エレク湖の湖畔にて、しばしの休息 その弐
「じゃじゃーん!! どうかな、この水着?」
着替えの終えた弥生達は、アカツキ達と合流するとそれぞれポーズを決めて、水着姿を披露する。
アイシャとエリーは仲良く腕を組み、二人とも徒手空拳を使用するからか、腰だけではなく身体全体が引き締まり、淡いピンクのビキニの下には大きめのフリルが尻尾の穴を隠してある。
戻って来たら暗く沈んでいたヤーヤーも四十手前でありながらモスグリーンの肩紐の無いバンドゥ水着から飛び出さんとする豊満な胸を見せつける。
アイシャ達とは対照的に非常に肉付きが良い。
ただ、“姫とお供たち”のメンバーからは冷ややかな目で見られていた。
カホは真っ先に流星に飛び付く。
初め弥生からお揃いのビキニを薦められたが珍しく断ったカホ。
そして、選んだ水着は、転移者なら誰もがスクール水着と見間違う紺色のワンピース。
理由は流星の趣味だと言う。
大トリを飾るのは弥生とルスカ。
しかしルスカは、弥生の陰に隠れていた。
弥生はホルターネックのピンクのモノキニだが、前面はほとんどビキニと変わらず、おへそだけをクロスした布地で隠してある。
谷間を強調したポーズを取り、いつもの明るい日の光のように暖かい笑顔を見せる。
カホに抱きつかれている流星すらチラ見してしまい、頬をつねられていた。
「ど、どうかな? アカツキくん……」
弥生はかなり無理をしていた。頬を赤く染め、アカツキに話かけたが視線はアカツキに向けれない。
視線の端でアカツキが近づいて来るのがわかる。一歩二歩と砂を踏みしめる音が近づいて近づいて──横を通り過ぎていく。
「ルスカー、可愛いじゃないですか! どうしたのです、あまり嬉しそうではないようですが」
「な、何でもないのじゃ」
アカツキに抱き上げられたルスカは、例のグリゼの幻の商品“熊ちゃん印の水着セット、麦わら帽子付き”を身につけていた。
赤色の幼児用ビキニのフロントと、お尻の部分に麦わら帽子を被った熊ちゃんが施されている。
ルスカが麦わら帽子を被っている訳ではい。
スルーされた弥生にナックと流星が、慰めるように黙って肩を叩く。
それが却って落ち込む弥生に拍車をかけていた。
カホもさすがに怒る。急いでアカツキの後を追いかけ、一言文句を言おうと思っていたのだが、急にニヤニヤと笑いだす。
「アカツキ、アカツキ。何故耳まで真っ赤なのじゃ?」
「気のせいですよ」
ルスカを抱えたアカツキの顔は火照りが止まらなかった。
◇◇◇
着替えを終えた一行は、湖畔に集まり一斉に感嘆の声を出す。
エレク湖は、とても透明度が高く水中で優雅に泳ぐ魚もみえる。
キラキラと日の光が反射せるその水面は、湖の周囲と同じくとても穏やかだ。
もう、我慢出来ないと数名が一斉に湖に向かって走り出す。
「ちょっと待ってください!!」
アカツキが呼び止めると、湖に向かって走り出した者達の足が止まる。
「準備運動を忘れてますよ!」
この世界に水に入る前に準備運動という習慣はないらしく、転移者以外は唖然とする。
「さぁ、私の後に続いて同じ動きをしてください。ラジオ体操第一~!」
アカツキを起点に輪になり、ラジオ体操を始める一行。
弥生、流星、カホは、準備運動の重要性を知っているが、そうでない者はなんとなくアカツキに動きを合わせる。
「なぁ、ヤヨイー。これ、なんなんだ?」
「えーっと、私達のいた世界の体操……運動かな?」
「ふーん……」
アカツキがラジオ体操の第一を口ずさみながら続け、終わりが見えてくる。
「続いて、ラジオ体操第二~」
「いや、もういいだろ!?」
そのまま第二に入ろうとするアカツキを、流星が止める。
「いや、しかし……念には念を……」
「いや、疲れ癒しに来ているのに疲れが増すじゃねぇか」
確かに思いの外、全員真面目にやったのでジンワリと汗ばんでおり、余計に湖で泳ぎたくなるのは仕方のないことだった。
「分かりました……」
渋々許可を出すと、皆一斉に湖へと走り出した。
湖畔に残ったのはアカツキとルスカ、そして弥生のみ。
「ルスカ、泳がないのですか?」
「わ、ワシか!? ワシは、えーっと、そうじゃな、釣り、釣りをするのじゃ」
ルスカは、そそくさと此処へ来る途中で購入した釣竿を持って岩場へ向かう。
「アカツキくんは、泳がないの?」
「私はご飯の用意がありますからね。弥生さんも行ってきたらどうですか?」
「わ、私も手伝う!」
料理の用意を始める為に薪を集めに向かったアカツキの後を、弥生はついていく。
そんな二人を暖かい目で見送る流星とカホ。
「うまくいくといいね~、流星」
「相手、田代だろ? 大丈夫か」
二人は見送った後、仲良く手を繋いでおり、それを更に後ろで見ていたヤーヤーは、嫉妬のあまり気を失いかけていた。
◇◇◇
「料理、苦手なんですね」
「う……ごめんなさい」
アカツキを手伝うと張りきってみたものの、包丁で皮を剥くことさえままならず、申し訳なさそうにする弥生。
しかし、アカツキは気にする事なく、弥生に丁寧に教えていく。
「そうそう、そうです。ゆっくりで構いません。包丁を動かすというより、包丁を滑らすイメージで」
「う、うん」
弥生は今人参の皮剥きに挑戦中だ。ゆっくりだが、アカツキの教え通りに剥いていく。
一方アカツキは弥生の様子を見ながらも、じゃがいもの皮を手元を確認する事なく剥いていた。
「で、出来た!」
少し角ばってはいるが、見事に人参を剥けた事に弥生は嬉しそうに笑う。
しかし、アカツキの足元に置かれていた、剥かれたじゃがいもの量を見て、力量の差にため息をつく。
「ねぇ、アカツキくん。何を作るの?」
「あれ? 分かりませんか? カレーですよ、カレー」
「カレー!」
特に好きな食べ物という訳ではないが、やはりここに来て長く食していないので、嬉しくなってしまう。
だが、次に取り出した食材で、カレーなのか疑わしくなってしまう。
「アカツキくん、それって牛肉だよね?」
「そうですけど?」
「もしかしてカレーに入れるの!?」
カレーを作っているのだから、カレーに入れない筈はない。
何故、そんなに驚くのかアカツキには分からなかった。
「おーい」
そこに流星とカホがやってくる。流石に遊んでばかりだと悪いと思い手伝いに来たのだ。
「丁度いいとこに。カホ、流星くん。アカツキくんがカレーに牛肉入れるって言うのよ!?」
「「えーっ!」」
カホも流星も信じられないという顔をする。それを見て、自分と同じことを思ったのだと確信した弥生は、アカツキに提案する。
「ほら、カホも流星くんも言っているじゃない。アカツキくん、カレーには豚肉だよ」
「そうそう」
「えーっ!?」
流星は弥生に賛同したものの、カホが再び驚く。
「何を言っているの!? カレーには鶏肉だよ!? やよちゃん、流星、大丈夫?」
「「えーっ! 絶対豚肉!」」
「鶏肉」
「豚肉」
「鶏肉」
三人が
◇◇◇
「そろそろ出来上がりますね。弥生さん、鍋を見ておいて貰えますか? 私はルスカを呼びに行きますから」
「うん、わかったよ」
「それじゃ、俺は他の奴ら呼びに行くわ」
鍋を弥生とカホに任せて、アカツキは岩場で釣りをしているルスカを呼びにいく。
ルスカは、ゴロゴロと転がっている大きな岩の中でも一際大きい岩の端に座り込み釣り糸を垂らしている。
アカツキよりずっと背の低いルスカが、よく登れたと感心してしまうほど、結構険しく、また時折滑るのでルスカのいる場所まで登るのはアカツキをもってしても大変だった。
釣果はなかなかで、アカツキがルスカの元に着いた時には、七匹ほどの見たことのない魚がピチピチと跳ねていた。
「ルスカ」
名前を呼ばれ後ろを振り向いたルスカは、アカツキに気づくと立ち上がろうとする。
しかし、滑る岩肌に足を着いてしまいバランスを崩すと、ルスカは背を下に岩から湖に落ちてしまう。
「ルスカぁ!!」
慌ててアカツキは、ルスカのいた場所まで行き岩の上から湖を覗き込む。
湖ではルスカが手を激しく動かしているのが見え、アカツキはそのまま湖に飛び込んだ。
一部始終を見ていた流星は、アカツキが岩の上から飛び込むと慌てて走り出す。
「ルスカ、大丈夫ですか!?」
「む……ぶくっ……! ぷはぁっ、あ、か、アカツキ! た……助っ……!」
急いでルスカの所まで泳ぎ、アカツキは抱き抱える。
「あ、アカツキ、アカツキ! こ、怖かったのじゃ~!」
首にしがみつき泣きじゃくるルスカをしっかりと支え、ゆっくりと平泳ぎで湖畔へとたどり着く。
そこに、流星がやって来た。
「おい、田代! ルスカちゃん! 大丈夫か? 怪我は?」
「大丈夫です。ルスカも特に怪我はしていません」
「そ、そっかぁ、よかった」
流星と共に弥生達の待つ場所へと着くと、ずぶ濡れのアカツキを見て弥生が何かあったのか聞いてくる。
アカツキからルスカが溺れた事を聞いた弥生は、いまだにアカツキの首にしがみついて離さないルスカの頭を優しく撫でてやった。
「そっかぁ、ルスカちゃん泳げなかったんだね。だから、ずっと元気なかったのか」
「カレーの用意出来たよー」
カホがアカツキ達を呼ぶ。
流星達転移者組は、懐かしいカレーに舌鼓を打ち、アイシャやナック達にも気にいって貰えたようで、賞賛の嵐だ。
そしてルスカは……ルスカ専用に作られた辛くないカレーを、いまだにぐずりながらアカツキの膝の上で食べていた。
◇◇◇
「ルスカ、少し構いませんか?」
カレーを食べ終えたアカツキは、ルスカ、そして弥生を伴って少し他の者から離れた場所に移動する。
「流星。やよちゃん、上手くいったのかな?」
「わかんねぇな。距離は縮まっているように見えるけど」
アカツキ達の背中を見送りながら流星達は、後片付けをしに戻っていった。
「なんじゃと!? ヤヨイーを“イチゴカレー”に入れるじゃと?」
突然の事でルスカは混乱する。しかし、アカツキと弥生の真剣な眼差しで見てくるのだ。
弥生だけなら、突っぱねただろうがアカツキも同じ目をしており、無下には出来ないでいた。
「もしかして、エイルの事を話をしたのじゃ?」
ルスカの問いにアカツキは黙って頷く。だが、簡単に認める訳にはいかない。
アカツキの死期が迫る原因が自分にあるのだ。
下手をしたら弥生自身巻き込まれる。
「アカツキ、少しヤヨイーと話をしたいのじゃ」
アカツキから離れた二人は、ほんの二、三分だがアカツキに聞こえない位の小声で話をすると、戻ってくる。
「わかったのじゃ。ヤヨイーの加入を認めるのじゃ。認めるのじゃが、そもそも何故エイルの事を話そうと思ったのじゃ?」
ルスカの問いにアカツキと弥生はお互いに顔を見合せ困った表情をする。
そして、黙って二人は頷くと、ルスカにカレーを作っている時に二人で話をした内容を伝えた。
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