを借りたベッドに急ぎ寝かせると、呼吸が荒く、熱も高いままで着替えた筈の服も汗で濡れていた。

看病は任せてくれればいいからと弥生とルスカは、アカツキとナックは部屋から出す。


 村長の恰幅のいい妙齢のおかみさんに頼み、台所を借りたアカツキは、残っていたおにぎりと水でお粥を作り始めた。


 出来上がったお粥をおかみさんに託す。アカツキはナックとこれからの事を相談しなくてはならないからだ。


「カホは、離脱だな」

「えぇ、残念ですが、そうなりますね。時間があればここに滞在して回復を待つのですが。ただ、一人ここに残す訳にもいきません」


 ルスカはこれからシャウザードの森を抜けるのに必要。かと言って弥生と女性二人で残すのも心配である。


「やっぱり、弥生さんとナックさんに残って頂いて、私とルスカで」


 アカツキが残るという手もあるが、旅の荷物は重い。馬車を借りるとしても森の中を馬車で通るのは、さすがに無理があった。


 村長はいつまでも居ても大丈夫と言ってくれるものの、ずっと甘える訳にもいかない。

それに村長自身は、お人好しそうな印象を持つが、村の人全てがそうとは限らない。

ましてや若い女性だ。

危険は、村の外からやってくるかもしれない。


 少し村の様子を見に行き、今後どうするのか決めようとなり、アカツキとナックは村長の家から出かけようとした。


「村長ー! 今回も商売させてもらうで」


 独特のイントネーションな声が聞こえると同時に、アカツキ達より先に扉が開かれ、お互いにぶつかりそうになる。


「おっと……すんまへん。まさか人が出てくるとは思いもよらんかってん」


 突然扉を開けた男の独特なイントネーションには、アカツキは聞き覚えがあった。

長く聞いていない、しかし確かに昔聞いたことが。


「関西弁?」

「お、なんや兄ちゃん。よう知っとるなぁ…………って、兄ちゃんどっかで……」


 ジロジロと舐め回すように自分を見てくる男性に不快感を覚えながらも、アカツキにもその男性に見覚えがあった──気がする。


「なぁ、兄ちゃん。名前は?」

「田代。田代 暁」


 関西弁を話すことからこの男性が同じ転移者なのだろうと踏んだアカツキ。

だが、軽いノリのこの男性に、苦手意識をアカツキは抱く。


「お、おおお! 田代、田代か。俺や、俺。上原や! 上原 辰郎や! いやぁ、久しぶりやなぁ。やっぱり転移したん俺だけやなかったんやな! 会えて嬉しいで、田代!」


 デカい声とアカツキの肩をバンバン叩いてくる上原 辰郎。

そう、昔ルスカがアカツキに出会う前に出会った転移者タツロウである。


 一方的に喋るタツロウのノリについていけないのか、アカツキはただボーッと突っ立っていた。


「なんや、なんや。まるで知らん人に話かけられたみたいにボーッとして。もしかして覚えとらんかったりして!」

「すいません。覚えてないです」

「そうかぁ! やっぱり覚えてへんかぁ! あははは、って、なんでやねーん!」


 渾身のタツロウのツッコミがアカツキの肩に入る。

しかし、アカツキは無反応のままだ。


「あははは……あれ? まじで覚えてへんの?」

「はい」


 タツロウのテンションはお通夜並みに静かに沈んでいくのだった。

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