弥生side 弥生の気持ち……

 休息を兼ねて湖へと遊びに来たアカツキ一行とファーマーギルドの人達。


 ルスカは釣りをするとアカツキの元を離れ、他の者達も各々湖へと入っていく。


 意図せずアカツキと二人になった弥生は、料理を手伝うという。

苦手だとは聞いていた気がするが、アカツキはそれを快く受ける。


 まずはかまど作りと薪を拾いにアカツキの後をついていく。


 黙々と座り込んで薪を拾い続ける弥生が、思いきって口を開く。


「あ、あのね。アカツキくん!」

「どうしました?」


 アカツキは、弥生の近くにある薪を拾おうとしゃがむ。


「う、うん。そのほら。あんまり二人で話す機会ないから、ね!」

「そう言えばそうですね。ルスカかナックが居ますからね、いつもは」


 弥生は問いかけたものの、何を言おうか悩んでいた。

しかし、アカツキの性格を考えると、このまま黙っていては何処か行ってしまう可能性は非常に高いと踏み、頭をフル回転させる。


「あ、あのね。私、好きな人が居たんだ……」


 思わず口走り、弥生は頭の中で自分を殴る。正直恋愛話など、アカツキが何処かに行くのは目に見えていた。


「そう……なのですか。ん? 居た? 過去形ですか」


 意外と食いついてくれて弥生は、吃驚すると共にアカツキも昔と違ってきているのかもしれないと感じた。


「そう、過去。それにもう会えないかも知れないし」


 もう会えない。弥生がそう言うには、やはり元の世界に居た人なのだろう。

ただ、かもと言った。

こっちに来ている可能性もあるということだ。


「クラスメイトじゃないんですね?」

「違うわね。ずっと年上だもの」


 いつの間にか、薪を拾う手を止めてアカツキは、誰なのか考える。

いつもならあり得ない行動にアカツキ自身は気づいていなかった。


 ずっと年上……上の学年の生徒ではない。そしてアカツキは弥生や流星達と出会い、転移がクラス全体であると考えていた。

その中で、ずっと年上で、同じクラス……


「まさか、担任ですか?」

「ぴんぽーん、当たりー!」


 弥生は、正解と拍手を送る。


「年上って……年上過ぎるでしょう。確か四十後半じゃ」

「そ。そして既婚者」

「もしかして、付き合っていたのですか?」


 弥生は首を横に振る。


「ううん。私の片想い」

「そうですか」


 二人の間に何処か気まずい空気が流れる。

しかし、そんな中、暗い空気を破ったのは弥生だった。

弥生は、地べたに座り膝を抱えて顔を伏せながら、心の内を吐露する。


「私、私ね。本当は、卑怯なのよ……」


 アカツキは、ただ黙って聞いてやる。それが、一番良いのだと鈍いアカツキにも分かったくらいに、弥生の表情は暗かった。


「私ね、誰かに依存しないと無理なの……みんなは、明るいねって言ってくれるけど、本当は無理してた。

明るくしていると、みんなが寄ってくる。だから誰からも好かれるように明るく振る舞ってみせていただけ」


 アカツキの頭の中に“三田村弥生は、八方美人”と言われていた噂を思い浮かべていた。


「……アカツキくんでも、知ってるよね、私の噂。八方美人だって陰口叩かれていたり、男に媚び売ってるって。

でもね! それの何処が悪いの!? みんなに! 先生に! 好かれ様とするのがそんなに悪いことなのかって!

でも、今思うとね。担任の先生が好きだというのも単なる思い込みじゃないかって」


 弥生は、一気に心のどす黒いモノを吐き出そうとしていた。

アカツキは、ただ黙って聞き続ける。


「馬渕くんのことも、そう。初めて会った異世界でのクラスメイト。ついつい、愛想振り撒きゃ、そりゃ騙されるよね」

「あれは、馬渕が悪いですよ。弥生さんは、アイツに……」

「まぁそれはそうなんだけど。私は自分の側に誰かに居てもらわないと耐えられないの……でもね、そんな私に影響を……いえ、ショックを与えた人が居るの。それが、アカツキくん」

「私ですか?」


 弥生は、小さく縦に首を動かす。


「初めはね、初めはアカツキくんの事──」


 弥生は自分の全てをアカツキにさらけ出そうとしていた。

しかし、次の言葉が中々出ない。躊躇われる。

しかし、意を決して口を開いた。


「初めアカツキくんの事、大嫌いだった」

「知ってましたよ」


 弥生は思わず「えっ?」と顔を上げてアカツキを見る。


「知ってましたよ。弥生さんに嫌われているの」


 鈍いアカツキに、まさか自分の気持ちがバレていたとは弥生は全く思っておらず驚きと共に、少しは私の今の気持ちを察しろと目を見開きながら眉をひそめて、複雑な表情をしていた。


「あはは、まさかバレてたとは思わなかったな」

「同族嫌悪──そうでしょ」

「……うん。

いつも一人でいたアカツキくんと、笑顔の仮面を被って孤独を感じていた私。

似ていると最初は思ったの。

だけど、違った。

アカツキくんは、一人でも平然としていた。

一人で居られない私と全然違った……だからね、何度も話かけた。

少しでもアカツキくんが一人で平然と出来る理由を知りたくて……」


 弥生は手首で目尻を擦り、鼻をすする。


「私には妹が居ましたから」

「うん。アカツキくんの話す話題は、いつも妹さんだったよね。

それが分かったから、私はあまりアカツキくんに話かけなくなった……」


 昔を思い出す。アカツキの話す話題は、いつも妹が何々したとか、妹のお弁当のおかずを何にしようかなど、妹の事ばかり。

いつもの笑顔で聞いていたが、内心は自分の事を一ミリも見ていない事に腹を立てていた。


「そうでしたね。私に話かけるのは弥生さん位でしたし、少し寂しい気持ちになったのを覚えています」

「あはは、それはごめんね。でも、でもさ。私、ずっとアカツキを見てたよ。気づいたら目で追ってた」


 それから間もなくだった。この異世界ローレライに転移されて来たのは。


「こっちに来ても私は変わらなかったわ。ナックに依存し、馬渕くんにそこを利用された。あの頃は地獄の日々で、死のうとも思った……けど、奇しくも馬渕くんに会った事で、もしかしたら会えるかと思ったの、アカツキくんに」

「私に?」


 小さく頷く弥生の顔は、いつになく真剣にそして耳まで赤くなっている。

言わなくてはいけない事がある、そう思うと弥生の心臓の鼓動は、アカツキに聞こえるのではないかと思うくらいに速く脈打つ。


「麻薬に苦しみながら耐えていたら、アカツキくんに会えた。私を救ってくれた」

「助けたのはナックやルスカですよ」

「言ったでしょ。私が麻薬に耐えられたのは、アカツキくんに会えるかもって。そしたら本当に私の目の前に現れた」


 もう弥生の心臓は、限界を迎えていた。息が上手く出来ずに苦しい。

体も小刻みに震える。

しかし、弥生は思いきってアカツキの顔に自分の顔をグッと近づける。


「まだ私の依存は治っていないのかもしれない……けど、けど──」


 弥生の潤んだ黒い瞳が、アカツキの視線を外さない。

そして、弥生は自分の全ての想いをアカツキにぶつけた。


「私はアカツキくんが好き。担任の先生の時とは違うの。多分、これが本当の“好き”なのだって」


 生まれて初めての告白。結果から見れば決して長い時間ではない、二人の沈黙は、弥生にとって、とてもとても長いモノに感じられた。



◇◇◇



「すいません」


 アカツキの一言を聞いた弥生の瞳に、涙が溢れてくる。決してフラれない、とは思っていない。

学校ではモテた弥生だが、自分の笑顔の仮面に惚れられたとしか思っていない。


 弥生は、誰よりも自分が自分自身に自信がなかった。


「実は……」


 アカツキは弥生に、神獣とも天の使いとも呼ばれるエイルとの邂逅の一部始終を話す。

自分には、死が近づいている事を。


「ルスカと二人で乗り越えると決めたのです。ですが……ですが! もし、乗り越えられたら、その時は! って、ズルいですよね。あはは」


 アカツキにとって随分と都合の良い話をしてしまい、アカツキは笑って誤魔化す。

アカツキに死が迫っている事もショックだったが、弥生には違う意味でショックを受けた。


「本当ズルい……ズルいよ。

どうしてそこに私も加えるって発想が無いのよ……」

「しかし、それは……」

「待つわよ! それに私にも手伝わせて! 私のスキルは“障壁”。

きっとアカツキくんを守る為に与えられたのよ。

そして、乗り越えたらその時は……返事、聞かせて……」


 「ありがとうございます」と頭を下げるアカツキの顔までは見えなかったが、耳が赤くなっているのを見て弥生は、今までと同じ、しかし心からの笑顔を見せたのだった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る