第4話 勇者の旅立ち

【ゲシュタ王国にて】


 勇者ミーリアが神の加護を受けてから5年の歳月が流れた。


 ミーリアは12歳の時に成人の儀にて神から賜る加護で、勇者になることが決まってしまったのだ。

 いち農民の出のミーリアにとって、それは青天の霹靂ともいうべき大事となった。


 勇者の称号を得たミーリアは、国王から正式に魔王討伐の為の聖剣を譲り受け、その後鍛錬のために特訓に入ったのだ。

 今まで畑仕事しかしてこなかったミーリアにとって、それは苦悩の日々だった。

 勇者というだけで剣の鍛錬から魔法の鍛錬、挙句の果てに王侯貴族のパーティーに出席しなければならないともなれば、農民上がりのミーリアにとっては苦痛でしかなかった。


 それでも世界の平和を願う気持ちがないわけではない。

 世界の悪を一纏めにしたような悪の権化、魔王を討伐できるのは、勇者でしか成し得ることができないからだ。


 噂に依れば、魔王キーリウスは、2000年という途方もない年月、世界を闇に貶めるような悪事を続けているという話だ。

 しかし2000年も生きるなど眉唾な話だろうとミーリアは考えている。きっと世襲で魔王の名を継承しているだけだと思う。

 しかし現実、そのお陰で隣国であるゲシュタ王国は、常に貧困に喘いでおり、その他の国も長年飢饉などに見舞われている現状らしい。

 それは全て魔王キーリウスの陰謀だと世界の人々は考えているのだ。


 そして苦悩の5年間は瞬く間に過ぎていった。

 17歳になったミーリアは、優秀な仲間を集め、今まさに魔国に向かって旅立とうとしている。

 城に呼ばれた勇者ミーリア達一行は、王に出立の挨拶に来ていた。

 でっぷりと肥えた王が玉座に座り、その前に勇者一行は整列している。


「うむ、勇者ミーリアよ準備は整ったかな?」

「はい、この5年で魔王を斃すだけの力は身に付けたと思います。優秀な仲間も揃いましたので、必ずや世界の悲願である魔王討伐を成し遂げます!」


 真っ赤な髪の毛を翻し、腰の聖剣に手を添えて、堂々と王に宣言する。

 5年前までの畑仕事で汚れたまだ幼かった表情も、今では見違えるように美しい女性に成長していた。

 勇者の加護があるからなのか、剣や魔法の習得も異様に早く、今では国一番の剣士と闘っても勝てるまでになっている。


「うむうむ、よう言うた。魔王を討ち取った暁には、其方達は世界の英雄になるだろう。我が国も世界の中心として栄えることだろう」

「はい、不詳私、粉骨砕身して世界のために尽くす所存です!」

「うむ! 勇者ミーリアよ、吉報を待とう」

「はっ! それでは行って参ります‼」


 全員で一礼し、謁見の間を後にする勇者一行。


 こうして勇者ミーリア達は、魔王討伐の旅にでるのだった。


 ここでミーリアの国が貧困に喘いでいるのは、けして魔王のせいなどではない。国の舵取りが悪いだけで、言ってみれば長年の王政が悪いだけなのだ。

 民が貧困に喘いでいる国で、王侯貴族が肥満している時点でおかしいと思わなければならないだろう。

 だがそれをどこの国の王も魔王のせいにして片付けている。

 魔王がいるから民の暮らしは楽にならない。だから魔王は悪い奴。魔王を倒せば世界は平和になり、人々も餓えることはない。そう刷り込まれているのだ。



 しかし現時点で勇者ミーリアは、その事実は全く知らぬままだった。



 ◇



 ゲシュタ王国にて、新しき勇者が誕生したという報告を受けてから5年が経過した。


 いまだに魔国に勇者が現れたという報告がないので、きっと今頃勇者達は鍛錬を終え、戦力を整えているのかもしれない。

 今後魔王へ挑戦してくる可能性は否定できない。


 しかしそんなことを気にしていても、俺はただの一般人なので、勇者とはもう関わり合いになることはない。後は新しい魔王にお任せするだけだ。

 頑張るんだぞハーディ! 骨は拾ってやるからな。



 というわけで俺の隠遁生活も早8年を迎えた。


 畑も年々充実し、作物も初年度よりも立派に育っている。

 品種改良というものにも取り組み始め、より一層作物を美味しくすることにも情熱を傾けている次第だ。

 畑には真っ赤に実をつけた品種改良したトマトが生っている。

 明日には食べごろだろうと、ウキウキしている俺だった。冷やして食べても、パスタのソースにしても、きっと美味だろう。


 敷地の端の方には柿の木も植えてあり、ようやく今年から実が収穫できるのではないかと期待に胸膨らませている。

 こんなに年数がかかるものだとは知らなかったよ。


 さて、魔王譚もこの5年で順調に書き上がっている。

 今は俺魔王歴300年ぐらいの第3章の途中だ。この頃一人強敵な勇者が現れたので、臨場感溢れるバトル描写が必読である。

 既に5年以上も物語を書いてきたのだ、筆力もそれなりについてきていると自負している。期待して読んでくれて構わないぞ。いやまだ恥ずかしいから、もう少し待ってね。再度推敲してからみんなには読んでもらうことにするよ。


 サンテラスを作ったので、そこで優雅に執筆作業をしていると、トテトテと子狼が近付いてきた。


「お、なんだ? 鼠を捕って来てくれたのか? よーしよしよし、偉いぞグレイ」


 グレイという子狼は、シルバの子供である。

 昨年どこかで雄を引っかけたのか、三匹の子供を産んだのだ。そしてこの敷地に全員が居座っている。まあペット枠というよりは、家族みたいなものだからとても可愛い。

 一匹をなでなですると、他の二匹も撫でられたいのか急いで駆けてくる。


「うぁ、お前達も捕まえてきてくれたのか。よーしよしよし、偉いぞお前達」


 シルバよりも毛色が濃い子が雄でグレイ。シルバと同じ毛並みの子二匹が雌でギンとシロガネだ。畑も年々拡張しているし、害獣駆除もしてくれ、すくすくと育ってくれて俺も嬉しいよ。

 最近は子狼も大きくなってきたので、母親のシルバは狩りを教えることに必死である。

 少しでも早く狩りができるようになってくれればいいね。そう願いながら三匹を撫でまわす俺だった。

 こうして三匹と戯れる時間も今の俺にとっては至福の時間である。グルグルと喉を鳴らす子狼たちを見ていると本当に癒される。


 そうこう三匹の子狼をモフって楽しんでいると、湖方向がやけに騒がしくなってきた。


「ん? なんだ」


 ポン、ボン、ドカッ、バタバタ、と魔法なのか、よく分からない音が連続で響き、その後に、ガアアアアアァーッ! と魔物の咆哮のようなものが聞こえてきた。

 そしてその直後、ワーワーと騒ぐ人の声が複数こちらに向かって急接近して来た。


「ん? 誰だ?」


 目を凝らして観ると、五人ぐらいの人影がなにかの魔物に追われているようだ。必死に逃げている。そんな感じだ。

 するとその五人は何なにを思ったか、敷地の柵を強引にぶち壊し敷地内に侵入してくるではないか。


「──あっ‼」


 と思った時にはもう遅かった。

 その不法侵入者は柵を越え畑にズカズカと突入し、俺が大切に育てている野菜を蹴散らし始めたのだ。


「ぬぅ、ぬぅあに────────っ⁉」


 カッ、と俺は一瞬で頭に血が昇る。

 食べ物を粗末にする奴は、誰が何と言おうと許せない。この世界には食べ物を満足に食べられずに、餓死する人達だっているんだ。

 せっかく大切に育てている作物を蹂躙するなど、奴等には死をもって償ってもらおうか!


 俺は縁側に立て掛けていた剣を取り、即座に不埒者の所に飛んでゆく。


「ぐおらぁぁぁーっ! 貴様らーなにしくさってくれとんのじゃ────────っ‼」


 怒髪天を衝くとはこのことだろう。

 奴等が侵入した場所、そこには品種改良したトマトが植えてある場所だった。ようやく実をつけ、明日には食べ頃と期待に胸を膨らませていたのだ。

 真っ赤に実ったトマトが無造作に地面に落ち、そのトマトを乱暴に踏み付ける。瑞々しい飛沫が飛び散り、畑の土に吸収される。


 ──こ、こいつらぶち殺す‼


 魔物に追われていようが、間違って入って来ようがどうでもいい、俺の愛情を注ぎ丹精込めたトマトを蹂躙したその罪、万死に値する。


「「「「「ひぃ────────っ‼」」」」」


 侵入してきた五人は、後ろを魔物に追われ、正面からは、きっと鬼ような形相をした俺に挟まれ、前後ろ、前後ろと首を振りながらそんな悲鳴を上げた。



 侵入者の運命はいかに……。

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