第八話 幼女と青年、疾風の如く

 リュミエールとハンスがルスカの後に続いて宿に入ると、丁度アカツキに連れてこられたミラとパクと出会う。


「姉上!」

「エル!」


 リュミエールとパクことエルヴィスは、長年会えなかったと思えるくらい、しっかりと抱き合う。

エルヴィスは、父である国王が亡くなったと聞いて先程まで部屋で泣いており、姉との再会の涙が既に流した涙の跡をなぞる。


 受付だと目立つという理由で、ゴッツォとハンスを残して、二階のミラ達がお世話になっている部屋へと入ると、リュミエールとエルヴィスは再び抱き合い再会を噛み締めるのだった。


「姉上、姉上……! 父上が……父上がっ!」

「大丈夫です、エル。私が、ここにいる皆さんが助けてくれています」


 姉の言葉に何かを感じたエルヴィスは、裾で涙を拭うとアカツキの前に立つ。

その姿は、驚くことに今まで泣いていた子供ではなく王族として威風堂々としているではないか。

そんなエルヴィスの姿に、ルスカは感心し、ミラとリュミエールは驚き、セリーは頬がちょっと紅潮していた。


「アカツキさん……いえ、アカツキ様、ルスカ様。

私はグルメール王国第二王妃の息子で第一継承権所持者、エルヴィス・マイス・グルメールと申します。

姉上を助けて下さった事、私やミラージュを助けて下さった事、感謝致します。

偽名を使い、偽った事を謝罪致します。

その上で更に御願い申し上げる! 私を! 姉を! この国を助けて頂きたい!」


 エルヴィスは、膝をつきアカツキとルスカに助けを乞う。

アカツキは慌ててエルヴィスを起こそうとするが、今度はミラージュやリュミエールまで膝をつく始末。


「アカツキ、アカツキ。お主が言ったのじゃ。助けてと声を出せと。思いっきり特大のが帰って来たのじゃ」


 ルスカはお腹を抱え笑い出す。

アカツキは、確かにミラとパクを拾った時、助けてと声に出す様にと、説教染みたことを言っていた。


 僅か七歳のエルヴィスは、それを実行したに過ぎないのだ。断れるはずもない。


「わかりました。やれる事はやりましょう。

これは、ゴッツォさんにも頼んでいますが、ワズ大公が国王になったと知らせが来たら、全員この国を出てください。

それは私達が失敗して、この国が戦争に巻き込まれる事を意味しますから」


 頷くエルヴィスのその目には、決意の光が宿っている事にアカツキは気づく。

エルヴィスは、恐らく失敗してもこの国を見捨てないだろう。


「立派ですね」


 エルヴィスにそう声をかけ、アカツキとルスカは部屋を出ていく。

出ていく時に見たエルヴィスの顔はとても凛々しかった。


「アカツキ、気合い入れるのじゃ! 失敗なんて、あのエルヴィスの表情に失礼なのじゃ!」


 ルスカも意気揚々とアカツキに並んで階段を降りていく。


「ゴッツォさん、ハンスさん。王女様達を宜しくお願いします」


 そう声だけをかけ、アカツキとルスカは店を後にした。



◇◇◇



「遅いです。アカツキさん、ルスカ様」


 家の前には、アイシャが馬に乗り待っていた。


 アカツキ達も裏庭に回り、馬の準備をする。


「お馬さん、また大変ですが頑張って下さい」


 馬の首を撫でながら声をかけると、ルスカを乗せ自分もルスカの後ろに乗り込んだ。


「大丈夫なのじゃ! ワシが回復させながら進むから体力は問題ないのじゃ!」


 前に乗るルスカが顔を上にあげて、アカツキの顔を覗き込んでくる。


「ルスカ、ありがとうございます。さぁ、行きましょう」


 ルスカを乗せたアカツキの馬とアイシャを乗せた馬は、誰の見送りもなく南門に向かって行く。


 既に日は天辺へと昇りつつあった。



◇◇◇



 周りは木々の間を通り抜ける風の音、夜行性の動物の気配がする闇夜。

ランプで照らされた街道をひた走る二頭の馬。


 アカツキの馬とアイシャの馬は並走して、全力で駆けて行く。 

この間、休憩は飼い葉と水を馬に与えた一回のみ。


“キュアファイン”


 ルスカが魔法を無詠唱で唱えると、二頭の馬とアカツキとアイシャの身体が光に包まれる。

疲れてきた馬は、再び地面をしっかりと踏み足取りが軽くなっていく。

アカツキ達も汗だくになりながらも、必死に手綱をしごいていた。


 馬やアカツキ達が疲れては、回復の魔法をルスカが唱える。

そんなやり取りを何回繰り返しただろうか、アカツキ達の後方から微かに空が白く輝き出した頃、アイシャが叫ぶ。


「見えました! 首都グルメールです!」


 しばらく進むと、日の光に照らされてアカツキにもその輪郭が見えてきた。

赤い城壁に囲まれた街。その城壁の端が見えない事からグルメールの街の大きさが知れる。

街道の先には城壁に備えられた門が見えるのだが。


「……? アイシャさん、門が開いてます」


 一瞬、罠か? と思ったアカツキだがアイシャがそれを否定する。


「いえ、恐らく戴冠式に備えてでしょう。他国からも使者が来るはずです。他国の人を検問したら、信用問題になりますから」


 アカツキは首を捻る。本来なら他国こそ検問するべきなのだが。


「恐らく見栄じゃな。帝国やグランツからも来るのじゃ。二国は大国じゃからな、舐められる訳にはいかんと言う訳じゃ」


 それも一理あるかと、ルスカの言葉にアカツキは、納得する。

しかも今回は招いている立場だ。

万一、兵士が止めようものなら、失礼にあたると考えたのだろう。


「ついていますね。このまま西に進みたいところですが、一休みしましょう」


 アカツキ達は、馬のスピードを緩めゆっくりと門に近づいていく。

怪しまれない様に、平常心を保ちながら進む。


 門には兵は二人のみ。門の大きさに比べて、あまりにも少ない。


「アカツキ、門の裏じゃ」


 ルスカが小声で話しかける。

アカツキ達は、門番の横をゆっくりと慎重にすり抜けると、城壁の門の裏側に兵士の腕が見えた。


 やはり、第一王妃達はリュミエールやエルヴィスが戻って来ると踏んでなのか警戒はしているようだ。


 城壁の門を抜けると、街の中央にある城に向かってリンドウの街と比べられないくらい、広い大通りに出る。

まだ、早朝だというのに店も開いており、活気づいているのだが、どこか嘘っぽい。


「正直リンドウにまで、波及してなくて良かったです」


 アイシャが指差す家の路地に、気力もなく薄汚れた男が座り込んでいた。


「麻薬じゃな。それにさっきの店の客を見るのじゃ。店の前にはいるが買う気配がないのじゃ」


 ルスカの言うように、客は店の前でお喋りをしていりのみ。商品を買う様子が見受けられず、店員もただ座っているだけ。


「麻薬を買う為にお金を使い、店は人手も不足し、商品も売れない。他国に良いところを見せようとして、サクラで活気づいて見せる。最低な状態ですね……」

「あ、アカツキさん。ここからは脇道に行きましょう。この先にはグルメールのギルドがあります。ワタシが来ている事を教える訳にはいきませんし」


 アカツキは頷くと馬から降りて手綱を引いて歩く。

グルメールの街が初めてのアカツキは、アイシャに連れられ食事を取れる所を案内してもらっていた。


「あ、あった。ここです。ここの料理がお酒に合うのです」

「お酒に合うって……どうみても酒場なんですが?」


 やって来たのは萎びた酒場。看板は傾き、店内の灯りも薄暗く、とても女性や子供を連れてきていい場所ではない。

店内からは、明らかに酔っ払いのおっさんらしい声しか聞こえて来ない。


「大丈夫ですよ。ほら、行きましょう」


 アイシャに腕を引かれ、渋々手綱を繋いで店内へと入ると、店内には無法な空気が漂う中、目付きの悪い男達がこちらを見る。


 アイシャはあっけらかんとして、空いているテーブルに着くとアカツキ達を呼び寄せる。


 カウンター席すぐ横のテーブルにアカツキ達が向かうと、カウンター席で一人飲んでいる黒い服の男の頭にルスカの白樺の杖が当たる。


「……ってぇな! 気をつけろ……って、お前ら!」

「「あーーっ!!」」


 カウンターの男が振り向くと、アカツキ達は、その男の顔を見て驚く。


「おお! 俺の天使死神じゃないか! 俺に会いに来てくれたのか?」

「誰が死神じゃ!!」


 黒い服の男は、以前奴隷商に雇われてアカツキを襲ったナックだった。

お酒の入ったコップを片手にルスカを舐めまわす様に、見てくる。


「相変わらず、気持ち悪い奴じゃ」


 ルスカは、ナックの視線に、背中に毛虫が這った感じがした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る