第3話 隠居生活3年目

 深淵の森に隠遁生活を始めて3年の月日が流れた。


 なんて優雅な余生なのだろう。

 地味に年を取っている感があるし、その内死ねるかもしれないと思うとどこかワクワクする俺がいる。

 人並みに歳をとって、人並みに死ねる日が来るのだ。これ以上の贅沢はないだろう。


 まあ2000年も魔国のために身を粉にして働いてきたのだ。残り長くても70年くらいか? そのくらいは悠々自適に暮らしても罰は当たらないだろう。


 ともあれ深淵の森の中に作った俺の家も、ほぼほぼ充実した生活環境になっている。

 年々土地も拡張し、畑も広げている。ここは冬が短いのでそう気にしていなかったが、温室も作った。冬場でも新鮮な野菜が食べられるのは、本当に贅沢というものだ。

 果物の木も何本か植えたので、そろそろ美味しい果実が食べられるかもしれないと思うと、楽しみでしょうがない。


 それに井戸も掘った。毎回湖の水を汲んできて煮沸させて瓶に溜めておくのも面倒だし、畑に撒く水も、畑が広くなった分、毎日大量に必要になる。

 ここは湖にほど近い場所なので、そんなに深く掘らなくとも水が懇々と湧き出てきた。おそらく伏流水がこの一帯の地中を流れているのだろう。


 トイレも風呂も完備した俺の家。結局時間が有り余るほどあるので、拡張に次ぐ拡張で結構大きな家になりつつある。家具も充実してきた。最初は張りぼてのような家具しか作れなかったが、色々と作っている内に技量が付いたせいだろう。最近では豪華な装飾まで彫刻したりして楽しんでいるほどだ。

 風呂なんか建物の中に20人が同時に入っても余裕なほどの浴場を作ったし、屋外にも露天風呂まで作った。星を見ながら湯に浸かるのはマジで最高だよ。


 なんだかんだこんな森の中で、一人で寂しいかなと思っていたが、意外とそんな寂しさを気にするほどでもなかった。

 ペットも俺の家に居ついてしまったので、寂しいと思うこともなかったのだ。

 

 3年前に森で拾ってきた子犬。グレートボアに襲われ瀕死の子犬だったのだが、家に連れ帰って怪我の治療をしてやると、とても元気になった。それと共に俺に懐いてしまい、今では一緒にこの家で生活するようになってしまったのだ。

 銀色の体毛が凄く綺麗なので、シルバという名前まで付けて可愛がっている。

 シルバももう大きくなり、森で獲物を狩って来られるまでになってきた。今では肉の調達はシルバの仕事として定着してきているぐらいだ。無論畑の害獣駆除もシルバの仕事だ。

 シルバは最初子犬かと思っていたのだが、成長してゆくに従い剽悍ひょうかんな顔付になって来て、犬ではなく狼の子だったことが判明した。

 まあどちらにしても俺に懐いて既に一緒に住んでいるのだから、犬だろうが狼だろうが、どちらでもいいのだけどね。いちおう雌の狼です。


 さてと、悠々自適に生活している俺も、最近なにかと考えることが多い。

 朝は畑に出て作物の手入れ、昼は魚釣りをしたりシルバと遊んだりして過ごし、時には新しい設備の拡充をしたりと、やることはいっぱいある。

 そして最近になって俺の半生を記録することも始めた。


 魔国の繁栄の軌跡や、数多あまたの勇者との歴戦の武勇伝を、物語形式にして書き残そうということだ。

 魔王を卒業した今、いずれ俺も死んでしまうし、俺の2000年という魔国での歴史をどこかに残しておきたいという感傷に浸っているのかもしれない。


 名付けて『魔国2000年の魔王譚』。

 どう? 格好良くない?

 今は第一章の100年目ぐらいの途中まで書き進んでいる。一応20章ぐらいで完結する予定だが、2000年の記憶は膨大過ぎて、死ぬまでに書ききれるかどうか不安がある。『魔王譚スピンオフ』でここでの生活の事も書きたいと考えているが、そこまで生きていられるだろうか。

 寿命があるってホント新鮮だ。今まで不死の俺は、こんなこと考えたこともなかったよ。限られた年月の中で自分ができることをやって行かなければならないなんて、ほんと命はかけがえのないものなんだろうね。実感したよ。



 さて、今日も日課の畑仕事に勤しんでいると、シルバがガウガウと誰かがここに近付いてきているようだと警告してくれた。


「なに? 魔物じゃないのか?」

「ガウ!」

「ほう、珍しいな。初めての客人か」


 魔物などは家の敷地に滅多に入って来ることはない。いちおう魔物を排除する弱い魔法を、広範囲にかけているのもあるが、わざわざ強者が住まう家に近付いてくる魔物はいないのだ。間違って迷い込んできても、一度『こらっ! 畑を荒らしたらぶち殺す‼』と威圧してやると二度とここには近づいてこない。そんな感じだ。

 とはいえお客が来るなど、俺がここに来てから初めての事である。


 しばらくすると、森の中から数人の兵士がこちらに向かって歩いてきた。


「ま、魔王様……こちらにいらっしゃいましたか……」


 来訪者は魔国の兵士達だった。

 兵士達はボロボロの恰好で敷地に辿り着くなり、息も切れ切れに膝をつく。


「おいおい、魔王はハーディだろう。俺はもう魔王じゃなくただの一般人だ。そのへんよろしく頼むぞ」

「は、はぁ……」

「それより何だそのざまは? ボロボロじゃないか」


 装備している防具も至る所引っかかれたような爪痕があり、全員疲労困憊な様相を呈している。


「なぜこんな所に隠居なさったのですか……」

「なぜって、いい所だろ? 自然はいっぱいだし景色も素晴らしい。こんな場所そうそうないぞ?」

「いえ、そんな訳ないではないですか……ここに来るまで、我々は数名の犠牲を払っているのですよ? 一般人が住むような場所ではありません……」


 発言した兵士の言動に、他の兵もうんうんと力なく頷いている。

 どうやらここに来るまでに魔物に襲われ、数名の兵士は命を落としたという話らしい。


「おいおい、なんと軟弱な……魔国の兵ともあろう者達が、魔物の一匹や二匹にやられるなど、練度が落ちているのではないか?」

「いえ、キーリウス様、一匹や二匹でやられる程、我々も落ちぶれてはおりません。練度云々ではございません……この森が異常なのです」


 兵全員がぶんぶんと首を縦に振る。

 森に入ってからここに来るまでかなりの魔物と遭遇したらしい。その強さに隊も壊滅するかと危惧したところ、ようやく俺の家を発見したということらしい。

 助かった、と口々に兵は言う。


「そんなにもか? 俺が来た時は、2,3匹ぐらいが襲ってきただけで、順調に来たがな」

「それは元魔王様であったキーリウス様だからですよ! ちなみにその2,3匹の魔物は何だったのですか?」

「あーなんだっけ……一つ目の巨人と、首が3つある狼みたいな奴? それと真っ赤なドラゴンかな?」

「サイクロプス? ケルベロス? 炎龍?」


 おいおいマジかよ、とぶつぶつ零しながら、全員が絶望の表情で項垂れた。


「そんな災害級の魔物をお一人で倒せるのはキーリウス様ぐらいです……そんな魔物と戦うには、我々では大隊規模の戦力でも全滅させられるかもしれませんよ……」


 呆れを通り越したように言い募る兵士。

 俺は魔物の事は良く分からない。勇者との対決のためだけにいた俺は、魔王城から外に出ることは殆どなかったし、魔物の討伐は全て部下任せだったのだ。


「そうなのか? そこまで強くなかったぞ?」

「だからそれはキーリウス様だからですって、何度も言わせないでください!」


 えっ? なぜか切れられた。

 まあ今は魔王じゃないし、俺は一般人なのだから、魔国の兵士に盾突くわけにもいかない。ここはおとなしくそういうことにしておこう。


「そ、そうか、それでお前達は何をしにここへ来たのだ?」


 この森を探索に来て、態々死にに来たわけじゃあるまい。


「はっ、現魔王ハーディ様より文を預かって参りました」

「ハーディから?」


 兵士の一人が恭しく手紙を差し出してくる。

 隠居した身の俺に今更何の用があるというのだろうか。

 まさかたった3年で魔王を辞めたいなんて言い出すんじゃないだろうな? 根性なさ過ぎだろ! 俺なんか2000年もの間、あの硬い玉座に座っていたんだぞ? 筋金入りの尻をしているんだぞ! ハーディよ、軟弱な尻だな!

 だが俺は何を言われようがもう戻らんからな。魔王譚を書かなきゃいけないんだ。魔王になんかに戻るつもりは一切ない。

 などと考えながら手紙を受け取った。


「ご苦労だった、お前たち先ずは休め。薬も用意してやるし、酷い怪我の奴は俺が診てやろう」


 そう言うと兵士たちは心底安堵し、家の中まで付いてきた。

 ざっと20名くらいのお客だが、全員が泊まれるだけの部屋はある。楽しくなって増築した甲斐があったってものだ。

 ゆっくりと養生し、元気になったらまた魔国に戻ればいいのだ。



 賑やかな数日間が過ぎ、兵たちの傷も癒えたので、全員が魔国へ戻ることになった。

 何人かはここの居心地が余程良かったのか、使用人として使って欲しいと言い出したが、やんわりとお断りしておいた。

 俺の余生に巻き込むわけにはいかないだろうからね。


 兵士達が戻る際、また魔物に襲われることを恐れていたようなので、途中までシルバに護衛を頼むことにした。

 当初飼い狼のシルバを見た兵士たちは、戦々恐々としていたが、俺の命令に忠実なシルバと滞在中に仲良くなったようなのでお願いしたまでだ。


「なんと、フェンリルのシルバ様が護衛をしていただけるのであれば、千人力です! ではキーリウス様、我々はこれにて失礼いたします‼」

「あ、ああ、みんな元気でね」


 シルバの事をフェンリルとか言うし……ただの狼だよね? 確かに俺が乗れるほど大きく成長しているけど、狼ってそういうものなんだよね?

 まあ、安心して魔国に帰れるのならどうでもいいか。


 こうして賑やかだった我が家は、また静かになった。

 うんうん、賑やかなのもいいが、やはり静かな方が俺の性に合っているのかな。

 さて、静かになったことだし魔王譚でも書こうか……。




 忘れていた。ハーディの手紙にはこう書かれていた。


『隣国のゲシュタ王国で勇者が誕生したという報告を受けました。今度の勇者は本物らしいです。魔王キーリウス様、どうしたらいいですか? 私死んじゃうんじゃないでしょうね? 助けて下さい‼』


 だからもう俺は魔王ではない、ただの一般人だ。勇者などもうどうでもいいのだよ。

 まあ何かあったらまた連絡を貰えるだろう。今度は俺の飼い鷹を預けたので、文を鷹に運ばせればいいのだ。俺もたまにはなんか注文することもあるだろうからね。



 ともあれ頑張れ、ハーディ‼

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る