第13話 魔王城へ出発

 勇者ミーリア達が深淵の森に来て、はや1年を迎えようとしている。


 みんなここでの生活も十分馴染んできて、今ではなんの指示も出さなくても自分達の出来ることをし、生活できるようにまでなってきた。

 厳しい訓練も泣き言を言わずに取り組み、各々順調に力を付けてきている。最初に出会った時とは、まるで別人のようだ。

 特に勇者であるミーリアは、まさしく勇者に相応しいほどの力を付けつつあった。


 しかし、残念ながら俺を倒せるようになるまで、とはまだほど遠いいと付け加えておこう。

 それでも俺の記憶の中にあるハーディとの強さと比較すると、そこそこに勝負できるまでの強さを得たと思う。

 魔王VS勇者の戦いとなれば、ちょうど面白い感じになるのではないかと予想できるほどになってきた。


 というわけで、今日も今日とで5人の訓練をしていた。


「いいか、何度も言うが魔王を倒すには、まずは連携を大切にしろ。各々バラバラに攻撃に当たっても意味がない。勇者は最後の切札だ。先ずは勇者を守りつつ、魔王をできるだけ全員で消耗させる。そこにしか勝機はない。わかったか?」


 俺が魔王を倒す心構えを言うと、全員で『ハイ!』と元気よく返してくる。

 その昔俺が相手した勇者のなかで最も泣かされたのは、連携が物凄く良く、巧みな攻撃をして来た勇者達だった。個々の力はそう強くもなかったが、連携の取れた戦いは、個人の力量を凌駕する強さを発揮するものだ。危うく負けてしまう所だったが、辛くも勝った記憶がある。

 それを分かって欲しいがために、この訓練は欠かせないのだ。


 俺が直接相手をしてもいいのだが、最近はシルバの子達も大きくなり、ミーリア達と訓練がてら交替で手合わせをしている。

 今はシロガネがみんなの相手をしていた。交代要員で次はギンとグレイが待機している。

 シルバの子達もなかなか強く、みんなと互角以上に戦っている。その姿を見て、俺とシルバは目を細めて頷くのだった。

 うんうん、みんなが強くなるのは良いことだね、と。


 そうこう遠巻きに訓練を眺めていると、不意にシルバがなにか警戒する声を出す。


「どうしたシルバ?」

「──ガゥ!」


 シルバはある一方向を睨み付け、低く吠えた。


「ん? 魔物か」


 その方向を見ると、黒い何かがこちらに向かって来るのが見えた。魔物だ。


「ほう、最近多いな。だが、ちょうどいいかもしれない。──おーい訓練一時中止だ! 全員訓練用の武器を戦闘用に替えるんだ!」


 俺がそう指示を出すとみんなはすぐさま訓練を中断し、木刀などを捨て各々戦闘用の武器を手に取った。


「どうしたんですかキールさん?」


 腰に佩いた聖剣を抜きながらミーリアが訊いてきた。


「魔物が向かって来る。ちょうどいい相手かもしれない。みんなで力を合わせて倒して来い!」

「魔物ですか?」

「ああ、ミーリア達も、あいつには思う所もあるんじゃないのか?」


 俺は向かって来る魔物に向かい、クイッと親指を差す。


「あっ! ヘルタイガー‼」

「ああ、あいつを倒せるようなら魔王ハーディも倒せるかもしれない」


 魔物を確認した全員は、ゴクリと生唾を呑んだ。

 黒い猫みたいな奴、ヘルタイガー。ミーリア達がここに来た時には、逃げるだけしかできなかった魔物だ。


 どうやら俺の魔物の知識はかなり曖昧だったらしく。この一年でみんなにその辺りの常識的な部分を随分と教わったものだ。それと同時にみんなが言うには、俺はかなり強いということで、ヘルタイガーを黒い猫が巨大化した魔物としか思えなかった俺の認識が、途轍もなく常識から逸脱していたというこを聞いて、俺もびっくりだ。

 どうやら俺以外ではあんなに簡単(ワンパン)に斃せない魔物だったようだ。やり過ぎだね……。

 まあ今はその事はどうでもいい。


「大丈夫だ。今日まで訓練してきた成果を見せてみろ!」

「「「「「ハイ‼」」」」」


 ミーリア達は、お互いの顔を見回しながら頷き、声を揃えて返事をした。

 5人は覚悟を決め、ヘルタイガーへと向かって行く。


「シルバ、ギン、シロガネ、お前らは危なくなったら加勢してやってくれ」


 シルバの子供達にそうお願いしておいた。

 皆も強くなっている。おそらく大丈夫だとは思うが、念の為だ。


 そして戦いが始まった。

 俺のようにワンパンとはいかないが、1時間ほどの激戦の末、黒い猫みたいな奴は斃されたのだった。


 どうも年々魔物が増えてきている感じがするが気のせいだろうか。家の敷地内まで侵入してくることはないが、森に入ると沢山の魔物と遭遇するようになってきた。

 森の雰囲気も若干おかしな様子だ。


 敷地に侵入して畑とか荒らされなければ、別に気にする問題でもないけれど……。




 それから数か月の月日が流れた。


「それじゃあ行くか」

「はい!」


 勇者ミーリアは決意を秘めた表情で返事を返してきたが、他の4人は幾分浮かない顔で頷いた。


 ミーリア達の訓練もこれ以上教えることが無くなり、後は各々の成長に期待するしかないレベルまで来た。俺の見立てでもハーディとは互角、いやそれ以上に戦えるのでは? と思えるまでに成長している。力量差が僅差であればそれなりに魔王VS勇者の闘いも盛り上がることだろう。

 ただハーディだって黙って魔王城に籠っているわけではないだろう。それなりに鍛えて待ち構えているはずだ。

 皆はきっと魔王との戦いに向かうことで、緊張しているから浮かない顔をしているのかもしれないな。


 というわけで、畑仕事が一段落した今、俺達は魔王城へと向かうことに決めたのだ。

 魔王譚の3章も書きあげた所なので、ちょうど区切りが良いと思ったことも要因である。

 しっかりと旅支度をして、俺達は魔王城を目指し出発したのだった。





 多くの魔物と遭遇しながら森を進む。今までの訓練の成果か、そう苦労することなく数日後には無事に境界門がある場所まで来ることができた。

 ちなみにシルバ達も連れてきたがここまでだ。魔王城まで連れて行くわけにはいかないからね。(シルバ達は狼じゃなくて、やっぱり幻獣フェンリルと教えてもらったからね。国民に恐れられるか可能性がありそうだから)


「おーい、勇者達を連れてきた。魔王城まで案内を頼む」


 境界門の壁上にいる見張りにそう声をかけると、内側から門兵数人が出てきた。


「勇者ですか? ──んぁ! これはキー……」

「──おほん! (内密に頼む)」


 門兵が俺の顔を見て思わず前魔王キーリウスの名を口にしようとしたので、ぐいと肩を引き寄せ小声で言い聞かせた。

 ミーリア達には、俺はキーリウスではなくキールとして接しているので、正体を隠している状態なのだから仕方がない。まだ正体は明かさない方がいいだろう。


 ともあれ勇者が魔国に訪れたのだ。門兵たちは歓喜の声を上げ慌ただしく動き始めた。

 この門は人通りなど滅多にない。普段は魔物の侵入を防ぐためにあるような門なので、他国から誰かが来るのは、勇者、または似非勇者のどちらかしかない。故にそんな訪問者が来ると魔国民にとっては大喜びなのだ。

 どちらが訪れても魔国は、当然のようにお祭りになるのだから。


 俺達は早速馬車に案内され、魔王城まで送迎されることになった。

 ちなみにハーディには既に手紙を送っている。魔王城では俺達を迎え入れる準備も整っていることだろう。


「す、凄いですね……本当に歓待してくれるんですね……」


 ミーリアは馬車に揺られながら、喜ぶ兵士達を見て感慨深く呟いた。


「ああ、前にも言った通り、魔国で勇者は特別な存在だからな。魔王の指示でそれなりの待遇で迎えられるようになっているのさ」

「冗談ではなかったんですね……実感しました……」


 それでも信じられないようで、きょろきょろと窓外を眺めている。

 まあ他国では魔王は悪の権化と考えられているようだし、魔国自体が魑魅魍魎の跋扈する国だと思っていたらしいので、それも仕方がないのかもしれない。

 蓋を開ければ他国となんら変わらない人種でしかないからね。


「マジかよ……随分と揺れない馬車だな?」

「道の整備が良いのでしょうね……」

「いや、馬車自体も我々の国とは全く違うようだ……」

「み、見てよ! 建物も凄い立派で、みんなとても幸福そうだよ」


 他の四人も一様に驚きの声を上げる。

 街道整備は国の一大事業で、もう数百年も前から整備を行っている。馬車の往来が多い各町を繋ぐ主要な幹線道路は粗方整備が済んでいる。路面を固め馬車が走りやすくしているのだ。

 もっとも馬車の車輪も昔の木製の車輪などではなく、弾力性のある樹脂で作られた車輪を開発している。それに馬車自体にも振動吸収装置も取り付けてあるので、乗り心地も良く騒音も少ないのである。

 聞く話によると、他国ではまだ道の整備も進んでおらず、馬車も木製の車輪を使っているそうなので、こんなに乗り心地の良い馬車はないらしい。

 魔国よりも数百年は遅れているんじゃないかな?




 三日ほど馬車で移動し魔王城へと到着した。

 門前に乗り付けた馬車から全員が降り城へと入る。


 ──ふう、なんか懐かしく感じるな。


 約9年振りの里帰り、か。まあ2000年もこの城に籠っていたのだから、今更感はあるけどね。今は森の家の方が我が家と思っているし、もうここに戻って生活しようとは思わない。

 ちなみに2000年の間に魔王城は5度は建て替えています。


「あ、あれ、キールさんに似ていますね」

「……」


 おう、忘れてた!

 城門を抜けると、目の前の中庭にひときわ目立つ彫像が立っている。

 【無敗の魔王キーリウス】、そんな題名の見上げるような彫像だ。頭に巻き角を付け、剣を持ちどっしりと構えた、俺をモチーフにした彫像。自分で言うのもなんだが、とことん美化し過ぎの感が否めない。


「お、俺があんなかっこいいわけないじゃないか~」

「そうですか……?」

「ソウダヨ~」

「……」


 あたふたする俺に、ミーリアは首を捻った。

 どちらにしろ今の俺は角を付けていないし、あんな美化された顔をしていない。誤魔化しきれるだろう……。



 こうして魔王城へと俺達は入ってゆく。

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