あこがれ

あおいまな

第1話

 海に向かって叫ぶ夢を見て、ぼくは目覚めた。

 叫んだ内容を覚えていないが、ぼくは確かに海に入って波と一体になっていた。

 ぼくはベッドから体を起こしため息をつくと、デスクに手を伸ばして特殊なゴーグルで目と耳を覆った。現れた透明なポップアップのコンテンツをタップする。

 いつものように、VRで浜辺に立って海を見つめ、押し寄せる波の音に聞き入った。

 ふたり暮しの母親は、ぼくの海への憧れを快く思わなかった。けれど、ぼくは体が弱く家から外へ出られない。求めに応じて、しぶしぶ色んな海のコンテンツを与えてくれた。

 ある時、VRの海から老女が現れると、近づいてきて、ぼくの顔を覗き込んだ。

 ところどころ歯の抜けた大きな口が笑った。

「部屋から外へ出てご覧。海に入れるよ」

 ぼくの胸は高鳴り、ゴーグルをはぎ取ると、壁に刻まれた絵のような窓に飛びついて、力いっぱい押して開けた。何度もVRで見た海がそこにあった。

 ぼくは窓を乗りこえる。初めて部屋の外へ出ると、砂浜に直接足をつけた。胸いっぱいに潮の香りを吸い込んで、憧れの海へゆっくり向かった。

 自分が陸へ上がった人魚の末裔で、海に入ると泡になることを知らなかった。

 波が足を舐めようとする。

 これから何かが始まる予感がした。

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あこがれ あおいまな @uwasora

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