第5話 被害者の気持ちになって考えろとの極論
どこでも出てくるんですよね。死刑賛成論者の極論、「ではお前は自分の愛する家族が殺されても死刑反対と言えるのか?」。
本当、死刑賛成論者は議論で必ずこの論を持ち出す、まるでこれがあればみな押し黙るだろうと考える伝家の宝刀、水戸黄門の印籠とでも思ってるのかしらん。
とりあえず自分の事から先に言っておこう。自分の妻や子供が殺されたら、相手を殺してやると思いますよ。当然ですよ、人間だから(相田みつを風に)。
でもね。万が一、万が一自分の愛する妻や子供が加害者だったなら、被害者の足元に土下座して頼みますよ。
「命だけは、どうか命だけは助けてやってください。代わりに私があなたの奴隷として一生奉仕しますから」とね。
足を舐めろといったら舐めるし、ケツを舐めろといっても舐めますよ。だってそのくらい愛しているんだもの。
加害者にも家族がいますよね。彼らの気持ちを忖度することはできませんか。被害者家族に罪がないのと同じように、加害者家族にも罪はないのです。
いや加害者には責任がある。だから俺なら自分の家族でもどうか死刑にしてくださいと胸張って言えるという人がもしかしたらいますか? いたら人間らしい感情の無い冷たい人非人です。
古代中国、我が国では羊を盗んだ父を子が司直に密告するんですと、自慢げに答える君主に対して孔子は言いました。
「父は子の為めに隠し、子は父の為に隠す、直きこと其の内に在り」
(「論語」子路第十三の十八)
これが本当の家族愛というものです。軽々しく否定できるものではありません。
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