嘘から始まる恋

夕闇蒼馬

嘘から始まる恋

 あの、何故あなたは私の手を握っているのでしょうか。セクハラですか?訴えますよ?


「俺が君に告白したから、じゃ理由にならない?だって、好きな相手に触れたいって思うのは普通のことでしょ?……あと、訴えるのはマジでやめて、俺この職場結構気に入ってるからさ」


 えぇそうですね、それが「本当に好きな相手」なら、の話ですけれど。


「うん、本当」


ダウト、です。私は知っていますよ、あの日のこと。


「……あの日、っていつのことかな」


しらを切るおつもりですか。よろしい、受けて立ちますよ。


「え……っと?」


つい先日行われた飲み会。


「……」


営業課の男性で行われた、とあるゲーム。


「うっ……」


罰ゲームもあったそうですね。内容は……あぁ、『1番呑んだ量が少ない人が社内の誰かに告白をする』でしたっけ。


「……な、なんで経理課の君がそれを知ってるの?」


 友人(という名の貴重な情報源)が、ね。


「え、何それ怖い」


 えぇ、怖いですよ、女って生き物は。可愛い笑顔振りまいてても腹の中は真っ黒ですからね。


「そ、うなんだ。……できれば聞きたくなかったな、それ。女性不信になりそう」


 そうですよね、分かります。だって、あなたは社内の女性を手当たり次第に、呼吸をするように口説き落とし、飽きたら捨てるタイプの最低な男性ですからね。

女性不信になったら生き甲斐が……いえ、呼吸ができなくなって死んでしまうんですよね、きっと。


「さっきから酷いよ!さすがの俺も心が折れそう!」


 はい、折れてもらって構いませんよ。心が折れたついでに私の手も離してください。


「……辛辣だなぁ」


 とか言いつつ、さっきより握る力が強くなってますよね。

早くその手を離してください。いつまで握ってるつもりですか?


「……いつまでも握っていたいけどね、俺は」


 そんな口説き文句が私に聞くとでもお思いですか?あと律儀にそんなこと答えなくていいですから。


「ねぇ、俺のこと嫌い?」


 嫌いも何も、好き嫌いを判断できるほどあなたと接しているわけではありませんから。強いていえば、無関心でしょうか。


「……ま、いいや。でさ、君って今彼氏いるの?」


 その質問に答える義務はありません。そろそろ失礼していいでしょうか?


「駄目だよ?あとこれ、課長命令だから」


 課が違うのであなたの命令は聞けません。さようなら。


「え、ちょ、待ってよ!」


 待ちません。


「でも、俺が手握ってるから逃げられないよね?」


まぁ、それはそうですが。あなたが手を離せば済む話です。


「離すわけないじゃん。せっかく捕まえたのに」


 ……私は珍獣か何かですか。


「まぁ、限りなく近いとは思うけど。それよりさ、俺の告白、どうなったの?」


 一気に話が逸れましたね。珍獣云々の件は聞かなかったことにしてあげます。

それで、先程の告白は罰ゲームの告白なのですから、返事もなにもあったものではないと思いますけれど。


「勘違いしてるみたいだから言うけど、罰ゲームだったから君に告白したんじゃないよ?」


 ……どういうことでしょうか。罰ゲームだからでしょう、あなたが告白したのは。


「罰ゲームの内容は合ってる。この前の飲み会で1番呑んだ量が少なかった人が告白するってね。でも、肝心なのはそこじゃないんだよなぁ」


 意味が分かりません。分かるように言ってください。


「告白は、嘘でも本心でもいいの」


 だからあなたは嘘の告白を私に……


「あぁもう、ここまで言わなきゃ伝わんないの!?俺は、君が好きなの!本心で!」


 ……は?


「俺、君のこと好きだって気づいてからは、女遊びやめて君だけを見てた。気付いてなかった?」


 ……確かにある時期を境に女遊びをしている雰囲気はなくなりました。私に不躾に視線を送ってくるやからがいるのも気付いてました。


「そんな認識だったの!?」


 えぇ、その程度の認識でした。


「……まぁ、今はそれでもいいよ。いつか絶対気付かせるから。俺が君のことを本心で、偽りなく好きなんだってこと。それから、君を絶対振り向かせるよ」


 ……よくそんな言葉がホイホイ出てきますね。さすがです。


「……いちいち癪に障るね、君」


 それが偽りない私なので。


「でも、そんな君が好きだよ。辛辣でも、癪に障っても、そんな君だから好きになった」

 言ってればいいですよ、そのうちあなたが諦めるんですから。


「いや、俺は君を落とす」


 ……なら賭けます?あなたが諦めるのが先か、私が落ちるのが先か。


「いいよ。まぁ、負ける気はしないけどね」


 奇遇ですね、私もです。それで、賭けに負けたら何をしてくれるんですか?


「そうだね……君の言うことをひとつ聞いてあげよう。君が負けたら、君から俺に好きって言って欲しいな」


 いいでしょう。負ける気はないですから。あぁ楽しみですね、あなたが無様に土下座をするのが。


「俺も楽しみだな、君が顔を真っ赤にしながら俺に告白するの」


 ……しませんから、告白なんて。


「俺もしないよ、土下座なんて」


 いえ、あなたが負けるんです。私には分かりますから。


「それはこっちのセリフ。もっとも、君の場合は恥ずかしさで泣くのかな?」


 ……減らず口ですね。


「そっちこそ」


 とにかく、お互い正々堂々と戦いましょう。


「戦いって……うん、いいね、真面目な君らしいよ。お互い頑張ろうね」



「ねぇ、俺のこと意識してる?」


 してません、勘違いも甚だしいです。


「だって、目合わせてくれないじゃん」


 えぇ、合わせたくないですから。


「意識しちゃうから?」


 断じて違います!決して私はあなたのことなんか好きになっていません!


「あれ?俺そこまで言ってないけどね。俺はあくまで、意識してるかどうか聞いただけだし。好きになったかどうかまでは聞いてないよ?」


 ……ハメましたね、この私を。


「まんまと乗っかってくれて嬉しいよ」


 社長に直談判すれば、この課長を今すぐ辞めさせてもらえますかね……どう思いますか、課長?


「内容が内容だし、まともに取り合ってもらえないと思うけどね」


 いえ、以前からセクハラまがいのことをされてましたと伝えるまでです。


「ちょ、情報盛らないでよ!」


 事実ではないですか。


「違うよ!」


 ……と容疑者は容疑を否認しており……


「容疑者!?」


 いちいちうるさい人ですね、そろそろ黙ってもらえませんか?


「あの時から更に鋭さが増してる!」


 あなたこそ、あの時から更にタラシっぷりが増してますよね、さすがです。


「いつにも増して辛辣……!」


 えぇ、そうでしょうよ。だって今日は……


「え、今日だからなの……?何で今日?というかいつもじゃない?」


 質問が多い男は嫌われますよ。


「俺はもう君以外に好かれたくはないし、逆に君が俺のこと好きならそれでいいよ」


 ……そういうことを言ってるからタラシだって言われるんですよ。それ言ったの何度目ですか?


「いや、初めて言ったよ」


 ……そう、ですか。


「え、なになに?顔が赤いよ?もしかしてやっぱり俺のこと意識してる?」


 いちいちうるさい人ですね。


「しょうがないじゃん、俺の性格だもん。で、どうなの?俺のこと嫌いなの?」


 ……嫌い、


「……あ、やっぱり?はぁ……ここまで頑張ってもやっぱり無理かぁ……」


 話は最後まで聞いてください。


「え?」


 ……私は、あなたのことが嫌い、でした。でも、今は、嫌いじゃないです。それに、あなたにほんの少しだけ興味が湧きました。


「……それって」


 かと言って好きとも言ってませんからね。まだ賭けは続いてますから。


「いやいや!もうそれ告白したみたいなもんじゃん!もう賭け終わりでよくない!?」


 私はあくまで無関心でも、嫌いでもなくなったと言っただけです。


「そろそろ認めてもいいんじゃないかな、俺のことが好きになったって」


 いえ、まだ認めません。


「まだってことは今後好きになる予定があるんだね。楽しみに待ってる」


 ……腹の立つ笑顔ですね。


「照れ隠ししなくてもいいのに」


 ……本当あなたは、うるさいです。


「そんな俺に興味を持ったのは誰だっけ?」


 ……私、ですね。


「ねぇ、嘘から始まる恋もアリだと思わない?」

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