聖女に守られた村

双樹 沙羅

聖女に守られた村

 ある国のある田舎に、聖女と呼ばれる女性がおりました。

 元はどこの人だったのか解りませんが、彼女が村に来てから、枯れていた泉が再び湧き出し、痩せていた土地は豊かになり、食べる物にも困っていた村人達は笑顔で暮らせるようになりました。

 聖女は打ち捨てられていた教会を少しだけ直して住み、微笑みを絶やさず、子供達と遊び、大人達と農作業をし、病人や怪我人を豊富な知識で救いました。

 そんな、ある日。

 聖女が古ぼけた神様の像に祈っていると、誰かが教会に入ってきました。

「どうなさいました?」

 聖女が声をかけると、不自然に顔の右側を隠している少女が泣きながら聖女に縋りつきました。

「聖女様、どうか私をお助けください」

「ええ、わたくしに出来ることでしたら」

 聖女は少女を椅子に座らせ、自分もその横に腰掛けました。

 少女が顔を隠す髪をどかすと、更にその下には眼帯がありました。

「目を悪くなされたのですか?」

 首を振って、少女は眼帯も外しました。

「っ」

 思わず、聖女が驚いてしまったことを、責めることは出来ないでしょう。

 少女の右目があるべき場所には、何もなかったのです。

 眉も、睫も、目玉もなく、つるんとしていました。

「私、こんなだから、いじめられるんです。一つ目だ、化け物だ、って。お願いです、聖女様、私をお助けください」

「それは……」

「…………無理ですよね、いくら聖女様でも」

「いいえ、解りました」

 聖女はいつも被っている頭巾に手をやりました。

 今度は、少女が驚く番でした。

 聖女の額には、もう一つ目があったのです。

「わたくしの目を、貴女に差し上げましょう」

 刺青や飾りでない証拠に、それはきょろりと動き、瞬きもしました。

 すると突然、少女が立ち上がり、開けっ放しになっていた扉に向かって叫びました。

「やっぱり、聖女は化け物よ!」

「え……」

 聖女が混乱している間に、村の男達が何人も教会に入ってきて、あっという間に聖女を荒縄で縛り上げました。

「すまんな、聖女様」

「化け物を王様に差し出せば、たくさん金貨がもらえるとお触れが出たんだ」

「あ~痒かった」

 聖女を騙した少女は、顔から何かを剥がしました――その下には、ちゃんとした目がありました。

「都に参ります……それで、貴方達が潤うのなら」

 聖女の三つの目は、こんな目に遭っても優しく微笑んでいました。



 聖女を都の役人に引き渡すと、役人はたくさんの金貨をくれました。

 村に金貨を持って帰った男達は驚きました。

 あんなに豊かだった作物が枯れ、泉は一滴も水が湧き出さなくなっていたのです。

 金貨を使って食糧を買い、水を買い、けれど金貨は無限ではありません。

 あっという間に村は以前のように……いえ、豊かさに慣れてしまった分、以前よりも厳しい生活になってしまいました。

 三つ目の聖女を売った村は、二年ももたずに地図から消えてしまいました。



 他の化け物達と一緒に、王宮で穏やかに暮らしていた聖女は、村が亡びたことを聞き、三つの目から涙を零しました。

 彼女はまだ、村人達を愛していたのです。



 これは、聖女に守られた村と、裏切った村の、哀しくも愚かしいお話。

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聖女に守られた村 双樹 沙羅 @sala_f

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