第14話 魔王は……
「魔王キーリウス様‼」
魔王城に到着し、ミーリア達が客室に案内された後、俺はハーディに呼び出され、謁見の間に入る否や唾を飛ばしながらえらい剣幕で詰め寄られた。
というよりも俺はもう魔王じゃない。何度言えばわかるのだろうか。
「おう、久しぶりだなハーディ……あ、失礼いたしました、魔王ハーディ様」
そう、俺はただの一般人なのです、はい。魔王様を呼び捨てはいけないよね?
「今更そんな他人行儀いらないですよ!」
「そうか? なら普通にするか……で、なに?」
「なに? じゃありませんよ! 一体全体どういうことなんですか?」
「どういうことって?」
鬼気迫った調子で迫られる。
いったい何を怒っているのだろうか?
「どういうって、勇者ですよ勇者!」
「ああ、連れて来いって言ったのはお前だろう? だから連れてきたんだが。何か問題か?」
「問題ですよ! 連れてきてくれと書いたのは否定しません。ですが、鍛えてから連れてきて欲しいとは書いていませんよ? そのまま連れて来てくれということです! それも1年チョットも鍛えるなんて聞いていませんよ! 私に死ねというのですか?」
「うわっ、汚い汚い! 唾飛ばすなよぅ」
顔に唾がかかる程の至近距離で捲し立てるハーディ。
そこまで激昂しなくてもいいだろうにに……。
「死ねとはまた穏便じゃないなぁ。俺はたんに魔王VS勇者の闘いを面白くしようとだな……」
「面白くしなくてもいいですよ!」
「いや、そうもいかないだろ? 魔王VS勇者の闘いは、もっとこう、拮抗した方が国民だって盛り上がるじゃないか」
「盛り上がらなくてもいいんです! 無難に勝てる方がよっぽどいいじゃないですか! 負けたら魔国の危機なんですよ?」
「いや、そうはならんだろう。ミーリアはそんな勇者じゃないと思うぞ? 次の魔王が誕生するまで、魔国には手を出さないさ」
「そんなの分からないじゃないですか! 大昔の魔人を倒した時みたいに、また魔国を目の敵にして襲い来るかもしれないじゃないですか」
「それはないって……」
まだこの世界に魔王が誕生する前、この魔国は他国に蹂躙された歴史を持っている。
魔の森で誕生した魔人という怪物が他国を襲い、そして勇者が誕生し魔人を倒した。しかしそれが魔国の責任だと他国は憤慨し、いわれのない攻撃を受けたのだ。
そして魔国に魔王が誕生した経緯がある。
ハーディはそれを懸念しているのだろう。
「そう思っているのはキーリウス様だけですよ? 2000年もの間負け知らずでしたから、他国はそうは考えていないと思うのですけど?」
「うっ……確かにそうかもしれない、な……」
2000年もの間パワーバランスは魔国に傾いている。
俺は他国に攻め入ることを一度もしていないが、尽く勇者が敗北している現実を見ても、他国がどう考えているかなど分からない。
ミーリアがもしハーディを倒したとしたら、ミーリア自身はそう思っていなくとも他国が黙っていないかもしれない。(とはいえ大半の勇者は、魔国に到着する前に深淵の森で早々に死んでいるようなので、全てが俺の責任じゃないよ)
「まあ、仮にお前がミーリアに倒されたら、次の魔王が誕生するまで俺が何とか食い止めてやる。だから安心して戦ってこい」
「もう……どうしてキーリウス様はそう楽観的なのですか? そもそもまだ神の加護が完全にキーリウス様から私に移っていないのですよ? 私が倒されたらおそらくまたキーリウス様に加護が戻るんじゃないですか? あくまでも予想ですが」
「うぇっ! マジかよ、それはまずいよ! また死ねなくなるじゃないか‼」
せっかく隠居したのにそれはないよ! 俺は頭を抱える。
そういえば加護の移譲が完璧に済むまでは10年以上かかると
しかし実際その期間中に移譲先の者が死んだらどうなるのかまでは、詳細に触れられていなかったと思う。でも加護が戻る可能性が高そうだ……。
ともあれもうミーリアはハーディに挑戦してしまった。境界門を通過した時点で、魔王VS勇者の情報は飛び交っているだろうし、その知らせを受けた国民も既に各地から続々と集まり始めるだろう。もう後戻りもできない、対戦はもう止められないと考えたほうがいい。
「うーん、どちらにしても、もう後戻りはできない。結果がどうあれ戦うしかないだろ?」
「はぁ~やはりそれしかないですよね……」
ハーディはがっくりと肩を落とす。
魔王と勇者は戦う定めなのだ。この世界のパワーバランスを保つためには仕方がない事だと享受するしかない。魔国民も楽しみにしている。
ハーディこそ魔王にならなかったらそろそろ寿命を迎えていた頃合いで、また若返ったこの数年で少しは楽しめただろう。死んでも後悔はないはずだ。いや、余計に生に執着したのかな……死にたくないようなことも言っているし……。
だがそれは分からないでもない。俺も最初の頃は若いまま長く生きることを、魔王の特権だと思っていたこともある。でも100年を過ぎればその優越感も無くなる。周りの親しい人達が次々と死んでゆくのに、俺だけひとり取り残される寂しさたるや、辛いものがあるからね。
しかし今回の対戦に関しては、俺も思うところがないわけではない。
どちらが勝っても負けても、心の底から喜べないような気がする。いくら魔王と勇者は戦うことが使命だとはいえ、ハーディとは数十年に渡りこの魔国を共に支え合ってきた仲だ。それにミーリアだって一年半と短い期間だが、共に同じ家に住み、ハーディと互角に戦えるようになるまで俺が鍛えたのだ。
できればどちらも勝って欲しいし、どちらも死んでほしくない。そう願う気持ちがないわけではない。だがそれは俺の都合の良い我儘でしかない。勝負は非情、どちらかが勝つか負けるか、若しくは相打ちでどちらも死んでしまうかしかないのだ。両者が勝つことはけしてない。
──くそっ! ……魔王と勇者が戦う定めだなんて、いったい誰が決めたんだ? 神か? それとも大昔の魔王か? それとも勇者か?
心の中で誰とも知れぬ者に向かって悪態をつく。
世界のパワーバランスを保つためとはいえ、今回ばかりはどこかモヤモヤする。
「キーリウス様? どうかいたしましたか? まるで戦いの後のように怖い顔をされていますよ?」
俺の剣のある渋面を見てハーディが問いかけてきた。
俺も半ば魔王の宿命として多くの勇者と戦い、そして勝ち続けてきた。戦うのが定めと決められている以上、戦わないわけにはいかない。勝って喜んでいたのも最初の一人二人だけだった。その後はいくら快勝しても、負けた勇者の亡骸を見るたびに、どこか心に空しさが押し寄せ、最後にはやり切れない怒りが込み上げてきた。
こんなことを繰り返していったいなんの益があるのだろうか? 確かに魔国民は勝つたびに喜んでくれ、魔国も安泰だが、どことなく無益な戦いに思えてしょうがなかったのだ。
「ああ、なんでもない……とにかく予定通り進めよう。それが魔王と勇者の定めなのだから……」
「はい……私ももう覚悟を決めます……」
そうして数日後の魔王と勇者の対決を待つことになった。
でもなんだろうこの胸のモヤモヤは……ついぞない心のありようだ。
この時俺は、勇者ミーリアに特別な感情を抱いているなど、まだ気づいていなかった。
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