第7話

「受かってたわ。」

カラカラとストローでジンジャエールを鳴らし落ち着いた声で美雪は言った。

渋い顔だった相原が柔らかく笑う顔が頭に浮かんだ。

「おめでとう。」

推薦入試に合格した美雪の進学先は県内でもトップクラスの私立大学だ。

「壮は一般で同じとこ受けるねんて。」

「そうなんや。」

「たっちゃんは、どーするん。」

「せやなぁ…。」

言いながら仰いだ空はいつもより青く、綺麗に澄んでいた。


あれから分かったことは、とても少ない。と、いうより分からないことだらけだ。

でも、自殺じゃないと美雪は言い切った。なぜかその言葉がひどく俺を喜ばせた。俺達は最後まで貴方が大好きだと叫んだ。たとえ大嫌いと言っていたとしても大好きなことくらい彼女なら知っていただろう。

好きだ、と言われて死ぬだろうか。

好きだ、と言われて──。

りんおねーちゃんは笑っていた。


人はいつ死ぬか分からない。通りを行く人は皆まるでずっと死なないかのように笑い喋り日々を過ごしているがみんな必ず死んでいく。それが自分で終わらせるにせよ人に終わらせられるにせよ命は燃え尽きる。そして、きっと同じところへいくのだろう。夢を叶えたりより豊かな人生にしたり、そんなことは大して重要じゃないのかもしれない。息を吸い、美味しいものを食べて、美味しいね、と言い君が日本史で赤点をとった話でもして笑おうか。それだけで充分なのかもしれない。生きていくっていうのはそれだけで素晴らしいことなのかもしれない。

「…なにわろとん。」

「…美雪が赤点とったこと思い出してた。」

「あ、あれは赤点ちゃうわ!赤点っていうのら平均点の半分やろ。あれは平均点の半分も満たしてないから赤点ですらないねん。たぶん天才なんやと思う。」

「…せやなぁ。」

くっくっと笑う俺を美雪は目を細めて見つめた。その目を見て、思った。俺はこれからもこの目に見つめられていたい。だから、この人に伝えなきゃいけないことがある。もう二度、後悔しないように。

「…俺、実はさ就職が決まってるねん。内定とれた。」

「へぇ。」

美雪は目を丸くして低く唸った。

「全然知らんかった。なんでまた。」

「…み、美雪が大学卒業したらすぐ結婚できるやろ。」

笑って誤魔化したかったが、精一杯真面目な顔で茶色い瞳を見つめた。

美雪は一瞬ぽかんとしたが、すぐに優しく微笑んだ。

「…あたし、たっちゃんに伝えたいことがあってん。」

「…な、なに。」

「これ。」

美雪はいつかのパリパリになった紙切れを俺に渡した。


こうこうさんねんせいのはしもと みゆき さま


あたしはりんおねーちゃんがだいすきです。でもたっちゃんが1ばんすきです。

たっちゃんのかのじょになって1ばんのおよめさんになってますか。

みゆき♡より


「あたしの気持ち、この頃から何も変わってないねん。

りんおねーちゃんに対しても。

たっちゃんに対しても。」

何も恥じてない満面の笑顔が眩しすぎて俺は少し下を向いたが心にじわじわ甘いものが広がっていく。

「あ、壮。」

通りから走ってくる壮に美雪が手を振った。

色んな意味で壮をちょっと睨んで言った。

「お前、遅いわ。」

「ごめんごめん、電車一本乗り過ごしてもてん。…あれ、やっと告ったん?」

「は…はぁ!?」

「あーはいはい。見れば分かるから、そんなん。いつ付き合うんやろって思ってたし。」

「幼なじみっておっそろしいわぁ。」

美雪はまたいつものように下品に笑った。

「僕お邪魔やなぁ。」

「え、それはええよ!」

「いや、腹減ってるから食べてくけど。すいませーん。Aランチひとつねー。」

帰らんのかい!と心で毒つくが今の言葉は嘘じゃないのでまぁいいかと笑った。

「…壮はモテるのに何で誰とも付き合わないんやろってずっと思ってた。」

美雪が静かに言った。やっぱり彼女は気がついていたようだ。

「…うーん、これからどんな人に会ってもあの人以上なんて、たぶんありえへんから。」

壮はコーヒーをすすりながら、さらっと言ったがそれはたしかな決意のように感じた。

「僕さぁ、気がついてん。りんおねーちゃんのこと、ずっと大好きやったって思ってた。でもちゃうかった。大好きやったし大好きやねん。ずっと、これからも。」

明るく輝く壮の瞳はもう誰も恨んではいなかった。こいつはこいつで何かを乗り越えたんだろう。そして乗り越えた上でやっぱり、彼女が好きだったんだろう。

「…私も大好き。壮も。たっちゃんも。りんおねーちゃんも。」

にっこり笑った美雪の顔に見とれていると、どこからか金木犀の香りがした。


4人で見てた金木犀。

今は俺達も大きくなったし関係性も少しずつ変わっていったしりんおねーちゃんは何処にもいないし4人で金木犀を見ることはもうできない。でもたしかに4人の笑顔がそこにあった。なくなることはないんだ、永遠に。


少し暗くなるのが早くなった。

もうすぐ冬がくるのだろう。

寒いと言いながら美雪は俺の手をとって柔らかく握った。

「たっちゃん、あったかい!」

「…美雪って、ほんま素直やんな。」

「え?そう?」

素直というかアホというか。目をぱちくりさせる美雪を見ていると笑いがこみあげてくる。

変わっていったことと、それでも変わらないもの。

「…そういうとこ、めっちゃ好きやわ。」


君がいつか死にたい、と思う時がくるかもしれない。それが悪いことだとはいわない。生きているからこそ死にたいのだから。でも俺は生きているからこそ君が好きだ。生きていから今、頬を染めて俺を見る君が好きだ。

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