第九話 青年、衝撃を受ける

「それで、何でこんな場所に来てんだ?」


 コップ片手にナックが同じテーブルに着く。


「何で座っておるのじゃ!」

「いいじゃねぇか。な、兄ちゃん」


 アカツキの肩に気安く手を置き、ナックは笑う。


「ええと、ワタシとしても遠慮して欲しいのですが?」

「あれ? お前、リンドウのギルマ──」


 咄嗟にアカツキがナックの口を塞ぐ。

こんな所に他の街のギルドマスターが居るとしれたら、グルメールのギルドに知れてしまう可能性がある。


「……ちょっといいか」


 アカツキの手を払い、ナックは普段から鋭い目付きが更に鋭くなり真剣な表情に変わる。


「もしかして、麻薬か?」


 小声でアカツキに耳打ちする。誤魔化さなければとアカツキは知らんぷりをするが、ナックは一瞬の表情の変化を見逃さなかった。


「マスター! 奥の部屋借りるぞ!」


 ナックは立ち上がり、ついてこいと手で合図する。

ルスカとアイシャは、アカツキが何を言われたのか分からない。

じっと顔を見て、アカツキの判断に任せる。


「行きましょう」


 アカツキが立ち上がると、ルスカとアイシャも後に続いた。


 カウンター横の扉を開けると、細長い廊下になっており人一人が通れる位の幅だ。

廊下の突き当たりには扉があり、ナックを先頭に部屋に入っていく。

部屋は完全な個室になっており、窓一つ無い。


 ナックはソファーに腰をかけて、アカツキ達にも座る様に促す。


「あ、犬の姉ちゃんは扉のそばにいて、扉の小窓から誰か来ない様に見張っておいてくれ!」


 アイシャは頷き、扉の真ん中よりやや上の方にスライドで開く小窓から覗きこむ。


「すまねぇな、姉ちゃん。それに兄ちゃん、この間はすまねぇ!」


 ナックがいきなり頭を下げるものだから、アカツキもルスカも思わず呆けてしまう。


「知らなかったとはいえ、あの奴隷商の野郎が麻薬に関わっていたとは。本当にすまねぇ」

「ナックさん、あの……奴隷商人が麻薬に関わりがあるのは本当ですか?」

「ああ、俺は独自で麻薬を調べていたんだ。

そしたら、奴隷商の野郎も多少だが関わってやがった。

どうも奴隷を利用して多方面に売りさばく予定だったみたいだ。

ただ、今は行方不明でな。店も畳んじまってる」


 ナックの情報に驚き悔しがったのはアイシャだ。

あの時、注意喚起だけでなくしっかり調べておけばと。


「ナックさん、何故あなたは独自で麻薬を調べていたのですか? あなたは傭兵でしょう?」


 ナックは話辛そうだが、いつもの鋭い目付きが和らいでいく。


「……俺には大切な女性がいる。そいつは今、麻薬で苦しんでいるんだ」

「恋人ですか?」

「はっ! そんな関係じゃねぇよ。……大事な友人、いや親友さ。唯一のな」

「お主、友達少なそうなのじゃ」


 ルスカの茶々も鼻で笑い、ナックは話を続ける。


「まぁ、間違っちゃいねぇが。変わった奴でな、俺みたいな奴にも親切にしてくれてよ……全く転移者ってのは、本当に変わってるよ」


 転移者。その言葉にアカツキとルスカは目を見開く。

危うくアカツキは自分も転移者だと、漏らすところだった。


「その親友、転移者なのは間違いないのですか?」

「ん? ああ、間違いねぇよ。本人も言っていたし、何より変わった名前でな、ヤヨイーってんだ」

「弥生ですか……姓は、何と言うのですか?」


 アカツキの顔色が変わるのをルスカは見ていた。


「あー、ヤヨイーって呼んでたからな。なんだっけ、ミタム──」

「三田村、ですか?」


 アカツキは目の前にあるテーブルを強く叩き、立ち上がる。


「おー、そうだ、そうだ。ミタムラだ! ん? どうして兄ちゃんが」


 アカツキの顔色は、かなり青ざめてソファーに力なく座る。


「知り合いなのじゃな、アカツキ」

「はい……三田村弥生。私の知っている彼女だとしたら、ですが」


 しばらく一点を見つめ動けなかったアカツキだが、少しずつ話始める。


「三田村弥生……彼女は私の同級生です」

「同級生?」

「同じ学校で、同じ部屋で勉強する仲間の事です。まさか、転移してきたのが私だけではないとは……もしかしたら他の同級生も?」


 アカツキは、自分の転移に巻き込んだのか、自分が巻き込まれたのかは分からないが、少しの安堵と同級生の彼女が麻薬で苦しんでいる事にショックを受けた。


 三田村弥生。妹の世話で忙しく、疎遠な関係だったクラスメイトの中で、アカツキと会話する数少ない人間の一人だった。

その性格は明るく奔放。細かい事は気にせず、誰にでも優しい。

クラスメイトの中では、そんな彼女を八方美人だとか、媚びを売っているとか陰口を叩く人もいたが、学校内外で好かれた女の子。


 短髪で目が大きく、常に笑顔だった当時の彼女を思い出したのか、アカツキは自分の胸ぐらをキュッと強く握りしめた。


「……ナックさん、今から話す事は内密にお願いします」


 アカツキは自分達がここに来た理由をナックに話す。


「おいおい、国王が麻薬中毒で、しかも俺が捕まえようとしていたガキが王子様? いいのか、兄ちゃん。俺にそんな事を話をして」


 恐らく本来のアカツキだと話はしないだろう。

しかし、自分の同級生が苦しんでいる。

しかも、ナックはその同級生を親友だと言う。

ナックに親友と呼ばせるとは、いかにも彼女らしい。

そんな彼女を救いたいからこそ、アカツキはナックを信用することにした。


 ルスカもアイシャもアカツキの事を思うと、止める事が出来なかった。


「お願いです、ナックさん。私たちは、ワズ大公を止めなければなりません。麻薬の方を調べてもらえませんか……」


 ナックがニヤリと笑みを浮かべたのを見て、ルスカの杖を持つ力が強くなる。


「わかった、任せろ。但し、そっちも頼むぞ! いくらこっちが色々わかったところで、相手が王族である以上、手出し出来ねぇからな」


 ナックがアカツキに握手を求めてくると、アカツキはその手をしっかりと取る。

ルスカとアイシャも二人の握手の上に手を合わせた。


「ナックさん、私はアカツキ・タシロです。こっちはルスカです」

「うむ、お主は嫌いじゃが、宜しくなのじゃ」

「おう! よろしくな、アカツキ、ルスカ嬢ちゃん」


「あのー、ワタシは……」


 アイシャは一人、輪に入れずに尻尾が垂れ下がり、ちょっと涙目だった。



◇◇◇



 予定より少し時間がかかったが食事をし終えて、アカツキ達は出発する事にした。


「こっちは、心配するな。ヤヨイーの事も任せろ」

「わかりました。ナックさん、宜しくお願いします。ルスカ、アイシャさん行きましょう」

「はい!!」

「出発なのじゃ」


 アカツキは三田村弥生のことを吹っ切れた訳ではない。

ただ、今は時間がなかった。

ルスカもアイシャもアカツキの気持ちを紛らわす為に、なるべく明るく振る舞う。


 アカツキは、馬に乗ると自分の気持ちを切り替えるべく両頬を叩くと、手綱を動かし馬を目的の方向へと替えて出発した。


 急いでいても、街中で馬を走らす訳にはいかず、ギャロップでアイシャと並走しながら、西門を目指す。


 首都グルメールの中心にある城を通り過ぎると、路地を通って大通りへと出る。


 既に西門は見えている。やはりこちらも門は開いており、門番も少ない。

あくまでも観光客を装いながら、大通り沿いの店を見ていくが、こちらも酷かった。


 店の前に人だかりはあるが、買っていく様子もなく、少し離れた所から店をジッと見ている兵士がいる。

ちゃんとサクラをやっているかを見張っているのだと思えた。


 しかし、ここで予想外な事が起こる。

西門を抜けようとしたら、門番に呼び止められたのだ。


「荷物を改めさせてもらう」


 大人しく門番の指示に従い、荷物を見せる。

やましい事はないはずだ。

アカツキ達は、内心早く終われと祈る。


「うむ。持っていないようだな。通っていいぞ」


 門番はアカツキ達の前から退くと、道を開ける。


「何の検問だったのじゃ?」

「恐らく、麻薬ですね。こちらはワズ大公の領地がある場所ですから、麻薬を広めたくないのでしょう」


 日は既に天辺を過ぎ、傾き始めている。

アカツキ達は西門を抜けると、再び駆け出すのだった。

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