第十五話 幼女の帰還

「久しぶりの景色なのじゃー」


 丘の上から見渡される深緑のシャウザードの森に、ルスカは哀愁を感じていた。

初めてシャウザードの森を見た面々は、想像以上広大な森に驚嘆の声をあげる。


「これは、思っていたよりも広いですね……」

「確かにこれだけ広いと、軍が通るのもちょっと骨が折れるな」


 ルスカ曰く、自分がいないと通り抜けられないという話だったが、ナックの言うように広さだけでも苦労しそうだ。


「ルスカ案内お願いしますね」

「任せるのじゃ!」


 胸を叩き張り切るルスカを乗せてアカツキ達は、森のすぐ側にまでやってくる。

そのまま森へと入っていこうと馬を進めるアカツキをルスカが制止する。

なんでも、ここから入っては辿り着けないという。

森の周りを回ってほしいと言われて、森に沿って進んでいく。


「ここじゃ! まずは、ここからなのじゃ」


 ルスカの指示通りに馬を一旦降りて、手綱を引いて森へと入った。


 アカツキ達は足を踏み入れた途端に奇妙な感覚に囚われる。

まるで、動く歩道の上に乗った見たいに体が勝手に進んでいく感覚に陥る。


 気づけば周囲は木々に囲まれた森の奥で、アカツキ達は戸惑う。しかし、これが当たり前だとルスカは、次の進む道を探す。


「次はこっちじゃ」


 先導するルスカに遅れまいと後をついていくと、再び同じ感覚が。

ワープとでも言えば良いだろうか、同じような事を繰り返していく。

確かに、これではルスカが居ないと抜けれないだろう。


「ワシに会いに来た者か? 指で数えるくらいしかいないのじゃ」

「確か、今の勇者パーティーってルスカに会いに来たんですよね?」

「あれは、ワシが偶然森の外から帰ってきた時に会うたのじゃ」


 勇者パーティーの顔を思い出したルスカは、苛立ってその辺りの木に蹴りを入れる。

宥めるためにアカツキは、ルスカを抱き上げてやった。


「さぁ、次はどっちです?」


 ちょっと機嫌を取り戻したルスカの指示に従い、アカツキ達は森の奥へと進んでいった。


 何度、体が勝手に進んでいく感覚に陥っただろう。

今、アカツキ達の目の前には、花畑と小屋が一つある広い空間が見えていた。


「もしかして、ここが?」

「うむ、ワシが住んでいたところじゃ」


 アカツキの腕の中から飛び出ると、ルスカは真っ先に小屋へと向かう。

一面の花畑をルスカはお構い無しに踏んで行くが、なるべく踏まない様に後を追うと、ルスカは一度扉を開き小屋の中を確認すると、再びアカツキ達の所へと戻ってきた。


「どうしました?」

「ヨミーの奴がいないのじゃ。どこか出掛けたんじゃろ」


 そうルスカが話すや否や、重厚な音と共に森の奥から何かが近づいてくる。

徐々に見えてきたその巨体に、アカツキもナックも弥生も驚きの余り口を開き動かない。


「ルスカサマーー!!」


 普段は、なるべく避ける様にして歩くが、余りの嬉しさに木々をなぎ倒して迫ってくる、四十三番目のパペット、ヨミー。


「相変わらず、喧しいやつ──のわっ!」

「ヤッパリ、ルスカサマヤァ! ワイノ鼻ニカカレバスグニワカンネン!」

「やめろー! 回すなー! それにお主、鼻無いじゃろぉ」


 ヨミーは、ルスカに迫るとフードに三本しかない指の一本を引っかけて、ぐるぐるとその場を回り出す。


「やめ、やめ、ろ、目が目が、回るのじゃ」

「ワーイ、オ久シブリデス! モウ、帰ッテ来ナイカト……ワイ、ワイハ」

“バーストブラスト”


 ヨミーの足元に向けて魔法を撃つと、足がもつれて倒れる。

フードからヨミーの指が外れたルスカは、そのまま空中を飛び偶然にアカツキの頭にしがみついた。


「お帰りなさい、ルスカ。あれがパペットですか」

「すまぬの。久しぶりにワシに会えて興奮しとるのじゃ」

「パペットなのに?」


 いまだに興奮冷めやらぬヨミーだが、改めてアカツキ達に挨拶するように、ルスカにきつく言われてアカツキ達と対面する。

その大きさにアカツキ達は、圧倒されていた。


「まるで、ロボットね。アカツキくん」

「そうですね。それに大きいとは聞いていましたが、これほどとは」

「ほれ、ヨミー挨拶するのじゃ!」


 ヨミーは、アカツキ達をジッと見る。いや、ヨミーの顔の目の位置辺りにそれらしいものはあるが、それが目なのかどうかわからない。

ただ、穴が二つ開いているだけ。

まるで、お祭りのお面のように。


「ルスカサマ、ルスカサマ」

「なんじゃ、早くするのじゃ」

「コノ人達、勇者パーティーデスヨネ? 前ニ挨拶シタヤン」


 確かに勇者パーティーは、今のアカツキ達と同じ男二人と女一人なのだが。


「アホなこと言うな! アカツキ達をあんな奴らと一緒にするとは何事じゃ! お主の目は節穴か!」


 確かにヨミーの目は、間違いなく節ではある。なにせ、穴が開いているのだから。


 ルスカは、ヨミーに出て行ってから今まであったことを話をする。


「ルスカサマヲ、砂漠ニ捨テルナンテ! アイツラ酷スギルワ!」


 ヨミーが足踏みして怒り出す。


「ヨミーさん」

「ナンヤ、アカツキハン」

「今までルスカを守ってくれてありがとうございます」


 アカツキは、ヨミーに対して面と向かって立ち上がり、深々と頭を下げた。

別段、深い意味などない。

ただ、こんな何も無い場所でルスカと一緒に暮らしてくれたこと。

何よりルスカと出会えたのもヨミーのお陰であることに礼を言いたかった。

アカツキにとってルスカはもう大事な家族になっていた。


 初めルスカは、何故ヨミーに頭を下げたのかわからなかったが、アカツキがそれ以上、頭を下げた理由を話さないことが、自分を大切に思ってくれている愛情であると気づき、顔が赤くして照れていた。


 ルスカは、アカツキの足にしがみつき、顔をくっつけて隠すのだった。



◇◇◇



「アカツキ、こっちじゃ」


 夜になるにつれ、白くぼんやりと光る植物が辺り一面に広がる。とても幻想的で、ホタルだろうか空中をヒラヒラと舞う光も見える。

弥生などは、その光景に見惚れナックすらも感嘆の声をあげた。


 一方アカツキは、ルスカに腕を引っ張られ小屋に入ると、小さなベッドとテーブル、そして壁一面に本が並ぶ。

本棚は、七段の高さにびっしりと敷き詰められ、そんな本棚が隙間なく壁を埋め尽くしていた。


「凄いですね。これ全部読んだのですか?」

「時間はあったからのぉ」


 三百年。果たしてそれだけの悠久とも思える年月を自分だったら過ごしていけるだろうか。

ふと、そんなことを考えると、改めてルスカへの愛情が湧く。

色々と経験をさせてあげようと。


「アカツキ、こっち、こっちじゃ」


 キャスターのようにタイヤの付いた脚立を押しながら、一つの本棚の本を脚立に登り一冊抜く。


「これじゃ」


 とても古い本をルスカは渡してくる。しかし、アカツキが驚いたのはその古さではなく、表紙。

何が書いているのかは、わからない。

ただ、わかるのはそれが日本語ということだけである。

製本の仕方も古い。


「ちょっと、待ってください。弥生さんを呼んできます」


 小屋の外から弥生を呼んできたアカツキは、一緒に渡された本を確認する。


「弥生さん、読めませんか?」

「無理だよ~、達筆なのかな、所々の漢字はわかるけどさ。ほらここ、“一両二分”って書いてある。昔のお金の単位だよね?」


 筆で書かれた文章に二人は苦慮する。いくつか読める箇所はあるものの何の本だかわからない。


「ルスカ、これをどこで?」

「それは、前の勇者の忘れ物じゃ」


 可能性はいくつか考えられたが、やはりこの本の持ち主と考えるのが一番自然だろう。

そうなると、前の勇者は転移者となる。それも日本からの。


「はぁ~、凄いね。今から約百五十年前にも日本人が来てたんだね。明治維新の頃かな」

「いや、もっと前でしょ。いきなり来ていきなり魔王を倒したんですか。それはないですよ」


 どことなくこの本の持ち主にシンパシーを感じる二人。


「ルスカ、この本の持ち主の勇者は、魔王倒したあとどうさたんですか?」

「わからぬのじゃ。ある日忽然とその本を残して消えてしまったのじゃ……」


 ルスカは、どこか寂しそうな顔をしていた。アカツキと弥生は、ルスカを抱き締める。


「ルスカ、あなたには今私も弥生さんもいます。そんな悲しそうな顔をしないでください」

「へ、平気なのじゃ。別に寂しくなんてないのじゃ! ただ、リョーマの奴が今頃どうしているのかと思っただけじゃ」

「……ん? ルスカ、今何と? リョーマ?」

「そうじゃ、前の勇者の名前はリョーマじゃ」


 アカツキと弥生はお互いに顔を見合せ、無い無い、それは無いと頭に浮かんだ一人の幕末志士を消した。

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