第15話 勇者の覚悟
「凄いね、お祭りだね!」
城下を観光するミーリア達の眼の前で、前祭と呼ばれるお祭りが開催されている。
魔国の至る所から人々が集まり、魔王VS勇者の闘いを前に、待ち切れない魔国民達が右へ左への大騒ぎである。
キールの言っていた国の一大興行というのが嘘ではない事に今更ながら驚いている。ミーリアは戦い前だというのにもかかわらず、故郷では見られない盛大な祭り模様に、どこか気分が高揚してくるのだった。
どちらにしても楽しまなければ損だ。数日後戦いの末敗れようが、今を楽しむことは必要だろう。そう思うことにしたミーリアだった。
「ええ……」「……」
「そうね……」「……」
しかしミーリアを除いた他の四人は、この祭りの賑やかさとは裏腹に、どこか沈んだ様子だ。
戦いを前にして、楽しんでいる余裕などないのかと思ったミーリアは訊いてみる。
「戦いの前にはしゃぎ過ぎかな?」
テヘッ、と笑って見せたが、四人は依然として暗い表情である。
「ミーリアさん、ちょっとお話しよろしいかしら……」
四人を代表してハルが伏せ眼がちにそう言ってきた。
ミーリア達は祭りの喧騒から離れ、少し静かな場所で話をするのだった。
対決前夜、勇者ミーリアはキールの部屋を訪れた。
「キールさん、いえ、魔王キーリウスさん。お話があります」
「うぇ! ま、魔王キーリウスって何⁉」
「もう隠さなくてもいいです。キールさんが魔王キーリウスだっていうことは分かっていますから」
「……」
ミーリアはにっこりと柔和な笑顔でキールの正体を暴く。キールが前魔王キーリウスだと確信しているというのに、ミーリアは臆することなく普段通りの笑顔だった。
「そうか……いつから分かってた?」
「そうですね、あの魔王譚を読んでからでしょうか。でも確信したのは、ここにある彫像を見た時ですね」
「なるほどな……」
俺はあんなハンサムじゃないだろ、とキーリウスは言うが、いいえ、角がないだけでキールさんと瓜二つですよ、と、ミーリアは頬を染めながら褒めそやした。
「で、俺が前魔王と知ってどうする? 倒すのか?」
「いいえ、キールさんはもう魔王ではないのですよね? それなら戦ういわれはありませんし、戦ったとしても到底勝てませんよ」
ミーリアは清々しい笑顔でそう答えた。
「そうか……ただ厳密にいえば、俺はまだ魔王の欠片を持っている。現魔王ハーディに完全に神の加護が移行するには、後1年ほどかかる見込みだ。もしミーリアがハーディを倒したら、その時点で俺に魔王の称号が復活するかもしれない。そうなれば戦わざるを得ないのではないか?」
「そ、それは……」
キーリウスの予想に対してミーリアは一瞬表情を強張らせたが、そのわずか後には決意を込めたように続ける。
「いいえ、その確率は低いと思います」
「ん? 何故そう思うんだ? まだ俺には神の加護が僅かだが残っている。ハーディが倒れた後、かなりの高確率で魔王に戻されると思うが」
「いえ、そうはなりません」
「何故そう言い切れる?」
「はい、だって私はおそらく魔王ハーディには勝てません」
「いやそれはない。今のミーリア達だったらハーディとどっこいの勝負ができると確信している。なんたって俺が鍛えたんだからな」
ミーリアの消極的な意見に、キーリウスは断固として宣言した。
およそ一年半に及ぶ鍛錬でそれなりにいい勝負に持っていけるだけの力は備えている、とキーリウスは自信を持って言う。
しかしそれを聞いたミーリアは、笑顔のまま静かに首を振る。
「それは全員で魔王ハーディに挑んでのことですよね?」
「ああ、そうだ。しっかりと連携が取れれば、間違いなくいい勝負になると思うし、勝算も高いだろうと考えている」
「それなら私一人では勝てる力量がないということで間違いないですよね?」
「そうだな……ミーリア一人だけでは厳しいかもしれない……ていうか、なんで一人を前提にしているんだ?」
「はい、それは私は一人で魔王ハーディに挑むからです」
「はぁ? それはどういうことだ!?」
「先程みんなを解雇しました。故に勇者パーティとしてではなく、私個人、勇者ミーリア単身で魔王ハーディと戦うことになります」
「えっ? なんで? どうして……」
ミーリアの不可解な言動にキーリウスは唖然とした。
何故決闘前日の今になって全員を解雇する必要があるのか。そう思っているのだろう。
魔王城に到着してからこの一週間、ミーリア達は決闘までの間自由に過ごしていた。
魔王都を観光したり、ゆっくりと休養をとったりと、久しぶりに全員で過ごしていたのだ。そこでミーリアはいろいろなことを知った。
ミーリア以外の全員は、国王によって選ばれた勇者のお供である。元々仲が良かったわけでもなく、むしろ良好な仲などにはなれはしない。今のご時世、勇者のお供に進んでなりたいと思う者は皆無と言ってもいい。
王の命令で仕方なく死地に向かう勇者のお供など、だれがなりたがるであろうか。2000年もの間魔王に勝てない勇者の名声は地にい落ちているのだ。
事実これまでの勇者でも、出発前にお供が行方不明になることもあった。だが王命に反するだけで謀叛となり、一生涯日陰者として隠れ生きて行かなければならない。
そして見つかれば死罪になる。勇者のお供になり魔王に倒させるのが早いか、逃亡の末見つかって死刑になるのが早いかの差、どちらにしても厳しい現実が待ち受けているのだ。
故に勇者とそのお供は、心から仲良くなれるはずなどない。
そしてここにきてミーリアはその現実にぶち当たった。
森では訓練以外は別々の行動をとっていたが、魔王城に来てから久し振りに四人と共に行動し、その真相を知ったのだ。
「あの四人は戦わせたくないんです。だから私一人で魔王ハーディと戦うことにしたんです」
「……よく分からん。せっかくいい勝負ができるところまで来たのに、なぜ今になって……」
キーリウスはその真意を図りかねた。
「元々彼等は国王によって私のお供として命じられただけなんです。だから本当は魔王討伐になど来たくはなかったはずです」
「ああ、それは以前聞いた……だが、彼等だって一緒に苦しい鍛錬をし、魔王と戦うことを、イヤイヤとはいえ受け入れていたんじゃないのか?」
「はい、その通りです。本当ならあの森で果てていただろう私達が、キールさん、いえ、キーリウスさんと出会い魔王と戦えるまでに鍛えてくれると言ってくれたので、みんなもその気でいたのは確かです。でも……」
ミーリアは沈痛な面持ちで言葉を区切る。
「でも、なんだ?」
「先日、サンとハルが身籠っていることを知りました……」
「はぁ……」
キーリウスは頭を抱えた。
ここに来てどうやら二人は妊娠しているらしいことを知った。そのことを四人はここに来るまでひた隠しにしていたのだ。
どうりでミーリア以外は、ここに向かっている最中も浮かない顔をしていたはずである。二人の妊娠を知ったうえで、戦いに臨まなければならないなら、悩むのも仕方ない。
「なるほどな……だからミーリアは一人で戦うと……どちらにしても二人は戦力として役に立たないからな……」
妊娠を知った二人が十全な力を出せる訳がない。
ただでさえ全員で戦って互角かもしれない状況で、二人が戦力外になるのはいただけないだろう。
「はい、どちらにしても私の運命に巻き込んだ人達です。負けるのが分かっている戦いに出したくないんです。だから一人で戦うことに決めました」
「そうか……」
他の四人、いや六人のために、勝てるかもしれない勝負を捨てた、とミーリアは決断したのだろう。
「だから私が負けた後、あの四人をお願いします。国には帰れなくとも魔国に住まわせてもらえるでけでいいんです。その内また新しい勇者が誕生して私達が負けたと言う事実が伝わるでしょう」
「……本当にそれでいいのか?」
どちらにしても魔王と勇者の対決は、勇者が魔王に挑戦しに来た時点ですでに止められない。明日雌雄を決することになる。
「はい! 勇者と魔王は戦う定めにあります。世界のパワーバランスを取るのが私の、勇者の役目ですから……」
少し寂しげな笑顔でキーリウスの書いた魔王譚の一節を諳んじた。
「分かった……魔王に伝えておこう……」
一連の会話が終え、キーリウスももの悲しげな表情で首肯するのだった。
「キーリウスさん、最後に一つだけ、私の我儘を聞いてくれないでしょうか?」
「ああ、なんだ?」
「今生の想い出に、今夜だけ一緒に過ごさせてください」
「……」
ほろり、と笑顔で流す一滴の涙を見たキーリウスは、ミーリアの最期の我儘を断ることは出来ずに無言で首肯するのだった。
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