第12話 幼女と青年、家を買う
「あのー、やっぱり一緒に住みませんか?」
渋々後から付いてくるアイシャは口を尖らしながら、先ほどから同じことばかり言ってくる。
アカツキ達は、無視を決め込み先を並んで歩いていた。
「今なら獣耳、触り放題ですよ。あ、そこ右です」
角を右に曲がる三人。次の家に案内する気はあるみたいで時々指示を出してくる。
「なんだったら、ワタシの身体も触り放題ですよ。まだ、真っ直ぐ進んでください」
十字路を真っ直ぐ進む。アカツキとしては、ルスカは見た目が子供なので問題ないが、妙齢の女性相手だと噂が立つ、しかも、相手がギルドマスターとなれば嫌でも。
アカツキは転移直後、高校の制服だったのもあり目立つ故、絡まれたりもした。
だからなるべく目立つ行動は避けておきたい。
「あ、そこの家です」
指差す先には、二階建てのかなり豪華な家。いや、屋敷と言ってもいい。
周りの家に比べて、この一軒だけが圧倒的存在感を示していた。
恐らく家紋なのだろうか、同じ紋様が入口の門の周りにもある。
正門に鉄柵で作った家紋が嵌め込まれ、その隙間からしか中は覗けないが、この門だけでも手間がかなりかかっているのがわかる。
真っ赤な屋根に汚れ一つ目立たない白壁。
部屋がいくつあるのか外からはわからないが、一階の窓だけでも真ん中の玄関を挟んで片方に五個づつある。
「これ、一体幾らするのですか?」
「んー、指定は金貨一枚です」
「金……貨? アホですか、あなたは。出せるわけないでしょう」
珍しく口が悪くなるほどアカツキにとっては、金貨一枚は破格だった。
この世界は、銅貨一枚あれば一般的なものは大概買える。食事をしても銅貨一枚、服を一着買っても銅貨一枚。ランプに使う油などは、少し高いがそれでも銅貨二枚だ。
アカツキの感覚では、銅貨一枚は元の世界だと千円くらいみていた。
金貨一枚は、そんな銅貨が一万枚いる。つまりは一千万円。
出せるはずがない。
改めて屋敷を見るとこれで一千万円は安いのかもしれないが、無理なものは無理だ。
「やっぱり高いですよね。ワタシも言ったのですよ。月に金貨一枚は高いって」
この屋敷は賃貸らしい。
「ふむ……この屋敷の持ち主もアホだが、アイシャもアホじゃ」
「ええ! ワタシもですか!?」
ルスカは「アホじゃ、アホじゃ」とアイシャの尻尾の付け根辺りを、白樺の杖の、それも普段地面を突いている尖った先で突っついている。
「ちょ……やだぁ。やめてください、ルスカ様ぁ!」
「遊んでないで次に行きましょうよ。次はどちらですか?」
「先ほどの十字路まで一旦戻ります……やんっ」
結局アイシャは次の家に着くまで、ルスカの杖に突っつかれながら急かされるように案内をする羽目になった。
◇◇◇
「次はここで……すっ!」
指で差し示す瞬間に、ルスカの最期の一撃が入りアイシャは軽く跳び跳ねる。
「うう……もう、お嫁にいけません。アカツキさん、責任を……」
「取るならルスカか、さっきの豪邸の持ち主でしょう。それより家の中に入れますか?」
お尻の辺りを
「お邪魔しますなのじゃ」
鍵がかかっていないところを見ると、誰も住んではいないのだろうが、平気で扉を開けて入っていく。
慌てたアカツキは、急いで後を追った。
「ルスカ駄目でしょう、勝手に入っては」
「誰も住んでないようなのじゃ」
ルスカは何があるのかと、アチコチ動き回り探索を始める。
一先ずルスカは置いておき、一度外に出て改めて家の外観を見る。
二階建ての一軒家だが、周りの家々と比べて僅かに小さくこじんまりとしている。
壁は周りと変わらないクリーム色で特に劣化や亀裂などは特に見られない。
再び中に入ると玄関らしきものは無く、いきなりリビングになっており、部屋の大半を占めるテーブルと椅子が二脚。
テーブルの奥には台所があり、その横にある勝手口の扉を開けると小さな庭、そして井戸があった。
一階には他にはトイレくらいしかなく二階への階段を上がると、細い廊下に扉が二つあり一つ目の部屋を確認する。
部屋の中央に大きさ的にはダブルベッドがその部屋を占領していた。
もう一つの扉を開けた時、アカツキの目の色が変わる。その部屋には小さいながらも、浴槽が置かれていた。
「お風呂ですか! これは珍しい!!」
「どうです? 気に入りましたか?」
いきなり背後からアイシャに声をかけられ驚くが、それも瞬間的で、アカツキは少し興奮気味にアイシャに尋ねた。
「このお風呂、使えるのですか?」
「使えますよ。ただ、排水は出来ますがお湯を二階に持って来ないといけませんが」
あまり一般家庭でお風呂を設置している家は少ない。
普段アカツキも水やお湯で身体を拭く程度だ。
それ故に興奮気味になってしまったが、言われてみると確かに不便ではあった。
「あれ? そう言えばルスカはどこに」
二階の部屋は寝室とお風呂場だけで、他には何もない。寝室のベッドの下も見たが居ない。
「アカツキ、アカツキ。こっちじゃ」
廊下に出て見ると上からルスカの声が。廊下の天井を見ると、穴が空いており、そこからルスカが顔を出していた。
「ルスカ! どうやってそんな所に」
「今、梯子降ろすのじゃ」
一度穴から顔を引っ込めると、恐らくルスカがイタズラで隠したのだろう梯子を降ろし、そのままルスカは梯子をつたって降りてきた。
「あ! もう、ルスカの顔真っ黒じゃないですか」
アイシャもそれは知らなかったみたいで驚いていた。
「アイシャさん、ここはお幾らですか?」
「え? えーっと確か銀貨二枚だったかと」
銅貨百枚で銀貨一枚。アカツキのいた世界だと十万円相当。
パーティーから追い出される前にコツコツと貯めていた銅貨五百枚、現在は減ったが二百五十枚は懐にある、しかし……
「採取クエストだけで毎月銀貨二枚分稼ぐと考えると厳しいですね……残念です」
この家が気にいったのだろう、銀貨二枚と聞いてアカツキは非常に落胆していた。
「ワシも頑張るから……それでも無理なのか?」
伊達に“大賢者”と呼ばれていない。ルスカなら狩猟クエストもこなせるだろう。
しかし、まずこの辺りでの狩猟クエストなど大した稼ぎにならない。
アカツキはルスカに対して首を横に振るしかなかった。
「あのー。家賃じゃなくて、建て売りなのですが、ここ」
「「買ったーー!!」のじゃ」
アイシャの言葉に反射的に即決した二人。目を輝かせながら顔を近づけた迫力でビビったアイシャは「きゃいん!」と鳴いて、頭の上の耳を思わず伏せた。
◇◇◇
「それでは、契約の書類にお名前の記入を」
アイシャが二人を家に置き、元の持ち主を連れて来ると契約の手続きと相成った。
元の持ち主は若い男性で、なんでも結婚して相手の家で住むことになった為に、この家を手放すことにしたらしい。
「結婚かぁ……いいですねぇ。はぁ……」
アイシャはアカツキと若い男性の契約を仲介しながら小さく艶かしいため息をつく。
チラチラとアカツキの方に視線を送っていると、後ろからルスカにお尻と尻尾の付け根の辺りを突っつかれる。
アカツキと若い男性は、突然「きゃいん」と鳴いたアイシャを訝しげな目で見る。
二人にはルスカの行動が見えていなかったのだ。
◇◇◇
「はい、これで契約は成立です」
書面にサインし、アカツキは「銅貨ばかりで申し訳ない」と謝りながら若い男性にお金を渡す。
男性はお金を受け取り、鍵をアカツキに渡すと帰って行った。
「新しい我が家じゃ!」
両手を天に掲げ、そのまま二階へと駆け上がっていく。そんなルスカの無邪気な姿にアカツキとアイシャの見送る視線は暖かい。
家中を一通り駆け回って満足したルスカを連れて、一度ギルドに戻る事にしたアカツキ達。
食費に関して言えばアカツキの“材料調達”があるので、問題はないが残り五十枚ほどの銅貨では心許ない。
なので、早速クエストをこなすつもりでいた。
ギルドに戻ったアカツキは、早速壁に貼られた依頼を一通り見て回る。
ランクが限定されていないクエストで、ピーンという果物の採取の依頼に目が止まった。
「ピーン? どこかで聞いたような……あっ! 昨日の食堂で!」
依頼人を見ると“酒と宿の店セリー ゴッツォ”と書いてある。
依頼人も知っている、採取クエスト、ランク限定なし、これほど好条件は無い。
報酬はピーン五個につき、銅貨三枚とある。
アカツキは貼られた依頼書を剥がすと、受付のナーちゃんの所に持っていき受付を済ませた。
ギルドパーティーとしての、初クエスト開始だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます